教卓に積み重ねられたノート達。クラス全員分あるであろう量を「よっ」という小さな掛け声と共に軽々しく持ち上げるのは黒尾くん。

昼休み。5限が始まる前に職員室へ持ってくるよう日直が任されていた。もう1人の日直の人は体調が悪くて早退。よって、後の仕事は黒尾くん1人でやらなくてはならない。
運動部でいくら力持ちだとしてもバラバラに積み重なっている約40人程度の量もあるノートは持ちにくいだろう。自己紹介の時に黒尾くんには助けてもらった。ここは運ぶのを手伝って、恩を返すチャンスだ。そう思い、深呼吸してから席を立ち、少しずつ足を進め近づく。ゆっくり距離が縮まり、黒尾くんが前の扉から一歩出た瞬間、その背中に向かって声を放つ。

「っ…」

しかし、口を開いてみるも言葉にはならず、パクパクと唇を動かすだけ。一言、お手伝いをしますって言うだけでしょう、名前!夜久くんを交えてさっきは話せていたじゃない!話せていたと言っても、あ、とか、う…などと言った声をただ発していただけ、だけど。

ここで言わなきゃ一生後悔するかもしれない。最期を迎える時、黒尾くんに声をかければ良かったと思いながらこの世を去ることになるかもしれないんだよ?行くんだ、名前。早くっ!

「あっ、あああの…!く「待って待って、黒尾!!出すの忘れてた!!」
「おー」

やっと口から出た言葉は1人の男子の声に被さり消えていく。首を少しだけ捻って振り向いた黒尾くんが手に持っているノートの一番上にポンと自分のを置き、続けてその男子は「手伝おうか?」と問いかけた。
さ、先に言われてしまった…!私がノロノロしているからだ。でも、まだ一回しか話したことがない私よりも仲の良い男子に手伝ってもらった方がいいだろう。それに、話しかけようとしていたことは黒尾くんに気づかれていないし丁度良い。

「お、さんきゅ。でも、そんな遠くねーし大丈夫だぜ」
「そっか。んじゃ、よろしく頼むわ!」
「おう」

軽くノートを持ち直した後、再び歩き出そうとする黒尾くんを眺めながらその場に固まる。これは…言えない。向こうは気づいていないけれど、目の前で行われたやりとりを見て同じ質問をするなんてことは出来ない。私にもっと勇気があれば。スマートに声をかけることが出来たら今頃ノートを半分持って彼の隣に並んでいただろうか。肩を落とし、自席に戻るため踵を返した。

「苗字さん」
「っ!」
「さっき何か俺に言おうとしてた?」
「えっ」

背後から呼ばれた名前に振り返ると、そこには扉から顔だけをひょこっと出している黒尾くんがいた。え、さっきの、聞こえてたの…?

「あ、あのっ、…えっ、と」
「…?どうした?」

重い荷物を持っているにも関わらず、はっきりと要件を言わず口籠る私に嫌な顔ひとつしないで、不思議そうに首を傾げてこちらに近づき、優しい声色で聞き返してくれる。

「あの…!」
「うん?」

こうなったら言うしかない。断られるだろうけど、まずは聞いてみることが大事だと言い聞かせて自分を鼓舞する。

「……よ、良かったら、ノート、持ちます」

なけなしの勇気を振り絞って表に出したのはいいが、とても小さい声で、俯きながら発した言葉は相手の耳に届かなかった。けれど、優しい彼は体をこちらに傾け、自身の耳を私の口元に寄せて「ん?」と聞き返してくれる。

「っ!…あの、ノート持たせてください。……半分」
「……」

顔を上げると目の前に黒尾くんのかっこいい横顔があり、ノートを持つという発言に驚いた様子を見せながらこちらにゆっくりと首を動かし、彼の丸く見開いた目が私を捉えた。その瞬間、呼吸が止まる。これは仕方がないことだと思う。だって、あまりにも、距離が近いんだから…!

「…あ、あのっ、無理にとは「頼む」…え?」
「運ぶの手伝ってくれんでしょ?」
「は、ははいっ」
「ふっ…あー、助かるわー。さんきゅ」

返事が大きくなってしまったことが可笑しかったのか、横を向き軽く吹き出した彼は教卓に一度ノートを置いて、上から6冊程手に取り渡された。

「はい」
「え、もっと持て、ます…」

これじゃあ、何の助けにもならない。もっと上手に、持つよ!とかフランクに言えれば良かった、なんて後悔しながら黒尾くんが持ち直したノートを見つめる。

「いいのいいの。それ大事に持ってくれればとても助かります」
「わ、わかりました」

大事に、の言葉に頷き6冊のノートを落とさぬよう腕に包み込む。その時、一番下にあったものに"黒尾"の文字が書かれていることに気づき、ハッとする。黒尾くんのだ!これはどんなことがあっても落としていけない。いや、誰のものでも落としてはいけないのだけれども。気合を入れ直し、抱える腕に力を込めた。






今、私は片想いしている相手の隣を歩いている。これは夢…?始業式のあの日立てた目標より更に上のことをしているんだ。これが夢じゃなければ何だと言うのだ。

「……重くねえ?」
「あ、う、うんっ」
「そっか」

届け先の職員室までの道中。続くのは無言。流石の黒尾くんも気まずいのか、6冊しか持っていないのに重い?と尋ねてくる。私にもっとコミュニュケーション能力があれば…。何か話題を見つけることが出来れば…。

「あっ!黒尾さんだ。ちわーすっ!!」
「…おー」

そんなことを考えていたら、元気な声と共にこちらに駆けて来る身長の高い外国人風の男子。ハーフなのかな?確か一年生で、入学時に少し話題になっていた子だった気がする。色んな部活に勧誘されていたらしいけどバレー部に入ったと風の噂で聞いた。そんな有名な子が凄い勢いで来るものだから半歩後ろに下がってしまうと、それに気づいた黒尾くんが私を背中で隠してくれ、その何気ない行動に心が引き締められる。

「この辺で芝山見ませんでした?」
「見てねえけど」
「そっすか!ありがとうございます!!」

最初から最後まで同じトーン、同じ声量で話す彼は目的の人物を探すためまた走り出して行く。それを見て「危ねぇから走んなー」と軽く注意をする姿に同級生の彼ではなく主将の黒尾くんを垣間見れた気がした。

「かっこいいね…」
「…え?」
「ほ、ほらっ、背が高く、て」
「あー…苗字さんって背が高い人タイプなの?」
「えっ」

バレー部の一年生。やっと見つけた話題に普段の何倍も大きな声で、かっこいいと言ってしまった。それに少し考える素振りをした黒尾くんにタイプなのかを聞かれ、思わず固まる。身長に関して特にタイプはないけれど、ここで肯定してしたら黒尾くんのことを好きなのがバレるかもしれない。絶対にそうは思わないだろうけど、確実にバレないとは言い切れないし。私のような人間に好かれるなんて、彼みたいなキラキラした別世界の住人からしたら迷惑でしかないのだから。

「あ、えっ、…た、タイプです?」
「ふはっ、何で疑問系?」
「ぐ…」

か、かっこいい…!迷惑と分かっていても素直に口に出してしまった答えを聞いた黒尾くんは手の甲を口元に当てて吹き出した。何でこんなに笑ってくれるんだろう。私は何も面白いこと言っていないのに。どちらかと言えば、どもどもしてウザがられるはずなのに。

さっきよりも良い雰囲気?になり、並んで再び職員室へ目指す。どことなく隣を歩く好きな人が機嫌良さそうに見えるのは気のせいだろうか。私は少なからず気分が最高潮に良い。だから、つい調子に乗って口走ってしまった。

「夜久くんって部活でどんな感じなの?」
「……夜久?」
「う、うん。あっ、私去年から夜久くんと同じクラスで、それで…優しくしてもらってて、バレー部でも後輩とかの面倒とか見てそうだなって思って…!わ、私も、少しだけだけどお話ししたことあって、今回のペアワークも夜久くんと一緒で良かったと思っててねっ」

あ、あれ…?なんか、変なことを言ってしまったかもしれない。お互い知っている夜久くんのお話ならコミュ力皆無の私でも話が弾むと思ったのだけれど、彼の名前を出した途端さっきまで黒尾くんを纏っていた優しい空気がピリついたように感じた。それに焦って、言い訳をするように夜久くんのことを知ったかして話して。更に黒尾くんの雰囲気は変わり、「スズキさんと黒尾くんがお似合い」と言った時と同じ顔をされた。

私が夜久くんの話題を使って、利用するようなことしたからだ…!!チームメイトを悪く使われたから嫌な気分にさせてしまったのかもしれない。まず、謝らないと…!

「ごめ「夜久のこと気になんの?」……え?」

いつもよりワントーン低めの声で、真剣な面持ちで問いかけられ、思考が止まる。気になる…?興味がなくはないけど、この「気になる」というのはもっと違う意味だと思う。答えられず、口をパクパク動かしていると射るような視線を向けられ、更に何も言えなくなる。

「もしかして、苗字さんってやっくんのこと好き?」
「え」

呼吸が止まった。夜久くんのことを好きと聞かれたことではなくて、好きな人の口から「好き」の言葉が出たことに、心臓が跳ねて呼吸が止まった。違う違う!そうじゃなくて、質問に答えなきゃ…!ふざけている場合じゃない!!黒尾くんとどうこうなることは絶対にないけれど、彼に好きな人が夜久くんと勘違いされるのは複雑な気持ちだ。ここははっきり言わないと…。


「協力しようか?」
「……え?」

しかし、伝えなきゃ…そう決意した時、先に言葉を放ったのは黒尾くんで。真剣な表情でこちらを見つめられ、開きかけた唇をそっと閉じた。協力…?それって、つまり、夜久くんと私の協力ってこと…?


「俺、結構そういうの得意なのよ」


右手で作った拳を胸に当てて、今度はニコリと笑う。なんでだろう。黒尾くんとお話し出来て嬉しいはずなのに、全然嬉しくない。


「苗字さんが良ければ、なんだけど」


なんでだろう。嫌な感じに心臓が速くなる。これ以上、話して欲しくないとまで思ってしまう。


「どんと任せてくださいな」
「っ、」


なんでだろう。さっきまで気分が上がっていたのに、急にとても悲しくなって、泣いてしまいそう。だって、協力してくれるってことは、黒尾くんは私のこと……。知っていたけど、こんな早く思い知らされたくなかった。


「いつでも協力できるよ」
「……」


いつでも協力…?その言葉に一瞬だけ固まる。いつでもって。それって、つまり理由を探さなくても黒尾くんといつでもお話出来るってこと?

私は何の取り柄もない地味な人間だ。だからせめて人には迷惑をかけずに生きようと思った。人を騙したり、人に嘘をついたりしないように。それだけが唯一私でも出来ることだったから。

黒尾くんと両想いになれることなんて、明日世界が滅ぶくらいあり得ないことだ。だったら、せめてこの一年間だけは少しでも一緒にいたいと欲深い汚い私は考えてしまう。


「協力、お願いします」

誰かが言っていた気がする。恋をしたら判断が鈍るって。

..澄ました瞳で見貶して

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