タイプ……そっか。黒尾くんって髪はロングな子がタイプなのか。だからスズキさん……
さっき夜久くんは先生の独断と偏見でこのペアが決まったって言ってたけど、改めて周りを見渡せば結構みんな仲の良い人と組んでる気がする。つまり決まった後普通にペア交換したりしているのだろう。
それでも交換しないでいてくれた夜久くんに感謝しつつ、黒尾くんはスズキさん……そっか……ロングで美人なスズキさんとが良くて誰かと交換してもらったのかな……

そこまで考えて、ブンブンと頭を振った。この間0.5秒。どうしてこんなこと考えてるの、私!?黒尾くんが誰と組んでたって私には関係ないのに!

「ちょ、夜久!」
「なんだよ、事実だろ」
「違うわ待って、苗字さん」
「え、え?」
「違うんだよ!!」
「何が違えんだよ」

ケラケラ笑う夜久くんと何故か慌てている黒尾くん、それを交互に見ながら戸惑う私と、少し離れたところで此方のことなんて何も気にせずに本を読むスズキさん。
尚も焦った表情で、黒尾くんは言う。

「交換したわけじゃねえから!最初っからスズキさんとだったの!」
「ふーん?」
「てめっ夜久信じてねえな!?」
「いやぁ別にそんな焦んねぇでもいいのになーって。スズキさん確かに美人だし。な?苗字」
「エッあ、うん。スズキさんと黒尾くん、その、お似合いだと思う、しっ」
「え?」
「あっ」
「…………」

言っちゃった〜〜!!お似合いだと思うって!例え思ってても口に出して言っちゃったら、自分で言って自分で一番傷付くやつ!
黒尾くんも微妙そうな顔してるし、ほら、私なんかにこういうの言われるのも迷惑なんだよきっと!やらかした……!

勢いだけで口にしてしまったことに早速後悔して泣きそうになる。せっかく黒尾くんとお喋りできたのに……

「あ、ご、ごめんなさ……」
「…………いや、」
「?なんで謝ってんだ?」
「いや、その……」

一度躓いたら、そこから立て直すのって難しい。遂に黒尾くんとお話できたと思ったのにまたあんな顔されたら、嫌な思いをさせてしまったら……なんて考えると何も言葉は出てきてくれなくて、あ、とかう、とか意味のない唸り声だけが転がった。

キーンコーンカーンコーン――――――

「あっ……」
「終わっちまったな。じゃあ苗字、調べるのまだ終わってねえし来週までの休み時間とかにやる感じでいい?悪いけど放課後は部活あるから……」
「う、うん!それは全然!ていうか、……その、私が喋ってた、から……ご、ごめんなさい……」
「え?いやいや、んなことねえって。元はと言えば邪魔する黒尾が悪い!」
「ハァン!?俺のせいですか夜久サン?」
「まんまお前のせいだよ、クロオサン」
「ねえ」
「!」

また言い争いを始めた二人にどうしようかと戸惑っていると、それを一瞬で止めてしまう声が降ってきた。ねえ。なんの感情も乗ってないその一言は、一周回って冷たくさえ聞こえる。私たちが同時に振り向くと、そこにいたのはさっきまで一人で読書していたスズキさんで。

「あ、悪ぃスズキさん」
「ほーら黒尾が放置するから!大体調べ終わってても発表の準備まで終わってんの?スズキさん一人でやらせてたんじゃねーの」
「いやそれはちゃんとやったって、なぁ?スズキさん」
「うるさいから静かにしてくれる?私の名前が聞こえてくると本に集中できないんですけど」
「「あ、はい」」
「…………」

文字通り凍りつくような冷たい言葉に、その場の空気は凍り付いた。ス、スズキさん……初めて声聞いたかも……
それにしても私だけではなく、コミュニケーショ能力に長けている黒尾くんも夜久くんも黙ってしまうとっつきにくさ。むしろ黒尾くんはよくこんな人とさくさくペアワークを終わらせられたな、と感心してしまうほど。コミュ障特有の、ばくばくと嫌な感じに心臓が鳴るのをそっと押さえる。

スズキさんは私たちを一瞥して、それから綺麗な黒髪を靡かせ何も言わずに席に戻っていった。

「キッツー。スズキさんめちゃくちゃ怒ってんじゃん、黒尾よくあの人とやろうと思ったな」
「いやだから別に交換したわけじゃねえんだって。つーか多分お前が思うよりスズキさん普通の子よ?」
「へぇ……まぁ俺はショートのが好きだから」
「まだそのネタ引っ張る!?」

普通の子。黒尾くんがそう言うならそうなのかなって思うけど、そもそも黒尾くんが既に普通からは逸脱したパーフェクトな人だから……その普通は私の"普通"とは違うのかもしれない。それにスズキさん綺麗だし、髪もロングだし。

「苗字?」
「え、」
「どうした?難しい顔して」
「あ、いやっ、はい!」
「なに?どっち?」
「な、なんでもありません……!」

夜久くんに話しかけられて、私は我に返る。今私、何を考えていた?スズキさんが冷たくても、普通の子でも、綺麗でも、髪がロングでも、私には別に関係ないのに。それなのに何故か気になって、黒尾くんから聞くスズキさんの評価が頭から離れてくれない。どうして?どうしてそんなに気になるの?

ちらりと黒尾くんを盗み見ると「!」そのままバチリと視線が合ってしまった。

「…………」
「え、っと……」
「苗字サンは信じてネ」
「え!?あ、う、その……?」
「俺は別にロング好きだからスズキさんと一緒にやってるわけではありませーん」

あ、そこ?

「いや大事だから、そこ」
「え!?」
「ぶふっ……なんでって?めちゃくちゃ顔に出てんのよ、苗字さん」
「え、な、」
「俺の観察眼をなめてもらっちゃ困ります」
「誰もお前のことなんて気にしてねえんだよ」
「ひっど!やっくんひど!」

言い合いながらまた二人とも席に戻っていくのを見送る私だけど、その頬は真っ赤に染まっていく。なに、今の。何今の!聞きようによっては私が黒尾くんを見ているのと同じくらい黒尾くんも私を見て…………うん、それはないな。流石に分かる。黒尾くんが私を、なんて烏滸がましいにも程がある。

だけどいつの間にかさっきより気持ちが楽になっていることに気付く。どうして?……多分、黒尾くんの口から自分で交換してスズキさんとペアになったわけじゃないって言ってくれたから。……どうして?
……だってもし黒尾くんがスズキさんを好きだったら、私に勝ち目なんてないもん。……というか誰が相手でも勝ち目なんてないし、こんなこと思うこと自体私には許されない気がするけど。

でもやっぱり、見ることくらい許して欲しい。大好きな黒尾くんを眺めて、あわよくば今日みたいに少しだけお話出来たら……それだけで私は十分だから。

今までだったら考えられないくらいに幸せだった一時を噛み締めることで、私は気付いていなかった。そのときスズキさんが黒尾くんと夜久くんの方をまた見つめているということに。



..いくじなしマスカレード

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