私の視界いっぱいに映る彼。恥ずかしくて、烏滸がましくて、顔を背けたいのにそれが出来ないのは緊張で体が石のように固まってしまっているからで。

「そんな胡散臭い顔で苗字を見つめんなって」

そして、同じく彼の目に映っている人間は誰か。簡単なのに自分では導き出さない答えを教えてくれたのは神様でも仏様でもなく、夜久様だった。

「どこが胡散臭い顔だって?…な、苗字さん?」
「え、あ、はいッいいえ!?」
「え、どっち?」

ぱちぱちと目を瞬かせ、少し困った風に口角を上げる黒尾くんに羞恥心で顔を背けてしまう。初めて、会話出来た。あれ…?これって最初に決めた私の目標叶ったのでは?声を掛ける、とはちょっと違ったけど、それ以上のことしてるし!
し、しかも2回目。2回も名前を呼んでくれた。あの時、私の名前を呼んでくれたのは夢じゃなかったんだ。現実なんだ。と始業式の翌日の出来事を思い出す。

「つーか、お前は自分のとこ戻れよ」
「俺達、優秀なんでね。もう終わってるんですぅ〜」
「はぁあ?てめ、邪魔しに来たのかよ!」
「いや〜やっくんに捕まって大変だと思ったんで。助けにきました」

私の方へ視線を戻したところで夜久くんの肘が黒尾くんのお腹にクリーンヒットし、鈍い声を出す。

「え、あ、だ、大丈夫…ですか、?」

今度は自分から声を掛けれた…!果たしてこれが目標としていた声掛けと同じなのかは分からないけど、一歩前進してる気がする。結構痛そうにしていたから心配なのと脳内が絶賛混乱中のせいで、何も考えず発した言葉は相手にちゃんと届いたらしく。

「あー…大丈夫、」

顔はこちらを向けているのに視線は逸らされ、気まずそうに首裏を掻く黒尾くんに、やってしまったと後悔をする。私なんかに心配されて可哀想…!!どうしたらいいか分からず、黒目だけをキョロキョロ動かしまた心の中で叫ぶ。神様でも仏様でも誰でもいい。この状況をどうにか助けて欲しい、と。

「なぁ、苗字」
「っは、い…」

そして、またも助けてくれたのは神様でも仏様でもなく、夜久様。

「下の名前の漢字ってどんなの?」
「あ、…えっと、」

個人で書くプリントにペアの相手の名前も記入しなくてはならない。夜久くんに漢字を教えるため、手に持っていたシャーペンを置いてプリントを見やすいようそちらに反転させた時だった。

「…え?」

机に置いたそれを黒尾くんが手に取り、苗字の空いた後ろの空間にシャーペンを滑らせた。丁寧に、でも男子らしい字が私の名前を完成させていく。

「……名前」

手を止め書き終わった後、その場所を見つめながら小さく名前を呟かれ、ドキリと心臓が飛び跳ねた。だ、だって名前を呼ばれたみたい。ただ自分の書いた字を読んだだけなのに。

「こう書くんです」
「「……」」

続けてそう言う黒尾くんに2人で無言になる。私はただ名前を呼ばれたことで放心状態。夜久くんは不審がるように首を傾げていた。

「2人って同じクラスとかになったことあんの?」
「?ないけど」
「……」

また無言。大きな目を瞬きひとつせず、真顔で自分のチームメイトをジッと見つめては沈黙が流れる。それを破ったのは見つめられている本人で。口籠ったいつもより力の無い、気まずそうな声色で放たれた。

「…なに」
「いや、よく知ってんなって思って。まだ、同じクラスになってそんな経ってねぇのに」
「……」

そして、今度は黒尾くんが口を閉じた。微妙な雰囲気が流れるもこれを変える術は持っていなく、ついに私も気まずくなり余計に変な空気が3人を纏う。

「いやいやいや、クラスメイトのフルネーム、漢字、覚えて当たり前でしょうが!…あ、なに?やっくん。まだ覚えられてねーの?!」
「まだ数日だぞ?覚えられる訳ねえだろ!漢字まで!!」
「はぁあ?ドコサヘキサエン酸が足りてない発言は止めて頂きたいね」

覚えてないの、と両手を前に突き出し、お笑い芸人のようなリアクションを取る黒尾くんに夜久くんは眉をピクリと動かし言い返す。わ、私は去年も同じクラスだったんだけどな…という思いは特になかった。苗字を覚えてくれていたことが奇跡のようなものだから!!

暫く目の前で言い合いを繰り広げられ、最後はどちらかがというより自然に落ち着いた。これが喧嘩するほど仲が良いってやつか…!こんな近くで見れたことに気分が上がってしまった。いつも遠くで眺めていたやりとりをこんな近くで見れるとは思っていなくて!

「いいから早く戻れよ。自分のが終わったからって……って、そういや黒尾のペア誰?」
「ああ、スズキさん」
「は!?」
「!んだよ、大声出して」

夜久くんの声に2人して肩をビクつかせて驚く。「お前って…はぁ、」と零す理由は何となく分かった。

スズキさん。とても綺麗な顔立ちをしていて入学初日から有名で、歩くだけで周りからの視線を集め注目される、私とは真逆な人。しかし、いつも1人で授業中以外はほぼ本を読んでいる。このクラスで常に1人なのはスズキさんと私だけ。友達を作るチャンス!そう思ったけれど、私が話しかけられる訳がなかった。

「いつも良く喋ってるあの子とやるのかと思ってたけど違ぇのな」
「あー…まぁな」

さっきと同じく言葉を濁し、気まずそうな声色で視線を宙に泳がせる黒尾くん。きっと彼も夜久くんと同じ理由で彼女とペアを組んだのかもしれない。やっぱりバレーをやっている人はみんな優しい、と再度認識した。

しかし、次の夜久くんの言葉に心臓が氷のように固まることとなる。

「あー、ロングだしなぁ」
「??」

スズキさんの方を見て呟かれた言葉に不思議に思い、それが顔に出てしまったのだろう。夜久くんが気づき、教えてくれた。

「髪が長いの。黒尾のタイプ」
「!!」

目を見開き、固まった。そして、ギギギッと壊れたロボットと同じ動きをして俯き、自身の短くも長くもない微妙な長さの髪を見つめた。

..まだ春の鼓動を知らない

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