「今日もかっこいい…」


黒尾くんが私の名前を呼んで。視線が交わり笑ってくれたあの日。

夢のような出来事に気持ちが舞い上がり、次の日からもうちょっとだけ黒尾くんを眺められたらいいなと願った。しかし、自己紹介をしたあの日のことは本当に夢だったのか、それともただ私の妄想だったのか…それくらいあれから黒尾くんとは何もない。

だけど、いいんだ。私は彼を遠くから眺められればそれでいいの。男女問わず仲が良く、視野が広くて周りを明るくする。とても優しい人。朝は時間ギリギリに登校し、帰りは真っ直ぐ部活へ向かう。同じバレー部の夜久くんとは他より距離が近いように見えて、ふざけたり偶に真剣な顔付きでお話ししている時がある。もしかしたら、大事な部活の話なのかもしれない。ガヤガヤといろんな所から聞こえる話し声に混ざり、黒尾くん達の会話までは聞こえない距離で今日も彼を見てしまう。

「やっくん…」
「あ?」
「やべぇよ」
「何が」
「ずっと言わねぇようにしてたんだけどさ、」
「おう」
「髪切ったんだよ」
「は?」
「俺の好きなロングヘアの女優が髪を切ったんだよ!!!」
「……」
「いや、まあいいんだけどね。どっちも似合うし、可愛いし。だけど何つーか、男心と言いますか」
「…きも」

きも。その一言で片付ける夜久。黒尾は項垂れるように机に伏せた。その様子をこっそり眺めていた苗字はひとり目を瞬かせる。


どうしたんだろう?さっきまで夜久くん凄く真剣に聞いていたのに、黒尾くんが項垂れる少し前から冷めた表情に変わってて。私は黒尾くんより席が後ろだから座っている彼がどんな顔をしているのか分からない。だけど、この席からだと授業を受けながら横目であの大きな背中を見ることが出来るから、とても嬉しい。

同じクラスっていいな。だって学校がある日は毎日何もしなくても同じ空間にいれるんでしょう?好きな人と。私は3年生になったあの瞬間、自分の持っている全ての運を使い切ってしまったと思う。学校に来れば好きな人がいる、眺められる。これ以上、幸せなことはない。


「……え」

と思っていた矢先。急に行われた席替えで気分が落ちてしまう場所を引いてしまった。

真ん中の列。後ろから4番目。黒尾くんは同じ列のいちばん後ろ。私の後ろの後ろだ。眺めることも盗み見ることも出来ない。せめて、私がもうひと席後ろだったら…と思うけど、それはそれで緊張してしまうから良かったのかもしれない。

でも眺めることはできない。そんな矛盾が私の頭を悩ませ、でもストーカー脳になっているのを抑える良い機会なのかも。そう思うことで今の席が良い場所だと自分に言い聞かせた。



「はい、じゃあ後ろの人。プリントを集めてください」

数学の授業。2年生までの復習を兼ねて、抜き打ちテストを行い、隣同士で採点したものを後ろの席の人が集めることになった。
ちょっと、待って。これ、黒尾くんに見せるの…?視線を落とす先には赤ペンで半分以上バツがついているプリント。地味で、存在感がない、何の取り柄もないのに頭も良くないなんて。いくら存在が薄くて私になんて興味を持たなくてもこんなバツだらけのプリントを見せれる訳ない。サッと裏面を上にして持って行きやすいように机の端に寄せた。


あれ…?これってもしかして。私を抜かして持っていくパターンかもしれない。後ろから集めてもらう時、いつもプリントを取り忘れられてしまい、結局最後自分で先生の元へ持っていく。慣れていることだけど、好きな人に…それも周りをよく見ている黒尾くんに忘れられたらもう立ち直れない。
それだったら最初から自分で。そう思って端に置いたプリントの上に手を乗せ、そのまま自分の元へ持っていこうとした。

「!」

しかし、私が触れたと同時に大きなゴツゴツした男らしい手がプリントの端に乗った。爪、綺麗。女の人に向ける綺麗とはまた別の男の人っぽい綺麗な爪。何を考えているのか自分でも分からないけど、ただぼーっと穴が開くほど置かれた手を見つめてしまう。

すると、私の手の下からプリントが引き抜かれ、それを追うように視線を上に向けた。中身を見ないようにするため、集めたものの上に重ねていく動作を凝視し、また更に顔を少しだけ上げると交わる視線。これで2回目。初めの時はニヤッと笑うかっこよくて色気のあるものだったけど、今回は何の感情も読み取れない瞳を向けられる。
上から見下ろされるその目は普段よりも伏せられていて。数秒目が離せずじっと見つめてしまうと、先に視線を逸らしたのは黒尾くんの方。

こんな至近距離で黒尾くんと目を合わせるのは初めてだというのに、逸らさなかったのは体が動かなかったからだ。体も目も思考も何もかも止まり、瞬きすら出来なかった。現に、次の人のを集めるため動き出した黒尾くんを追うことは出来ず、さっきまでいた彼の場所をただ固まり見つめていた。

..きらきら、ぱちん

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