教室の前に立って、すぅっと息を吸う。吐く。また吸って、吐く。吸って、……吐く。吸って吐く、吸って吐く、吸って吐く、吸って……

「い゛っ!?」
「でさー、昨日みんなで……」
「え、なにそれウケるんだけど」

ゴンッて結構大きな音を立ててドアの端っこに頭をぶつけたのは、私がずっと教室の前に突っ立って邪魔だったからだ。決してわざとぶつかられたとかではなく、私っていつもこう。存在感が薄い。というか、ない。現に今だって、私にぶつかった昨日からのクラスメイト達は私に気付くことなくさっさと中に入ってしまった。

ぶつけた場所を自分で撫でながら今度こそ教室に入り自分の席に着くと、……うん、やはりみんなもうグループが出来てしまっている。3年ともなればこれが普通なのかな。どうしよう、相変わらず早速ぼっちなんですけど……!
昨日はクラス発表と始業式しかなかったのに、私には出来ないそれを周りは当たり前にやってのけることに尊敬しかない。


「それじゃあ早速だけど、端から順に自己紹介していってー」

ぼんやりとしていた中聞こえた担任の先生の言葉にドキリと心臓が跳ねた。自己紹介。苦手な単語。毎年やるこれになんの意味があるんだろうって思ってしまう。
だって自分の番が来るまで緊張で人の話なんて聞いてられないし、自分が終わったら無事終えた安心感でやっぱり人の話なんて聞いていられない。毎年1人も名前も覚えずに終えるこの行為に、何の意味が……あ!もしかしてこんなだから友達ができないの!?だとしたら今年も絶望的なの!?

そうやって脳内会議をしている間に私の前の人まで順番が回ってきていて、もう次は私の番。シン。静まり返る教室にバックンバックンと私の心臓の音だけが響き渡る。
うそ、もう?え、なに言うの?他の人は何を言ったの!?私なんにも考えてないよ、ねぇ!……って、それでも恐る恐ると椅子を引き、震える足で立ちあがろうとした……その時。

「え、あ、次俺か!えーっと、」
「……え」

なんという。一番後ろの私は飛ばされて、隣の列の一番前の男子が立ち上がる。私がまだ自己紹介していないことなんて先生も皆も誰も気付かなくて、え、これは……良かったの?いや、流石にひどくない?なんて。

それを言う勇気もない私は立ち上がりかけた足の力を抜いて、また椅子の背もたれにもたれかかる。はぁ。ため息を吐いて何気なく教室を見渡した私に「!」たったひとり、こちらに視線を向ける人がいた。

「センセー、苗字さんが順番とんでまーす」
「え!?うわっほんとだ!すまん苗字、気付かなかった」
「あ……いや、え……」
「じゃあ次、苗字」
「あっ、は、はい!えと……苗字名前、です。…………………………よろしくお願いします」

パチパチパチとまばらな拍手はさっきまでもあった?そんなことすら覚えていなくて。
私の今の意識はさっき目が合った彼にしかない。

「!」

こっそりともう一度彼……黒尾くんを見ると、やっぱりバッチリ合ってしまう視線。な、な、なに!?
拍手しながらニヤって笑った黒尾くんがかっこよすぎて、それからその色気に耐えられなくって、私はすぐに机に突っ伏してしまった。

黒尾くんが私の名前を呼んだ!黒尾くんが私の名前を呼んだ!黒尾くんが私の名前を呼んだ!黒尾くんが私の名前を……知っていてくれた?……ひいいい恐れ多い!なんで!?どこで!?たまたまですか!!?
私はずっと好きだったから黒尾鉄朗くんだってフルネームでばっちり覚えているけど、接点がない私の名前を知る機会なんて黒尾くんにはなかったはずなのに。ちなみに先生にすら未だ間違えられることがあるくらい、私の名前の浸透率は壊滅的だ。

「黒尾あの……なんとかさん?知ってんの?」
「んー?」
「うっわムカつく顔してんなぁコイツ〜」

耳をすませば聞こえる会話にもう……ほんとパニック。あの視線をどうにかして保存して持って帰ることができたらいいのに。そしたら家のベッドに寝転がって、誰の目も気にせずゆっくり堪能出来たのに。
とりあえず今日はもうキャパオーバー……こんな教室の隅っこにいる名も無い村人Dにも優しく手を差し伸べてくれる黒尾くんは王子様だ。ありがとう王子様!ありがとう、黒尾くん!!

それにもうこれ以上望んだらバチが当たる気がする。だけど明日になったらもうちょっと。もうちょっとだけ黒尾くんを眺めることができたらいいな。


..まつげに猛毒を孕んだあの子

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