正直言うと罪悪感と好奇心、半々だった。

「苗字さんおはよ」
「え、あ、っ、?お、おは、よう……」
「ぶっくく……吃りすぎ。ほら、夜久ももうすぐ来るぞ」
「え?」
「……挨拶は基本っしょ?」
「あ……う、うん」

朝練から帰ってきた黒尾くんが私の席の隣で立ち止まって挨拶してくれるなんて、どんな世界線?夢?私まだ夢見てるの?なんて、朝から気分は上がってくと同時に彼から出てきた名前に胸がチクチクと痛んだ。
夜久くん。私は人に嘘はつかないという自分の信条をアッサリ曲げてまで夜久くんが好きだと黒尾くんに偽り、黒尾くんはそれに善意100%で協力してくれているのだから。

こんなの夜久くんにも黒尾くんにも失礼だ。勿論それは分かってる。分かってる、けど……

「おーっす」
「夜久、くん……おは、よう」
「おー、おはよう苗字」

あぁ、眩しい笑顔。夜久くんからの挨拶を受けて思わず目を逸らした先には、私にとっては更に眩しい黒尾くんがいて。
目が合った瞬間、口パクで言われたのはきっと「良かったな」って。……うん、良かった。朝からこんなに近くで黒尾くんを見れて、アイコンタクトまで出来るんだもん。

罪悪感がないわけじゃないけど、最低だって分かってるけど、……これがますます私の恋に望みがないことを証明してるっていうのも知ってるけど。

「お前なんで苗字んとこいたの?」
「んー?まぁ、ちょっとね」
「ふーん?」

黒尾くんがいたら夜久くんもこっちに来るのを分かってて、黒尾くんは立ち止まってくれたのかな。私とおんなじ列の一番後ろ、自分の席に戻っていく黒尾くんとそれに着いていく夜久くんの会話を聞きながら、私は心の中でこっそりお礼を言った。

心臓はまだ忙しなく脈打っている。はぁ、まだ朝なのに、もう黒尾くんと喋っちゃった。
もう一度、さり気なく後ろを振り返ればまたバチンと合った視線。夜久くん越しに黒尾くんと見つめ合ったのは……多分時間にしたら1秒あったかなかったかくらいなのに、フッと笑って視線を逸らした黒尾くんに私は何百回目か分からない心臓を撃ち抜かれた。

あれ、これってもしかしてすごいことじゃない?って、気づくの遅い?


「苗字さん」
「く、くろお、くん?」
「夜久、ちょっと職員室行っちゃったからここで待っててい?」
「え、あ、はいっ」

ほら。今日この半日だけでも、休み時間とか移動教室中とか、何かと話しかけてくれる黒尾くん。
今だって相変わらずぼっちでお弁当を食べていた私の前に、黒尾くんがいて。空いていた前の席に座って、こちらを振り向く形で向かい合うなんて……昨日までは想像すらしていなかったのに。

「どうよ、あれから夜久と話せた?」
「あ、えっと、ペアワークのことでちょっとだけ……」
「あぁー、夜久と苗字さんの、まだ終わってなかったんだっけ」
「うん……夜久くん忙しいから、私がもっと早く進めておければ……いいんだけど……」
「いやいやそれじゃあ苗字さんが大変じゃん。夜久にももっと手伝えって言えばいいから」
「あはは」

どく、どく、って心臓が飛び出してしまいそう。黒尾くんと話すだけで私はこんなになってるって、きっと黒尾くん本人は知らない。
一言一言、確かめるようにゆっくり紡ぐ言葉にも黒尾くんも優しく耳を傾けて、それから優しく相槌をくれる。

こういうところ好きだなぁ、って。決して口には出来ないけど思っちゃうよ。

「あれ、黒尾なにしてんの?」
「んー?苗字さんとお喋り」
「黒尾って苗字さんと仲良いの?」
「最近仲良しなんだよ。な、苗字さん」
「へっ!?」

遊びに来ていた違うクラスの女の子に話しかけられた黒尾くんに、私は居心地が悪くなってどうしようかと俯いたその瞬間。まさか話を振られると思ってなくて勢いよく顔を上げれば、なんでもない風に首をこてんと傾けた黒尾くんがいるではないか。

は、え、え!なんですかその角度!グラビアの撮影……?なんて、たったそれだけで溢れ出る色気に私の思考は一瞬トリップ。
だけどすぐに我に返って、それからぶんぶんと首を振る。

「わ、私と黒尾くんが仲良しなんて……そんなそんな、……!」
「え」
「あっははは黒尾振られてやんの〜」
「うっせえ!」

そんな烏滸がましいこと、あっちゃいけない!ってそういう意味で即座に否定したんだけど。
黒尾くんはちょっとだけ驚いて、それからすぐに視線を逸らし爆笑する女の子に向かって「苗字さんは照れ屋なだけですぅー誰かさんと違ってぇ」なんて言い返している。

「はぁ?誰かさんって誰ですかぁー」
「さーね?あ、ボクの前にいる方とか思ってないデスヨ全然」
「うっわむかつく!」

笑いながら女の子が去っていくのを、私はただただ見つめることしかできなかった。そりゃそう。元からその会話に混ざるなんてそんな度胸、持ち合わせてないんだから。

「……ショックだわ〜」
「えっ」
「ちょっとは仲良くなれたと思ってたの、俺だけ?」
「ええっ!?」
「え、さっきのガチのやつだったの?うそ?まじ?」
「わ、私と黒尾くんが……?」

さっきと全く同じ反応の私に、黒尾くんはガーンって効果音がつきそうなほどに顔を引き攣らせて。
あ、あ、あっ、もしかして私なんかが黒尾くんの言葉を否定する方が失礼だった!?でも仲良しだなんて、そんな、だって私から話しかけることも出来ないのにっ!

「……まぁ。これから頑張るんで?」
「え?」
「覚悟しといてネ」
「え、あっ、?」
「だって俺、苗字さんと仲良くなりたいし」
「!」

それは、衝撃。目を見開いて固まると、黒尾くんは更に不敵に笑って「はい、握手〜」なんてその大きな手が私の手を握ってるから、……えっ、握っ、えっ、え!?

「あれ、苗字さん?おーい」
「……」
「……悪い、いきなり触んのは嫌だったよな」
「……!や、え、そのっ……」

嫌じゃ、ないです。だけど、でも!言葉が出てこなくって、それからきっと真っ赤に染まってしまっただろう顔は今にも火を吹きそうに熱い。
言葉にならない、けど何か言いたい。口をパクパクする私を黒尾くんはどう思ったんだろう。

一瞬ジッと何かを考えるみたいに真顔になった黒尾くんが、きっとわざと優しく私に問いかけてくれる。

「……こわい?」
「え、?」
「もしかして苗字さん俺のこと怖いのかなって思いまして」
「や、え?こ、こわくない、よ?」
「……ほんと?」
「う、ん……その……私、人と話すの、上手くできないから……」

怖いことには怖いんだけど、それは人と話すことが怖いだけで、決して黒尾くんが嫌とかそういうわけじゃなくて……!
めいいっぱい否定したい気持ちも……上手く伝えられず辿々しい言葉になってしまう。だけどそれさえも拾ってくれるのが、黒尾くんで。

私の言葉に安心したようにまた笑った黒尾くんは、小さく息を漏らした。

「そっか」
「うん……ご、ごめんなさい」
「え、なんで?別にいいじゃん、ぶっちゃけ話すのなんて慣れデスヨ、慣れ」
「え?」
「……俺も昔はそんなに上手く話せなかったんだよねぇ」
「う、嘘」
「ほら、だから苗字さんもさ。俺といっぱい話してたらそのうち慣れんじゃない?」
「黒尾くんと、いっぱい……」

なにそれ。……なにそれっ!どくん、どくん、どくん。
さっきからずっとうるさいのにまた一段と騒がしくなった心臓の音は、もしかしたら黒尾くんに聞こえちゃってるかもしれない。
全然収まってくれない、今のクラスになってから何度も経験した致死量のときめき。

「はい、じゃあ苗字名前サン」
「は、はいっ!?」

名前っ!?

「好きな食べ物はなんですか?」
「え、え?」
「ほら、こういうのだったら簡単に答えられるっしょ」
「う、ん?」
「やっくんとも上手く話せるようにさ、人見知り、俺が克服してやるよ」

優しい。黒尾くんのこの無限大の優しさ一体どこからくるのか。

「お、お願い……します?」
「どんと任せてくださいな」

黒尾くんはそうやって昨日と同じように昨日と同じセリフで、また右手で作った拳を胸に当ててニコリと笑う。

……正直、罪悪感と好奇心、半々だった。

それなのに今や罪悪感は薄れ、もっと黒尾くんとお話ししたくて、……少しでも近付けるかもしれないこの関係が嬉しい、なんて思ってしまってるなんて。
私はやっぱり黒尾くんが好きで好きでたまらないのだ。


..きみのやさしいを咀嚼する

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