「…ここは何処だ」

目が覚めると、見覚えのある天井が広がっていた。
だが私の記憶は朝方帰ってきて、玄関でバタリと疲れて倒れた所で途切れている。
寝返りを打つと、ふわりと香った恋仲の彼の匂い。
それでここが誰の部屋かはすぐに断定することができた。

(………道理で、寝間着きてるはずだわ)

意識を手放した時、私は仕事着の忍装束だった。
それをご丁寧に脱がしてまで無駄に大きい男物の寝間着を着せるような相手はアイツしか考えられない。

「とりあえず、風呂入るか…」

昨夜の仕事は少し厄介な裏の依頼で、身体は随分疲労している。
いろいろ汚れたり汗もかいて気持ち悪いし、疲れを取るのにもそれが一番だと、私は適当に浴衣を拝借して部屋を出た。

「…うわぉ」

思っていたより眠ってしまっていたようで、お天道様はもう大分高い位置にいらっしゃった。
裸足でぺたぺたと廊下を歩いていると、隊服を羽織った左之と新八さんと出くわした。

「おはよーお二人さん」
「やっと起きたか。おそようさん」
「よく寝てたなぁ。風呂、千鶴に頼んどいたからもう沸いてんじゃねぇかな」
「お、さっすが左之助気が利くー!」
「お前のすることなんて大体分かるよ。つかお前、浴衣まで俺の使わなくてもいいんだぞ?」
「自分の取りに行くの面倒なんだもん。いいじゃん、どうせ寝間着も左之のだったんだから」
「だからってなぁ…」
「な…っ!どういうことだ左之!!」

何気なく交わされる私たちの会話に食いついてきた新八さん。
小さくため息をついてから、左之が口を開いた。

「朝方玄関で寝てるコイツ拾ったんだよ。忍装束じゃ窮屈だろうって着替えさせただけだ。恋仲なんだぜ?何を今更」

さらりと言ってのけた左之に、新八さんは頭を抱えて唸りだす。
苦笑していると、左之に軽く頭を撫でられた。

「じゃ、俺らは巡察行ってくっから。ちゃんと休んどけよ?ほら行くぞ新八」
「くそぅいいよなぁ左之はこんな可愛い彼女がいてよぉっ!羨ましいったらありゃしねぇ!…行ってくるぜー」
「いってらっしゃーいお気をつけてー」

ひらひらと手を振って二人を見送り、私は風呂場に向かって歩き出した。


ーーーーーーーーー


「千鶴ちゃんありがとねー!お湯加減最っ高だった」
「よ、喜んでいただけて嬉しいですっ」

風呂から上がり、手拭いを頭に被ったまま千鶴ちゃんと話す。
いつ見ても可愛いなぁこの子。
お嫁にしたい。妹でもいいなぁ。

「あ、そうだ。さっき近藤さんから練り切りを戴いたんです」
「ほう!桜の形したヤツあった?」
「はい、ありましたよ」
「じゃあ私それ食べるっ。先に二人で食べちゃおうよ。丁度桜咲いてるし、花見がてらさ」
「えっ、いいんですか…?」
「大丈夫大丈夫。今なら選び放題だし?私が許す!さ、お茶準備しよー」
「は、はいっ」


ーーーーーーーー


「…………春だねぇ」
「春、ですねぇ…」

桜の木がある縁側に二人で座り、お茶を啜りながらぽつりと呟く。
すっきりと晴れ渡った空に暖かい日差し。
柔らかな風に揺られ、ひらひらと舞い散る桜の花びら。
美味しいお茶とお菓子と、隣で微笑みながら桜を見上げるかわいい女の子。

「いやー、幸せだなぁ」
「?」
「総司ーっっっ!!!!!!」

小さく切った練り切りを口に含んだとき、この陽気にそぐわない大きな声が屯所に響き渡った。
それと一緒にバタバタと廊下を走り回る音も聞こえてくる。

「ひ、土方、さん?」
「まーた総司がなんかやらかしたんでしょ。だいたい見当は付くけどー。歳さんもお忙しいこった。あ、平助ーっ!」

再びお茶を啜った時に発見した人影に呼びかける。
名前を呼ばれた人物は小走りで近づいてきて、私たちに笑顔を向けた。

「二人でなにやってんのー?ってずりぃ!俺も食っていい!?」
「おう、今のうちに取っとけ取っとけ」
「あ、じゃあ私平助くんのお茶持ってくるね」
「ありがとなー千鶴!」

勝手場に向かう千鶴に礼を言いつつ、私の隣に座る平助。

どれにしようかなーなんて練り切りの入った箱を覗き込む様子をのほほんと見ていると、バタバタと総司がやって来た。

「あれ、総司あんた歳さんと鬼ごっこしてるんじゃないの?」
「してますよー。
でも抜け駆けしてる人たち見つけちゃったんで。あ、僕右上のやつ食べるんで残しといて下さいね。あとこれ、後でこっそり土方さんの部屋に戻しといて下さい。それじゃ!」

歳さんから奪ってきたであろう豊玉発句集を私に投げ渡し、颯爽と去って行く。
そしてすぐにこちらへ向かってくる足音が聞こえてきたので、私はそっと懐にそれをしまった。

「おい、こっちに総司来なかったか」

間もなく現れた歳さんは軽く息を切らしていて、眉間には大量のシワが寄っていた。
「せっかくの綺麗なお顔が台なしですよ、歳さん」と言うと、「うるせぇよ」と低い声で返される。

それに苦笑しながら、私は素直に総司が去って行った方を指差した。

「総司ならあっち行きましたよー」
「そうか、助かった」

獲物を狙う獣の如くその方向睨みつけ、歳さんは走り出した。

「…いいのー?ホントに総司が行った方教えちまってさ」
「どうせ総司捕まってもお目当ての物は私が持ってる訳だし、それにほら、鬼副長に嘘は言えないじゃない?」
「うっわよく言うよ」

平助とけらけら笑っていると、きょとんと歳さんの去って行った方を見ながら千鶴が戻ってきた。

「おかえりー」
「あの、一体何が…?」
「鬼ごっこだよ鬼ごっこ」
「もちろん土方さんが鬼のなー。茶ありがとな。お前も早く座って花見しようぜ」
「うんっ」

そうかわいらしく返事をして平助の隣に座った千鶴に、食べかけていた練り切りを渡してやる。
私は最後の一欠けを口に放り込み、咀嚼しながら懐から出した句集に目を落とした。

(…全く、世間が恐れる壬生浪が聞いて呆れるよ)

討ち入り等の際の彼らと今日の彼らの差に思わず笑ってしまう。
はらりと句集の上に落ちた花びらにふっと笑みをこぼして、私は桜を見上げた。



世界は時々美しく輝く
(いつ命を散らすとも分からぬこの世で、)
(せめてこの日常だけでも、彼らに幸多からんことを)



Title by Aコース




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