君の涙腺を壊した

(クロウが満足タウンに配達に行くようです)



いきなり鬼柳から連絡が来たときはそれはそれはびっくりした。
しかも配達を依頼したいとか。本当にそれだけかよ、なんて少々の不安を感じながらも断ることもできないので、日を決めて鬼柳の居るサティスファクションタウンに行くことにした。

午前中に他の荷物を届けると、サティスファクションタウンに届ける荷物と一緒にブラックバードを走らせる。なかなか長い距離を走る中で、あいつは元気にやっているだろうか。とそんなことを考えた。
 サティスファクションタウンについて、ブラックバードを止めると見知った顔がこちらに駆け寄ってきた。

「クロウさん!」
「ニコ!久しぶりだな」

ニコだ。健気な笑顔でこちらに駆け寄るあたり、どうやら元気にしているみたいだ。

「お荷物ですよね。ありがとうございます」

礼儀正しく頭を深く下げられる。どうもそうゆうのに慣れていない俺は何か自分が悪いことをしたみたいだなんてありもしないことを考えた。

「いいって仕事なんだから」
「ですが遠い所からありがとうございます。良かったら休んで行って下さい」

ニコは鬼柳には勿体無いぐらいの良い子だ。本当、鬼柳には勿体無いと落胆する。
 ニコはそれから俺の手を取って家へ入れてくれた。居間らしき所に通されるとニコに座るように促され「お茶煎れますね」と笑顔で言われた。
仕事で来たというより客として来たような応対に素直に笑えない。


「あ、そういえば鬼柳は?」
「鬼柳さんなら病院に行かれました」
「え、病院!?あいつどっか怪我したのか!?」
「はい、建設の作業中に腕を……」


ニコが眉を寄せているあたり本当のことだろう(基この子が嘘をつくとは思ってないが)


「きっともうそろさろ帰って来ると思いますよ」

ニコがそう言うのと同時にドアが開く音がした。もし鬼柳ならタイミングが良すぎるというものだが。


「ただいまニコ。あのさ、表にブラックバードが……」

鬼柳だった。鬼柳は居間の扉を開いた瞬間言葉が途切れ目を丸くした。

「クロウ!」

ぱっと明るくなった表情とは反対に俺の口は引きつる。


「鬼柳さんおかえりなさい」
「ただいまニコ」
「……クロウさんとお部屋に行かれたらどうでしょう。お茶を持って行きますので、2人でお話なさって下さい」


ああ、ニコの優しさが眩しくて痛い。この子の精神年齢はたぶん鬼柳より上だ。と、俺がそんなことを考えていることも知らないであろう鬼柳は俺の腕を引くと居間を出て二回に上がった。階段を上る中で、俺の手を引くのが利き手じゃないことに気がついた。
利き手の方を見てみると、まだ白い変えられたらばかりであろう包帯が見えた。
 部屋につくと、鬼柳はベッドに座り自分の横を叩き俺に隣に座るように促した。俺は頷くも何も無しでそれに従い鬼柳の横に腰掛けた。


「悪いな。ちょっと出掛けててさ」
「……知ってる。病院行ってたんだってな」
「え、あーもしかしてニコから聞いた?」
「ああ」

単純にそう答えると鬼柳はトホホと言って苦笑した。


「クロウにはバレたくなかったんだけどなあ」
「……なんでだよ」
「そりゃあ、心配かけたくないしさ」
「馬鹿が。心配ぐらいさせろ」
「え、ク、クロウ?」
「守ってやりたくても守れないし、手当てや包帯巻き替えるのだってしてやりたいさ。でもでききねえ。なら、なら心配ぐらいさせろよ……クソっ」

なんとも自分らしく無い。こいつを心配するなんて…、こいつに弱みを見せるなんて!
行き場のない自分への怒りと羞恥が顔の体温を熱くして、手はベッドのシーツごと強く握りしめた。
無言で居る鬼柳に、焦ってしまし顔も合わせられない。もういっそのこと蹴り飛ばして逃げてしまおうかなんて考えた時、俺の後頭部に手が乗った。思わず顔をあげ鬼柳を見ると、俺の頭は引き寄せられ、目前に鬼柳の胸が広がる。

「お、おい」
「ありがとうクロウ」

頭上から聞こえるいたって真面目な声に似合わず動揺する。

「黙ってたのはごめん、謝るよ。けど、やっぱりクロウには言い辛かったんだ」
「んで、だよ」
「俺はさんざんクロウに心配かけてきたから……俺の間抜けなとこ二回も晒しちゅったからさ」
「――っ!!」

鬼柳が言ってるのはたぶん死んだことを言っているのだろう。こいつは事実上2回死んでる。1度目はセキュリティーで俺達を憎しみながらの衰弱死。2度目はダークシグナーとなってから、遊星とのライディングデュエルで敗北し死んだ。死んだというより消え去った、か。


「それに、この街でさまよっていた俺はクロウや遊星達のおかげで助けられた。だから、もうみっともないところ見せたく無かったんだ。特にクロウお前にはな」
「俺は……」
「ごめんねクロウ、ありがとう」

その言葉と額に落とされたキスがあまりにも優しくて、鬼柳らしくもないと思った。まあ、そう思うより早く俺は鬼柳を突き放していたが。


「クロウ?」
「お前本当に馬鹿!お前がどうしようもなくてみっともないのなんか百も承知なんだよ!俺はそれを知っててお前と一緒に居るんだ、そんなお前を馬鹿みたいに好きになったから一緒に居るんだよ!だから、今更隠そうとしなくたっていいんだよクソ野郎っ!!」


言いたいことを全部吐き出すと、いてもたってもいられなくなって部屋から飛び出した。階段も音をたてて、止まることを恐れるように勢い良く。
 玄関の扉を越え、やっと足が立ち止まったかと思うと涙腺が壊れたみたいに、涙がボロボロと落ちる。くそっと悪態をつくと袖でそれを拭った。

「クロウ」

背後からかけられたら声に肩が大きく震えた。
恐る恐る振り向くと、どうやら扉越しに呼ばれたらしい。

「クロウ、そこ居るんだろ?」
「……いたら悪いのかよ」
「ううん悪くない」

鬼柳の声は楽しげだったが、掠れていた。

「……ありがとうクロウ。俺できるだけ連絡するようにするよ。風邪ひいたり怪我したら知らせるし、俺が寂しくなってクロウに会いたくなったら連絡する。クロウが寂しがってるだろうなーって思った時も連絡するから。だけど」
「……だけど、何だよ」
「さすがに泣き顔だけはクロウに見せたくないないからさ、そこだけは多めに見てくれよ」

扉越しの声は強がりを装った弱々しい震えた声だった。
本当にこいつは、とことん馬鹿だ。でも、きっと子供みたいに泣いてる俺はもっと馬鹿だ。


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