いたって健全なお付き合いをしています



「――君、卒業後の進路は真面目に考えているのかね」
いつもの二人きりの茶会の席。紅茶を堪能する沈黙のあと、目の前に座った寮監はそう切り出した。
ああ、と呟いてマグカップをソーサーに戻す。陶器の触れ合う、かちゃ、という音。

「可能であれば、マグル界に戻って仕事を見つけるつもりです。両親もその方が安心でしょうし」
そう答えながら、そういえば卒業までもう数ヶ月しかないのだなあ、とふと気づかされる。これまでのホグワーツでの七年間の寮生活を考えると、感慨深さがこみあげてくる。

そうか、と呟いた教授は何か言いたげに視線を動かしたあとまた少し沈黙し、そして再び口を開いた。

「マグルの御両親を思いやる気持ちはもっともだが、魔法学校で教育を受けた以上、マグルの世界で就職するのはそう簡単ではないだろう?」
至極もっともな教授の指摘に、もちろんそれはわかっています、と頷いてみせる。

「就職口が見つからなければ、こっちで就職するしかありませんね」
最悪、両親を『こっち側』に連れてくればいいので、と付け加えると、それがよかろう、と教授の同意。

「こちらで就職するなら、いくつか働き口を紹介できる伝手はある」
「――なんなら、吾輩の助手にでもなるか?」
そう続けた教授は微かに唇を歪ませる。ちらりと視線を上げると、かちあった漆黒の瞳の奥に一瞬暗い輝きが見えた、ような気がした。
あはは…、と、暗に冗談ですよね、と確認するように愛想笑いを引っ張り出し、ティーカップに手を伸ばす。

「悪くない話だと思うが。授業期間中は吾輩の家を御両親にお貸ししよう。それに、君も吾輩の傍にいた方が寂しくなかろう」
淀みなくそう言い切るスネイプに、思わず動きが止まる。

「えーっと…」
――この人は一体何を言っているんだ…?

「夫婦生活がすぐに破綻するのは嫌だろう?――そうでなくともここまで我慢しているのだからな」
『夫婦生活』というスネイプ自身に全く馴染まない四字熟語に頭を殴られ白熱する思考回路。その中に、一つの『ありえない』解が突如立ちあらわれる。

「つまり、もしかしてわたしたち…、いま『結婚を前提にお付き合い』してるんですか…?」
動揺でカラカラに乾いた口からなんとか言葉を絞り出すと、教授は少し驚いたように目を見開く。
よかった、やっぱり違うんだ――

「――なにを今更」
すこし首をかしげて放たれた言葉に、一瞬の安堵は風前の灯のようにかき消される。

「でも、告白も何もされてませんし…」
「吾輩が好意も何も抱いていない女をわざわざ自室に呼び出して茶を振る舞うと思うかね?」
こんな夜更けに、と付け足された言葉が艶を帯びたように感じられて、ぞわりと背筋が粟立つと同時に体温が高まる。

「最初にこの部屋を訪れた時点で君も好意を持っているものと解釈していたが」
最初の茶会。質の悪い冗談かと疑いながらこの部屋の扉をノックした、あの時の記憶がよみがえる。
出迎えたスネイプがこちらに向けた、あの感情の読み取れない暗い瞳の記憶。それが、今目の前にある同じ瞳に重なって――。
――あのときから、女として見られていたのだ。
急に居心地が悪くなって、カップに伸ばそうとして静止したままの腕を思い出したように膝の上に戻し、視線を逸らす。頬が熱い。

「――随分と動揺しているようだな」
今日はもう帰るかね、と存外思いやりに満ちた言葉。そうします、と精いっぱいの愛想を添えて答え、笑いそうになる膝を無理に立たせて逃げるように出口へ向かう。
いつもならスネイプが扉を開けて送り出してくれるところだが、後ろから迫るスネイプに、待ちきれずドアノブに手をかける。

「待ちたまえ」
有無を言わせぬ口調に振り向くと、眼前に広がる黒のローブと、鼻をくすぐる薬品の香り。
おそるおそる見上げれば、扉を押さえるように手をつくスネイプの瞳と交差する。

「――どうやら君を大切にしすぎたようだ。今日はいつも通り帰してやろう、だが――」

――次回も此処を変わらず訪れるなら、今度は『恋人然とした行動』をさせてもらおうか。
そう囁いてふ、と笑った口元に、今度こそ返す言葉は絞っても出ては来ず。


「はあ…」
こちらを見送るスネイプから逃げるように小走りで廊下を抜け、角を曲がったところで思わずしゃがみこんで大きく息を吐く。
なんだか、大変なことになってしまった。
未だ混乱する頭の中でそう思いながらも、消灯時間前に寮に戻るため、立ち上がって再び歩み出す。
その内に宿った、ほんの少しの怖いもの見たさと期待に、気づかない振りをしながら。





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