-告白大作戦・3-
シルビアと二人、
デルカダールに戻った頃には
すっかり陽は傾いて
空はオレンジ色に染まっていた
シルビアは道具屋で買い物していた二人
――セーニャさんと、ベロニカさんに
勇者様とカミュの行方を聞いてくれた
話によればカミュは今、
勇者様と別れて
ひとりデクの店にいるようで――
「あら、カミュちゃんひとりなの?
絶好のチャンスじゃない!
…とまぁ、そんなワケだから
ホタルちゃん、いってらっしゃい!」
振り返り、シルビアは
目を背けたくなるほど眩しい笑顔で手を振ってくる
彼の横で二人も
なにかを悟ったように笑顔で手を振ってくる
私はひきつった笑みを浮かべながら
ひらひらと手を振り返して
デクの店へと向かった
一歩、また一歩と
デクの店に、…彼に近付くほどに
心臓の音がどくん、どくんと
少しずつ、大きくなっていく気さえする
…彼は、今の私を見たら…どう、思うかな
驚くかな
…引かれてしまうかもしれない
らしくないって、からかわれるかも
…その可能性が一番高い気がしてきた
そうこうしているうちに、
気が付けばデクの店の前にいた
…この扉の先に、彼がいる
どういう表情で、彼に会えば良いのだろう
…いや、深く考えるのはよくない!
いつも通り。いつも通りで――
…いつも通りって、どんなだったっけ
ドアノブに手を掛けたまま固まっていると
突如、扉が引っ張られて――
「!?うわっ…!」
「…っと!悪ぃ、アンタ大丈夫か?」
前のめりに倒れそうになった私を
支えてくれたのは、…案の定、カミュだった
「…あー、ごめん、カミュ」
「…!誰かと思えば、ホタルじゃねーか!
…お、お前。どうしたんだよ、その格好」
彼の腕から離れて
私は目を反らし、頬を掻いた
「あ、え〜と…これは、さ
…そう!キミを、驚かせたかったんだよ
どう?驚いた?」
精一杯おどけて見せると
彼は――ほんの少し、頬を赤くして
困ったように頭を掻いた
…ねぇ、どうしたの?その表情
そんなの
――もしかしてって、思っちゃうじゃないか
「どう、って…そりゃ、驚きもするさ
お前、そんな女らしい格好も出来たんだな
…よく、似合ってるよ」
そう言って彼は小さく笑うと
私の頭をぽん、と撫でた
――ドクン、と跳ね上がる心臓
「…ねぇ、カミュ。その…」
――続けようとした言葉が、見付からない。
ぱくぱくと口を動かすけれど
言葉が、出てこない。
私は気まずくなって、彼から目を逸らした
『私のこと、どう思ってる?』
『私は、キミのことが――』
…聞けないよ。言えないよ。
私はただの幼なじみ
彼とはただの腐れ縁
…それで、良いんじゃないか?
納得してしまえば良い
今の関係が壊れてしまったら?…それは嫌だ
怖い。それなら
いっそ、諦めてしまえば――
悶々と考えを巡らす私
不思議そうに続く言葉を待つカミュ
…気まずい沈黙。
それを破ったのは、気の抜けた店主の声だった
「…あれっ?兄貴、まだ居たんすか?
…って、ホタルの姉御じゃないですか!
お久しぶりで…って、随分雰囲気変わりましたね?」
「…え?あ、あぁ…デク。久しぶりだね」
「なんだか見ないうちに、
随分可愛らしくなりましたね!
そのワンピースも似合ってますよ、姉御!」
「えっ…あ、あぁ。あり、がと」
デクの口から流れるように出てきた誉め言葉に
私は調子が狂ってしまって
なんだか…嬉しいような、恥ずかしいような。
…顔が熱くなるのを感じる
そんな私を、カミュは
どこか――不機嫌そうな目で、見つめて
「…あー、デク。オレらはそろそろ行くわ
また来るよ。元気でな
…行くぞ、ホタル」
どこかぶっきらぼうにそう言って
…私の手を引いて、歩き出した
「えっ?…ま、待ってよ、カミュ!」
すたすたと歩き出す彼に
引き摺られるように店を出た
店を出て暫く歩く間
彼は…無言で。
「…ねぇ、カミュ。
なにか…怒ってる?」
おずおずと尋ねると
彼は足を止めて
私の手をぱっと離し、振り返った
彼の表情は――案の定、不機嫌そのもので
「…別に。怒っちゃいねーよ」
「うそだ。見れば分かるよ」
「怒ってねーっつーの」
「…なんでそんな分かりやすい嘘つくかな」
言い返す私をじっと見つめて
それから、ぽつりと一言
「…誰にでも誉められりゃ、
あんな顔、するんだな」
「…え?」
「…いや、なんでもねぇよ」
彼はバツが悪そうに苦笑いすると
今度はどこか、穏やかな瞳を私に向けた
「…オレたち、明日の朝にはここを発つよ」
――あぁ。そっか。
「…もう、行っちゃうんだね」
「あぁ。…また顔を出すよ
…元気でな、ホタル」
そう言って、にかっ、と私に笑いかけて
彼は私に背を向けた
…あぁ。行ってしまう
このままじゃ、また――
勇者様たちのところへ戻ろうとする
彼の服の裾を、強く握った
「…行かないでって言ったら、
キミは…どうする?」
ぽつりと呟く私
彼は振り返って、私の
――すがるような瞳を見ると
目を見開いて驚いた
「どうしたんだよ、急にしおらしくなって
…らしくないじゃないか」
肩をすくめて
困ったように笑う彼に、
私は駄々をこねる子どものように声を上げた
「…違うっ、そうじゃない…!
今までは…強がってた、だけで」
――良いんだよね?
今、私は“女の子”なんだから
強がりを塗り重ねて作った
“男もどき”なんかじゃない
これが、今の私が、“本当の自分”なんだから
“本当の気持ち”を出したって
隠さなくたって、良いんでしょう…?
ね、…シルビア。
「…カミュ。行かないで
置いていかないで。私、
もう、キミの帰りを
待ってるだけなのは、嫌なんだ…」
…視界が、霞む
目尻から溢れて、頬を伝っていく
…情けないな
涙は、弱い人間の流すもの。だから
…もう何年も、泣いたことなんて無かったのに――
「こんなこと言ったって
キミを困らせるだけだって
分かってるんだ、だけど!…だけど」
――震える声を。振り絞る
「好きなんだから、
しょうがないじゃないか…」
…情けないほど、小さな声だった。
周りの喧騒に掻き消されてしまいそうなほど
――けれど、彼には。
ちゃんと、届いていたみたいで――
「…ったく。こっちの気も知らないで…
なんだよその顔。反則だろ、くそっ…」
ぼそ、と呟いて
彼は困ったように頭を掻く
それから顔をあげて
――真剣な眼差しを、私に向けた
「なぁ、それ
からかってるんじゃ、ないよな?」
「〜っ!ほ、本気だよっ!
じゃなきゃこんな、恥ずかしいこと…!」
「…そうか、わかった。
お陰でオレも、吹っ切れたよ」
「え…?」
――彼の手が、私の手を掴んで
彼はそのまま迷いのない足取りで歩きだした
呆気に取られる私なんて、目もくれずに
私は足をもつれさせながら
彼に半ば強引に手を引かれ、歩き出す
「ねぇ、カミュ!どういうつもり…」
「いいから!…ついてこい」
そうして連れていかれた
先に居たのは――勇者様。
「なぁ、勇者様。
頼みがあるんだ、聞いてくれ」
…いつにも増して、真っ直ぐな声だった。
勇者様は真剣な表情で、彼と向き合う
「こいつを――ホタルを、
旅の仲間に入れてくれ…頼む。」
「…っ!」
――驚いて。言葉に、詰まって
呆然とする私のことなんてお構いなしに
彼は言葉を続けた
「ホタルの力は、きっとあんたの役に立つ
こいつ、なかなか腕が立つんだぜ?
…オレが保証する。だから――頼む。」
――『よろしく』と、ただ一言。
柔らかな笑顔で差し伸べられた、勇者様の手。
その手に、私は恐る恐る手を伸ばした
勇者様の手にふわりと包まれて
握手を交わした、それだけで
――私は、仲間として認められた。
そんな私を、彼はどこか
…ほっとしたような表情で、眺めていた
先に仲間の元へ帰っていく
勇者様の背を見送りながら
私はカミュの横に立ち、彼を見上げた
「ねぇ、カミュ
本当に…良かったの?
私なんかが、ついていって」
「なんだよ、不満なのか?
お前が言ったんだろ。
オレの帰りを待ってるだけなのは
もう嫌だ…って」
「そう、だけど」
「オレも、どこか納得してなかったんだ。
納得できてると、思い込もうとしてたけど
…オレたちの旅にはきっと
嫌と言うほど困難や危険がまとわり付いてくる
そんな旅に、
…お前を、巻き込みたくなかったんだよ」
その言葉は。どこまでも、どこまでも真っ直ぐに
私の心に、響いてくる
「けどもう、やめだ!吹っ切れた!
分かったんだよ、
――オレが側にいて、守ったら良いんだって。」
――いたずらっぽく笑う、彼の笑顔が
眩しくて。――かっこよくて
「例えお前が途中で音を上げようが
なんだろうが、最後まで着いてきてもらうぜ?
だって」
彼は、真剣な表情で
私の耳元に顔を寄せ、囁いた
「――好きなんだから、仕方がないだろ?」
――もう、燃えちゃうんじゃってくらい
耳の先まで、一気に熱くなって
私は彼を突き放して
震える手で真っ赤になった頬を隠しながら、
彼に食って掛かった
「〜っ!!…なんだよ、今のっ!
生意気だよ、カミュのクセに!!」
「…ははっ、まさかこんな形で
お前に一泡吹かせられる日が来るなんてな
…今までの分の、仕返しだ」
彼はにかっと笑って
私の頭を、ぽんぽんと撫でる
――あぁ、もう。敵わないなぁ、本当に
これから先、もうずっと
彼に、敵いそうもないや
「さぁて、それじゃあ行こうか
…頼りにしてるぜ?ホタル」
「…まぁ、…背中は任せてよ、カミュ」
「…ふ〜ん、この期に及んで
まだクール気取るのかよ?」
「別に、そんなじゃ…!」
「…好きだぜ?ホタル」
「〜〜っ!!!
かっ、からかわないでよ、バカカミュっ!」
「ははっ、別にからかっちゃいねーよ
本心言っただけだぜ?」
「〜っ…私は、キミのそういうとこが…っ!」
「なんだよ、気に食わねぇってか?」
「っ…気に、食わない、わけじゃ」
「じゃあ、オレが、なんだって?」
「〜っ、バカっ!言ってやんない!」
――そんなやり取りをしながら
小突きあってのろける私たちを
遠巻きに見ていたシルビアに
散々いじり倒されたのは、
――また、別のお話。
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