-告白大作戦・2-

シルビアに手を引かれたまま、
キメラのつばさでひとっとび。

次の瞬間には、
見ず知らずの土地に立っていた

大きな建物に華やかな見た目の人、
サーカス小屋らしき建物まであって
奥に見えるのは…王宮?だろうか
私の育ったところとは大違いのその景色に
私は思わず息を飲んだ

辺りを見回し、
目を白黒とさせる私をちら、と見て
シルビアは小さく笑う

「さて!まずはお洋服ね!
オススメのお店があるの、付いてらっしゃい!」

「…うぅ。あまり気乗りがしないんだけどな」

「ノリの悪いこと言わないの!
さ!張り切って行くわよ〜ん!」

私の手を引き、意気揚々と歩き出す彼に
引き摺られるように着いていく

お店の扉を勢いよく開いて
満面の笑みを浮かべてシルビアが入っていく
…こんなお洒落な服屋、
生まれてこの方入ったことがない
この先は未知の領域だ、と思うと
なんだか足がすくんでしまって
お店の扉の前で、止まってしまう

そんな私を振り返って
シルビアは仕方がなさそうに微笑んで
私の背を押し、店のなかに押し込んだ

「そんなに緊張しなくていいの!
肩の力抜いて!アタシに任せなさ〜い!」

「そんなこと言ったって…!
こんなとこ、来るの初めてだし…!」

「ハイハイ!リラックスよ、リラックス〜!」

肩をぱんぱん、と叩かれて
私は溜め息を吐きながら、
「わかったよ」と苦笑いを返した

シルビアは私の前に回ると
じ〜っと、私の頭の先から爪先までを見た

「アナタ、着痩せしてるけど
なかなか女の子らしい
プロポーションしてるじゃないの!
お肌も真っ白で綺麗だし…隠してちゃ勿体ない!
宝の持ち腐れだわ!」

「あ、あまりじろじろと見ないで欲しいな…」

「あら、女の子同士なんだから
なにも恥ずかしがることないじゃない!」

「い、いや、その」

『そうは言ってもあなたは男じゃないか』
…とは、思ったのだけど
なんだか口には出しづらくて、
私はごにょごにょと言葉を濁した

「いいわね〜、テンション上がってきたわよ!
これはコーディネートのし甲斐があるわね!
ねぇ、店主ちゃ〜ん!
あそこの服、持ってきてくれるかしら?
あとはそうねぇ…そこの靴も取って頂戴!
それから〜」

シルビアが次々と繰り出す指示に
店主は笑顔で完璧に対応していく
あれよあれよと、私の手には
シルビアセレクトの服が積み重ねられて――

「…そういえば、ホタルちゃん。
アナタ、ちゃんとした下着付けてないでしょ?」

「…はぁっ!?な、んのこと…!
下着なんて、見えないし、関係なっ…」

「やっぱり!そんなことだと思ったのよ!
見えないからって手を抜いちゃダメ!
見えないところほど気遣うのが
オシャレのキホンってものなのよ!
店主ちゃん、サイズ測ってあげて〜!」

「ちょっ、シルビア…!
下着とか、そんな女くさいの、要らないってば…!」

「言い訳無用!ささ、店主ちゃん早く〜!」

私の反論はピシャリとはね除けられて
駆け付けた店主に
あっという間にサイズを測られて
ぴったりだというサイズの下着が、
積み重ねられた服の上に乗せられた

「…!?これ、私が着けるの!?
いくらなんでも、派手すぎ…!」

「いいからいいから!
…さ!そこの試着室で着替えてみて!」

「は、はぁ…」

言われるがまま、試着室に入る
シルビアのあの、押しの強さはなんなのだろう
有無を言わせない迫力があるというか…

私は渋々、着ていた服を脱いでいく
シルビアが用意した真っ赤な下着に足を通す
…あ、れ。これ、上のやつ
どうやって、着けるんだろ…?

「ホタルちゃん、着方が分からないのとか
あったら教えるから言ってね〜」

「あ、の。シルビア?
この、下着、どうやって付けるの…?」

「はいは〜い、どれどれ?」

シャッ、と開けられたカーテン
ひゃっ、と短く上げた悲鳴

「ちょっ、ちょっと!
いきなり開けないでよ…!」

「うんうん、そのまま胸に合わせて
押さえててちょうだいね〜!
…はい!これでオーケーよ!」

「む、無視された…」

「…うん。やっぱり!
思った通り、この下着カワイイわ〜!
似合ってるわよ、ホタルちゃん!」

「あ、りがと…って、いつまで居んのさ!
じろじろ見ないで!外で待っててよ!」

ウィンクと共にグッドサインを出すシルビアの
背中を押して、試着室の外に押し出す
カーテンを閉めて、はぁ、と一息


…男の人に、下着姿見られたの、はじめてだ。


かぁっと熱くなる頬を押さえて
慌てて用意された服に袖を通した

しどろもどろになりながら着替えを終えて
ふ、と顔を上げ、鏡を見る

そこには、
――見たこともない私が、映っていた。

「〜っ!シルビアっ!」

胸の高鳴りを感じながら
私は彼の名を呼んで、試着室から飛び出した

待ってました、と言わんばかりに
彼は自信に満ちた笑顔で、堂々とそこに立っていた

「シルビア、あなたはすごいよ…!
まるで、私じゃないみたいだ」

「アタシは何もすごくなんてないわ、
アナタが持っていた、隠れたまんまだった魅力を
ほんの少し、引き出しただけよ」

シルビアは、柔らかく微笑んで
私の向きをくるりと変えて、
再び鏡へと向き合わせた

「さ、自信を持って!
これがアナタの本当の姿なんだから!」

「これが、私の。本当の、姿…」

私は鏡に手を伸ばす
触れた指先はひやりと冷たい

…これが、私?
まるで、女の子のようだ
何年も前に諦めたのに
女の子として生きる日なんて
もうこの先もずっと、来ないと思っていたのに


…この姿なら
キミの視界に、入るかな…?


「さ!最後に仕上げね!着いてきて!」

「今度はどこへ行くの?シルビア」

「アタシの古巣よ!」

振り返り、ウィンクをする
シルビアに手を引かれ、駆け出す

初めは嫌々ながら引き摺られていたけれど
今はもう、自分から
シルビアに着いていこうと脚を動かしていた


彼に着いていけば
きっと私は、今よりもっと。もっと――


「さ!ホタルちゃん、ここに座って!」

一際目立つサーカス小屋の中
きらびやかな衣装の並ぶ部屋
大きな鏡の前に置かれた椅子に腰掛ける

シルビアは慣れた手付きで私にケープを掛けて
流れるような動作で、
私が適当に束ねていた髪をほどくと
優しく、一本一本を労るように櫛を通し始めた

器用に髪を結い上げていくシルビアを
鏡越しに眺めていた

「…ねぇ、シルビア」

「なぁに?ホタルちゃん」

「あなたは、会ったばかりの私に
どうしてこんなに良くしてくれるの?」

ぴた、と手を止めて
彼はう〜ん、と短く唸ると

…まるで、愛しい子どもを見守る母親のような
優しい微笑みを浮かべた

「…特別な理由なんて無いわ
アタシは、みんなを笑顔にするために生きてるの
だから、目の前にいたホタルちゃんのことも
笑顔にしたいって、思っただけよ」

「…はは、なんだか、あなたらしいや」

気の抜けた笑顔を返す私を見て
彼は満足そうに微笑んで
近くのテーブルに置いてあったポーチを手に取った

「…あとは、お化粧を軽くして、っと…
ホタルちゃんはお肌も整ってて綺麗だし
目も大きいから、殆どやることないわね」

「…化粧なんて、生まれて初めて」

「ふふっ、このシルビアに任せなさい!
とびっきり可愛くしてあげるんだから!」

「…うん。シルビア、あなたに任せるよ」

「期待は裏切らないわよ〜!」

シルビアに身を任せて、
私は暫し瞳を閉じた

…キミに、伝えられるかな
ずっと隠していたこの気持ち
伝える日なんて来ないと思ってたのに――

…伝えなきゃ
今日伝えられなかったら、
きっと一生、後悔する

…大丈夫。今日の私は、特別なんだから

高鳴る胸を落ち着かせるように
心の中で大丈夫、大丈夫と繰り返していた

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