-貴方の刃に・1-

――“お得意様”から、依頼を受けた。


だから、殺した。


その人がどんな立場の人だったのか
その人が死ぬことで何が変わるのか
…私には、知ったことではない

その人にも大切な人が居た筈だ、とか
そんな至極真っ当な台詞はもう聞き飽きた
分かっててやってるんだ、私は
――私が、生きていくために。

だから、恨んでくれて構わない
私を殺しに来てくれて構わない
それで死ぬなら、それまでだ――

そんなことを考えながら、
依頼主から手渡された札束を指先で弾き数えて
報酬額ぴったりであることを確認してから懐にしまった

「…はい。丁度頂きますね」

「…フン。相変わらず可愛いげの無い小娘だな
その歳で手にする額ではないぞ。それは」

「それは、まぁ…
そもそも人を殺してお金をもらうなんて
この歳でやることじゃ無いですしね。
慣れました」

飄々と返す私に、彼は呆れたように一息吐いた
そんな彼の目の下には、深く黒い疲労の跡。

「…昨晩も遅くまでお勉強、ですか
それとも剣技の特訓ですか?」

「…貴様には関係がないだろう」

「関係はないですけど。興味はあります
…ホメロス将軍。貴方の武勇は知ってます
勉学もまともにしてこなかった
下層育ちの私の耳にまで届いてる。
…そこまでの地位に登り詰めてどうして
それほどまでに努力しなければならないんですか?」

ずけずけと問いを投げる私に
彼は不機嫌そうに目を細めた
…私には、心当たりのある答えがひとつ。


「――グレイグ将軍、ですか?」


――その名を耳にした途端。
彼が纏う空気が、あからさまに冷え込んだ
ひどく冷たい氷に素足を付けているような
…“背筋も凍る”というのは、まさにこのこと

「…言った筈だ。貴様には関係がない、と
それとも、その言葉すら理解できないほど
下層暮らしの貴様は学が無いのか?」

…言葉のひとつひとつが、
鋭く重い氷のやいばのよう。

グレイグ将軍とホメロス将軍
デルカダールで名を馳せる偉大なる騎士
けれど、いつも
いつも表で目映いほどの称賛を浴びて
光に照らされ祝福を受けるのは
…グレイグ将軍ばかり。

この人の豹変ぶりを見れば解る
この人は、苦しんでいる
その強すぎる光のせいで


…私も、近い感情は持っているから


「そんなにお辛いなら
私が――殺してきましょうか」


ぽつり、と返した言葉は
冗談半分、本気半分。

…いや、
内心もう心に決めていたのかもしれない。

彼は一瞬目を見開いたが
すぐにひどく歪んだ笑みを浮かべ、
嘲るように返す

「貴様などに出来るとは思えんがな」

「もし出来たら
お金、弾んでくれます?」

茶化すように。図々しく笑う私に
彼はほんの少しだけ、表情を和らげて

「…フン、良いだろう。勝手にしろ」

そう言い残して
私に背を向け、彼の居場所へと帰っていった

…同情なんかじゃない。
私には、お金が必要だから
お得意様のホメロス将軍には
恩を売っておいて、損はないから

力の無い小娘が生きていくために
必要なことだから――

「…うーん。それにしたって
私も大きく出たものだな。
グレイグ将軍を相手にしようなんて
…いよいよ頭でもおかしくなったかな」

私は乾いた笑いを溢し、独り言ちて
…街角の闇へと、帰る。



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――夜も深くなった頃
弱々しい月の光だけが足下を照らしている

昼間の喧騒はいずこやら
人々は寝静まり、物音ひとつしない

私は家の屋根の上から
息を潜め、路地を伺う

…遠くから近付く靴音。
がしゃり、がしゃりと重く響く武具の音

事前の調べ通り。
彼はひとりで、夜の町を見回っていた
…話に聞く通り、どこまでも律儀で真面目な人だ
決まった時間に必ず決まった場所に現れる

その律儀さが
…融通の効かなさが
私のような人間からしてみたら
この上なく好都合なのだけど。

屋根の上から、地面へ飛び降りる
音を最小限に殺して
ふわ、と着地する

家の影に身を潜めて
私は静かに袖に隠していた短剣を構えた

――狙いは、首。
背後からなら――勝機は、ある。

――近付く靴音に耳を澄ませる


――今だ。


私は素早く影から飛び出し
彼の背後から飛び掛かる

首筋に刃が届く――その瞬間。

彼は素早く身を翻して
私を鋭く睨み、大剣の切っ先を向けた

「――貴様、何者だ!!」

――びり、と頬がちりつく
彼が放つ凄まじい剣幕に気圧されて
私は思わず身震いした

…これが、グレイグ将軍。
殺気を向けられて実感する。


――私なんかが、敵う相手じゃない。


それでも、一度吹っ掛けた喧嘩だ
このまま逃げ帰る訳にはいかなかった

私はフードを深く被り直して
静かに口を開いた

「…貴方が輝くほどに
あのひとを蝕む影は
より深く、濃くなっていく」

「貴様――なにを言っている」

彼は訝しげに眉を潜めて
私をきつく睨み付けた

…なんて鋭い眼で私を見るんだろう
心臓を突き刺されているようだ

恐い。…だからなのだろう
口の端からはぽろぽろと言葉がこぼれていく

「…貴方は、聡明なのに
なぜそのことに気付けないの?
貴方がこれ以上気付かないフリ
見てみぬフリを続けたら
きっと――取り返しの付かないことになる」

「…先程から、なにを言っている!!
答えろ、貴様を差し向けたのは何処の誰だ!
なぜおれを狙う!!」

――黙ってしまったら、きっと
その圧に、押し潰されて、しまうから

「…本当に気づけないというのなら
貴方は――あまりに、愚鈍だ。」

…さぁ、勝負を仕掛けてみよう
これから吐く安い挑発に
聡明な貴方は、乗るだろうか?

…こんな姑息な手段を用いでもしない限り
万が一にも、私に勝ち目なんて無いんだ。

「貴方のような愚か者を
腹心に選んだのだから
この国の王も――たかが知れる」


――案の定。

私が放った言葉は
彼の逆鱗に見事、触れたらしい。

「俺のことはまだいい
だが、貴様…我が王までをも愚弄するか――!!」

――放たれる、殺気。

彼は大剣を振りかざし
勢いよく私に斬りかかってきた


――作戦通り、だ


踏み出した彼の足の先が
細く透明なワイヤーに触れた

瞬間。

仕掛けていた爆薬が、爆ぜる。
バンッ!という音と共に
爆炎が彼を包む

…かなりの量の爆薬を仕掛けていた
普通の人間なら致命傷に――


――そう。“普通の”人間、だったなら。


――爆炎から飛び出した、刃は
真っ直ぐに、迷い無く
私へと、斬りかかる――

――咄嗟に、後方へ飛んで
避けた――はず、だったのに。


「…ッ、あっ…!」

口の端から
呻き声が、漏れる

痛い。…痛い、痛い痛い痛い
押さえた手を見ると
真っ赤な血が、べったりとついていて
裂かれた腹部からは
どくどくと、どくどくと
――血が、溢れて、止まらない。

近付いてくる、音がする
剣の切っ先が、私の被ったフードを払った

さらけ出された私の顔を一瞥すると
彼は驚きに、目を見開いた

「…こんな少女が暗殺、か。」
…心が痛まない訳ではない。だが
――我が王の驚異になりうるのなら
女子どもとて、…生かしてはおけぬ…!

どこか、苦々しい表情で
それでも、彼は
その正義の剣を、振り上げる。

「…はっ。
誰が、あんた、なんかに
…殺されて、たまるか…!」

左手に忍ばせていた、
カプセルを指先ですりつぶす。

――瞬間。閃光

「ぐっ、貴様…!!今度は閃光弾か!
どこまでも卑怯な…っ!」


「グレイグ将軍。
…また、いつか、どこかで」

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