小説 | ナノ

1-4 意識すると見えてくるもの




 懐かしい話を交わしながら、目的の場所へ歩いて行くと食欲をさらにそそられる香ばしい匂いがしてきた。ここの食堂には、日本食をはじめとする各国の料理が楽しめるようにと、ツナが世界を回り声をかけた腕のいいシェフたちが集まっている。さらに個々の食事の栄養バランスを管理してくれている栄養士も多数いる。

 初めは、自分たちで全てをやっていたのだが、組織が拡大していくと手に負えなくなっていきツナが提案したのだ。こんなにも大きなアジトができ、様々な施設が隣接され、一体何の建物かわからなくなるくらいである。そのおかげで不便なく、過ごすことができている。

 美味しそうな香りに誘われながら食堂に辿り着いた。昼休憩のピークを過ぎ少しだけ落ち着いた雰囲気の中、何を食べようか辺りをぐるぐると見渡す。各国の料理が並ぶ中、一つだけ料理の並んでいないところがある。その方向を見て、最近食べたものや今日のスケジュールを思い出す。


「今日は、トレーニングが入ってるから極限スペシャルセットにしようかな!」


 私が向いている方向にあるカウンターには、たくさんのメニューだけが置かれていて、個々の状態に合わせたセットメニューが書かれている。それぞれ専用のメニュー表が置いてあるというわけだ。さらに、組み込まれたメニューに加えて、自分で考えたものや人の作った献立を組み込めるシステムとなっている。

 さっきの極限スペシャルセットは、名前からわかるように了平さんが考案した献立となっている。筋肉をつけるためのたんぱく質多め、鉄分豊富のアスリートメニューだ。


「また、笹川先輩のメニュー頼むのか?」


「うん! 了平さんの部下として、しっかり筋肉つけてトレーニングに励み、強くならなきゃね!」


 少し声を張りながら一人小さく熱くなっていると、隣で武は不機嫌そうな顔をする。


「なに、その顔。」


「なんでもねぇよ………………。」


 そう言いながらも何かを言いたそうにこちらを見ている。


「何かあるなら言ってよ、ずっとそんなに不機嫌そうな顔されるのも困るんだけど?」


「………………。」


 思っていることを口にしようか否か迷っている表情が読み取れる。


「昔っから、雫は、笹川先輩のことばっかりだなーと思ってさ。」


 渋っていたわりに、大した内容じゃないことに安堵した。


「憧れの先輩で尊敬してるからね! リスペクト? みたいな感じ!」


 了平さんに対して思っていることを素直に答えた。しかし、武は疑いの目で見つめる。


「なによ、その目! 了平さんのことばっかり話して妬いてるの?」


 冗談混じりで笑いながら武の胸を人差し指でつつく。すると、さっきまでの不機嫌そうな顔や疑った目をしていた彼が私のつついていた腕を掴み、ニッコリと笑う。


「妬いてる……って言ったら俺のこと男として意識してくれんのか?」


「へ??」


 思ってた返しと違いすぎて、気の抜けたアホっぽい声が出てしまった。

 武が男として意識してくれるのかなんて聞くものだから、急に色んなことが気になり始めた。掴まれてる腕を簡単に覆う大きいごつごつした手、熱い胸板、優しく香る石鹸の匂い、上から落とされる真っすぐな視線。みるみるうちに体が熱くなってきて、自分の熱が彼に伝わってしまいそうだった。


「…………冗談だって! 真に受けんなよなー!」


「冗談!!??」


 その言葉を聞いて、もっと体が熱くなったのがわかった。一人で意識して焦って熱くなって恥ずかしい。


「今は、その反応が見れただけで充分だ。」


「なに?」


「なんでもねぇよ! 早く飯食おうぜ!!」


 彼が言った言葉が聞き取れなかったが、手で熱くなった首元を仰ぎながら頷き食堂の奥へと進んでいった。


 このあとは、予定通り極限スペシャルセットを食べて、お茶を飲み休みながら武と最近のできごとを聞き合った。さっきの今までに味わったことのない空気の名残りを少し感じながら、何もなかったようにいつもと変わらない表情をする武をじっと見つめている私がいた。
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