小説 | ナノ

1-3 懐かしい香りと少しの変化




 腕いっぱいに抱えた書類を落とさないように慎重に廊下を歩いていた。向かっている場所は、長い廊下の突き当りにある他の部屋とは明らかに違う扉の部屋だ。そこには、ボンゴレファミリーのボス沢田綱吉がいる。彼は、中学校の同級生でダメツナと呼ばれるほどのダメっぷりが特徴の男の子だった。あの頃は、10代目になることを拒否し続けていたらしいけど、今では立派なファミリー思いの優しいボスである。

 ボンゴレファミリーの紋章が全体に彫られている扉の前についた。呼び鈴を鳴らし、応答を待つ。

 しかし、中から人の気配はなく応答もない。

 せっかく大量の書類を持ってきたがいないなら仕方ない、引き返そうと勢いよく振り返るとボフッという鈍い音と同時に懐かしい香りが鼻を刺激した。


「わりぃな、声かけようと思って近づいたら、急に振り返るもんだからぶつかっちまった!」


 倒れないように片腕で支えてくれている懐かしい香りのする彼は、雨の守護者の山本武だった。


「武!! ちゃんと見てなくてごめんね。」


「いいって、俺に気つかうなよ。」


 彼とは、実家が近く幼い頃からよく遊んでいた。幼い頃から小中高と学校まで一緒で今や仕事も同じ、世間でいう幼なじみというやつだ。野球一筋の彼がマフィアになるなんて思ってなかったけど、大切な友達のためだと真剣に私に話してくれたことがとても懐かしい。


「ツナなら今、獄寺と出かけてるぜ。帰りは、15時……だったっけな。」


「そうなんだ! 知らなかったよ、ありがとう!」


「部屋、戻るんだろ?」


「うん、いないならまたあとで来るよ。」


 私がそう言うと、無言で私が抱えた書類の半分以上を取り上げて片腕でそれを簡単に自分の胸に抱えた。


「一人で持って戻れるよ!」


 申し訳なくて、取り返そうと近づくとひょいっと避けられて先に歩き始めた。


「早く戻るぜー。」


 機嫌がいいのか、鼻歌を歌いながら長い廊下をスタスタと歩いていく。その大きな歩幅に合わせるように私も小走りであとを追いかけ隣を歩いた。

 私と彼は、炎の属性が違うため、ファミリーに加入してからは、昔のように並んで歩くことがほとんどなくなっていたが、こうして横並びに歩いていると懐かしさを感じながら昔を思い出して嬉しくなった。少し違うのは、昔よりもさらに大きくなった体と低くなり落ち着いたトーンになった声。この変化がたまにくすぐったい。


「何をそんな嬉しそうに笑ってるんだ?」


 私の表情を見てすぐに心を見透かすところも変わらないな。だから、昔から私の一番の理解者が武なのである。そして、彼にとっても私がそうである。


「この歩く感じ懐かしいなー! って思ったら嬉しくて。」


「確かになー!」


 二人のいる空間だけ少し昔に戻ったかのように、温かさを感じた。

 いつまでも変わらない関係があるっていうのは、安心できるし癒される。絶対に壊れることのない関係だなと思いながら笑顔を浮かべて足取り軽く歩いた。


「もう昼は過ぎてるけど、雫まだ昼飯食ってないだろ?」


「そうなの! お腹ぺこぺこなんだよねー。」


「じゃあ、一緒に食堂に行って飯食おうぜ!」


「うん! 行く!」


 私は、目を輝かせてスキップをしながら廊下を進み、その後を追うように武も早足でついてきた。あっという間に晴の守護者の仕事部屋まで辿り着き、持っていた書類を机に戻した。まだ戻ってきていない了平さんにお昼休憩に行くという置き手紙を残し、武と一緒にボンゴレ基地内にある食堂へと向かった。
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