小説 | ナノ

1-1 先輩の優しさ




 目の前には、機密情報や契約書などの書類が山積みになっている。一体どうやったらこんなに仕事をためることができるのだろうか。それも、今に始まったことではなく、毎日この様だ。上司にまわってくる書類を分けるのが今の私の仕事なのだが、気づけば仕分けした後の確認や処理までも私がやることになっていた。

 あまりの量の多さに頭を抱える程である。そのまま紙の山と山の間に伏せるようにして項垂れた。


「はああああああああ」


 部屋中に響き渡るくらいの大きなため息をつく。あまりに物がない部屋なため声がものすごく反響した。


「おいっ、そんな大きなため息をついたら幸せが極限に逃げるぞ。」


 さっきまで誰もいなかったはずの部屋から聞きなれた声が聞こえる。伏せていた上半身をのっそりと起こして顔をあげるとそこには、ため息の原因を作った張本人が立っていた。


「誰のせいでこうなってると思ってるんですか。」


「知らんなぁ?」


 答えがわかっているのに、目を逸らしながらそう答える彼は、私の上司の笹川了平だ。私は、身体に晴の炎が流れているため、ボンゴレファミリー晴の守護者の下に就いているわけだ。それぞれの守護者には、数百人ずつ部下がいてその中から守護者が信頼を置く人物が一人だけ選ばれ側近となる。その側近が私、藤本雫なのだ。


「了平さんは、外回りばっかりして資料の確認を全くしてくれないですよね!」


 まったくの部分に力を入れて言うと申し訳なさそうにこっちを見てしゅんっとなっている。


「お……俺は、極限にまどろっこしいことは苦手でな!! 雫も知ってるだろう!」


「そりゃあ、昔からそうでしたけど……っ!」


 昔からというのは、中学生の頃だ。了平さんとは、中学校からの先輩と後輩の関係なのである。同じボクシング部で了平さんが主将を務める中、私はマネージャーをしていた。その時から、10年間ずっと見てきたのでもちろん彼の性格をわかっているのだが、この山積みの資料はさすがにやりすぎな気がする。


「うーーん……今日だけ一緒にこれやりませんか?」


 白い山を指しながら言うも、答えはノーだとわかっている。だって、熱血体育会系の了平さんが大人しく座ってられるはずないんだもの。


「すまない……そんな顔をするな。俺が招いた結果だ、一緒にやろうではないか。」


 一瞬断られたかと思うと、頭をポンポンと優しく撫でながら受け入れてくれた。


「本当ですか!! ありがとうございます!!」


 珍しい返答に嬉しくなり、椅子から立ち上がって彼のもとに走って抱き着いた。


「おい!! 離れんか!!!」


 少し裏返った声で引き離そうとしているが、発した言葉とは裏腹にまた頭を優しくなでてくれている。その手は大きくて暖かく、さっきまでの疲れが吹っ飛ぶようだった。

 アホらしい理由で部下に仕事を放り投げ、極限に自分のやりたいことを熱く貫き通す男だが、いつも優しく私を気にかけてくれて、この暖かい手で癒してくれる。その度に私は、この人の側近でよかったなと心から思うのだ。


「さっ! さっさとこの山片付けちゃいましょう!」


「うむ、そうだな!」


 目を合わせ笑いながら、二つの白い山がある机へと向かい大急ぎで仕事を進めていった。
×