小説 | ナノ

1-15 食事を共にすればいつもの二人に




 走って食堂まで来た私は、入り口で大きく息を吸って呼吸を整えた。すると、食堂からのいい匂いが私のモヤモヤした気持ちを少し宥めてくれた。

 夕食時を過ぎた食堂は、今任務から帰ってきた人や上の役職に就いている人たちがちらほらといる程度だった。

 私は、数あるメニューの中から定番のしょうが焼き定食を選び、カウンターで出来上がるのを待っていた。


「武……なんか変だったな……私もだけど。」


 はぁっと小さくため息を吐きながら今朝のことを思い出した。彼が怒っていた理由は一体なんだったんだろう。


「はい、しょうが焼き定食お待たせしました!」


「ありがとうございます!」


 目の前からお盆に並べられたできたてのしょうが焼き定食を渡され、横にあった水をコップに注いで一緒にのせた。

 両手でお盆を持ち、人の全くいない一番奥の席へと移動した。


「いただきます。」


 席についた私は、すぐに手を合わせ定食を食べ始めた。

 このあと、武がここにくる。話がしたいと言っていたけど、何を話すのだろうか。そのことを考えるだけで頭がパンクしそうになる。

 黙々と一人で食べ進めながら、気を紛らわすようにツナと作成した書類を眺めた。


「待たせたな。」


「ッ!!!」


 あまりにも早い彼の登場に私は、喉をつまらせそうになった。急いで、水を飲み食べ物を流し込んだ。


「驚かせて悪い、ここ座るぜ。」


 向かいの席に座るかと思えば、武は隣に腰かけた。


「とりあえず、俺も食べていいか?」


 いただきます、と手を合わせ目の前にあるカレーをガツガツと食べ始めた。

 美味しいと笑顔で食べ進める彼の横顔は、なんだかとても懐かしかった。学生の頃によく食事を共にしていた風景を思い出す。


「そういう無邪気な少年みたいなところ昔と変わらないね。なんだか安心した。」


「なんだ?俺がガキの頃から成長してないってことか?」


「違うよ!武らしさが残ってて安心したってこと!」


「ほんとか?」


「本当だよ。でも、もう昔と違って変わったところもあったかな……。」


 いつもの二人の雰囲気で会話をしていたら、自然と自分の中のモヤついた気持ちを打ち明けることができた。


「今朝……怒ってる武を初めて見た……。なんだか、余裕がなさそうで焦ってるような?」


「え……。」


「そして、初めて武の感情が読めなかったの。」 


「……。」


「ああ、もうあの時の幼なじみの男の子とは違うんだな、武も大人の男の人になったんだなってさ。」


 次々と内に秘めていた想いが溢れ出す。


「それに私が追い付けなくて、少し気まずくさせちゃった……ごめんね。」


「……ハハッ。」


 武は、持っていたカレースプーンを置いて小さく笑った。


「え、今笑うと頃じゃっ……。」


 ずっとカレーと向き合っていた武が急にこっちを向き、私の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「ほんっと、雫には敵わねーよ。俺が話あるって呼んだのにさっ。」


 少し緊張しているような表情だった武は、私を見てやんわりと笑っていた。


「俺、自分の感情のままに動いて雫を困らせた挙げ句、理由も言わなかったのに……なんでそこまで俺のことわかってんだよ。」


 くしゃくしゃになった髪を直すように優しく撫ではじめた。


「俺の感情が読めなかったって言ったけど、余裕がなくて焦ってたし、怒ってたのも正解……。だけど、怒ってたのは自分に対してでさ。」


「う、ん。」


「だから、今朝は本当に悪かった……ごめんな。」


「大丈夫!私がちゃんと説明できてなかったからいけないんだと思う。」


「最近、やっと一緒に仕事できるようになって、雫がなんだか大人びて見えてさ……遠くに感じちゃったんだよな、それで焦ってた。」


「なにそれ、おかしいっ。何も焦る必要ないのに。」


「いや、焦るぜ?雫の隣は、ずっと俺がいいって思ってんだからさ。」


「焦らなくても、私の隣はずっと武でしょ、今までもこれからも。」


「っ……!!」


 少し頬を赤らめながら嬉しそうにしている武を見てなんだか昔に戻ったようで安心した。


「私も武も久しぶりの再会で互いの成長に驚いたわけだ。これからは、一緒に仕事ができるからまた昔みたいに一緒に成長していこうよ。」


「なんだよ、そのまとめ方。でも、焦る必要なんてなかったな。」


 少しすれ違っていた時間を埋めるように、互いに言葉と笑顔でを交わした。


「なあ、一つだけいいか?」


「なに?」


「俺、本当に雫の隣、誰にも譲る気ないから。」


「うん。」


「笹川先輩にもだからな。」


「わかったってば。」


 笑いながら武の左肩をポンポンと叩いた。


「好きだぜ。」


「ありがとう、私も武のこと好きだよ。」


「知ってる……いつかその意味が同じになるようにがんばるよ。焦らずにな。」


「ん?なに??」


 武が最後に小さく発した言葉が聞こえなかった。けど、微笑みながらカレーを頬張り始める武を見て安堵した私は、もう一度聞き返すことなく一緒にしょうが焼きを頬張った。
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