小説 | ナノ

雨の中、浮かぶ笑顔




 冷たい雨が降り始めてどれくらいの時間が経っただろうか。傘も持たずに私は、幼なじみとよく来た公園で全身がびしょ濡れになりながら雨空を見上げていた。

 彼は今どこで何をしているのだろう。

 一人の男の姿を思い浮かべながら、空に手を突き上げ降りやまない雨を掴むようにぎゅっと握りしめた。


「雨……全然掴めないじゃない……。」


 次々に落ちてくる雨を掴んでは、手の中に閉じ込めようとするが隙間から零れてしまう。


「いつになったら戻ってくるのよ……。」


 そして、思わず声になって出てきた感情さえもザーッと降りしきる雨音に掻き消されていく。


「必ず戻るから……少し待っててくれ…………って、言ったじゃない……少しってどれくらい?」


 握りしめた手を下ろしながら顔も俯かせ、目から落ちそうになる熱いものを流さないようにぎゅっと目を瞑った。


 ちょうど一年前の今日、降りしきる雨の中「やらなきゃいけないことがある、必ず戻るから待っててくれ」と笑顔で言って走り去った彼。

 幼い頃からずっと隣にいた彼は、突然消えた。


 幼なじみである彼、山本武は、中学生の時からボンゴレファミリーというマフィアに入り常に危険と隣り合わせのような生活を送っている。

 今回消えたのもマフィアが関係しているのはわかりきっている。

 数日姿を見せないことなんていつものことで今回も私は、直ぐに帰ってくると思っていた。

 しかし、一年……姿を見せず連絡も取れなくなってしまった。

 友達であり、ボンゴレの仲間である沢田や獄寺が捜索してくれているが未だ見つからない。


「もう……今日で一年だって、武。今どこで何しているの……っ。」


 立ち尽くしていた私は、ゆっくりと歩き出し公園の端にあるベンチに腰を下ろした。

 長く雨に打たれた私の体は、冷たくなってきていた。

 冷える肩を摩りながらも私は、帰ろうとはしない。

 今日は、ここにいなくてはいけない気がする。


―ピロッピロッピロッピロッ……―


 ポッケに入れていたボンゴレ専用の通信機が雨音に混ざりながら音をたてた。中までびっしょりと濡れたポッケから通信機を引っ張り出した。


「これ……防水だったんだ……。」


 そう言いながら、沢田綱吉から着信中とかかれた画面をタッチし通信機を耳にあてた。


「雫……ちゃん…………今……に……の!? すご……雨……の…………音……どっ…………」


 傘をさしていない私は、雨の音で通信先の声がうまく聴き取れない。


「今、外にいてよく聞こえない!! なにっ!!?」


 雨音に負けないように大きな声で応えた。


「い……すぐに…………アジ……に…………戻ってき……やま…………反応が……」


「えっ!! 全然聞こえないよ!!」


「だからっ!!!! 山本の炎の反応が出たんだってば!!!! 早くアジトに戻ってきて!!!」


 沢田の声だけが耳に入ってきたと思ったら私に振り続ける雨が止んだ。そのまま私は、通信機を顔から離しベンチにゆっくりと置いた。

 目の前には、黒いスーツを着た人が立っていた。

 大きくて真っ青な傘をさし、私を雨から解放してくれた。

 傘を持つ手には見覚えのあるリングに青い炎が燈されていた。そして、雨の匂いに紛れながらも感じる懐かしい香り。

 ゆっくりと目の前に立つ人の顔へ視線を動かした。


「っ…………!!!」


 相手の顔を確認した瞬間に私は、全身がぶわっと熱くなり全ての熱が目頭に集まってくるような感覚がした。


「なんだよ……その顔…………ひっでぇな。」


 片眉を下げながらはにかむ彼は、紛れもなく山本武だった。


「……っふ…………んっぐっ……。」


 次々にこみあげてくる感情を抑えきれずに必死に我慢するが零れていく。


「ごめんな、待たせて。」


 武は、びしょ濡れで冷えた私を空いた片手で引きそのまま包み込むように抱きしめた。

 彼の存在を確かめるように私は、力強く抱きしめ熱を感じた。


「…………っおかえりっ。」


 たくさん言いたいことはあったけど、一番にこれを言いたかった。

 すると武は、ゆっくりと私から離れ背中に回していた手を私の頬へと滑らせた。


「ただいま、雫。」


 添えた手の親指で私の頬を撫でながら笑顔でそう言い、また私を強く抱き寄せた。

 互いの存在を確かめながらしばらくその場で抱きしめ合っていた。


 そして、彼が一年間も姿を現さなかった理由について知るのは、もう少し先のことであった。


―END―
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