まだ暖かい陽だまりの香りがする。
私は一体どこにいて何をしているのだろうか。
真っ暗だった世界から少しずつ明かりが射しはじめ、目の前には、見慣れた天井があった。
しかし、ゆっくりと視線を動かせば私の部屋ではない風景。
ぼーっとする頭で少しずつ記憶を探っていった。
天井を見つめながら思い出しているとすぐ隣から微かに呼吸音が聞こえ視線を移した。
「りょー……へいさん……?」
そこには、私が横になっているベッドにもたれかかりながら寝ている了平さんの背中があった。
もう一度部屋を見渡せば、極限の二文字やサンドバッグ、ボクシングに関係のある物ばかりが並んでいた。
初めて入ったが、ここは明らかに了平さんの部屋だった。
それから私がなぜここにいるのかを思い出した。
「じ、時間! 今何時!!!」
腕時計に目をやると朝の7時であった。
「え! やばい!! 了平さん!!!」
自分の重たい体を急いで起こし、了平さんの肩を揺らして声をかけた。
「了平さん!! もう7時です!! 起きてください!!」
「ん……なんだ? 朝から大声で…………雫!!?」
座っていた了平さんがいきなり立ち上がり私の両肩を掴んだ。
「大丈夫か!? 具合の悪いところはないかっ!?」
「だ、大丈夫みたいです! 疲れて寝ちゃっただけみたいで……。」
「うむ、大丈夫ならいいんだが無理はするなよ。心配したぞ。」
私の頭を撫でながら笑顔でそう言った。
「き、気をつけます! 私一旦部屋に戻って準備してきます、今日は了平さんが担当の日でしたよね! またあとで仕事部屋でお会いしましょう!!」
「あ、ああ。あまり急いで無理をするなよ。」
私は、しわになったスーツを伸ばしながら了平さんのプライベートルームを後にした。
固まった体を伸ばしながら自分の部屋に向かって歩いていると雨のマークが書かれたドアが開いた。
「おっ、雫! これから朝食行くの……か?」
「武! おはよう! 部屋に行ってからだからまだ行かないよ。」
武に向かってまたねと手を振りながら私は、彼の目の前を通り過ぎようとした。
すると、肩を掴まれその足取りを止められた。
「おい、そんなに急いで部屋に戻って忘れものか? それに……そのスーツ随分しわしわだな。」
「さっきまで了平さんのところにいてね、これから部屋に戻って支度するんだ。急いでるから行くね!」
「待てよ。」
いつもより少し低い彼の声が聞こえたと同時に腕を引っ張られ、部屋の中へと連れていかれた。
「私、急いでるって言ったよね?」
「…………。」
黙ったままゆっくりと部屋のドアを閉め私をそこへ追いやった。
私の背中にはドアがあり、目の前には私の両肩を掴みながら俯いた武がいる。
「た、けし……聞いてる?」
声をかけると肩を掴む手に少しだけ力が入った。
「しわしわのスーツ着て笹川先輩のところから朝帰ってきたってことは、そういうことなのか?」
武は、更に頭を落とし小さな声でそう言った。
「そういうことって……なによ。私は、ただ昨日の夜に……。」
私が質問に返していると俯いた武の顔がゆっくりと自分の顔に近づいていることに気がついた。
「ち、ちょっと……。」
両肩を掴まれて身動きの取れない私は、近づいてくる彼の顔を見ていることしかできなかった。
互いの距離が10pくらいまで近づいてきた時、武と目が合った。
少しの間目が合った後、その視線は少しずつ目から下へと移動していき顔もまた近づいてきた。
「……っ。」
互いの顔が近すぎて声を出すこともうまくできなくなって私は、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。