小説 | ナノ

誰にも見せたくない




―コミック文庫版3巻発売記念夢小説―


「はーい! 山本君カメラに目線くださーい!」


 フラッシュがたかれるその先には、幼なじみの武がいる。

 武の親友のツナを中心としたボンゴレファミリーの物語が漫画化され、更にコミック文庫版が発売されるということでその表紙を撮っているというわけだ。

 3巻の表紙を担当することになった武の付き添いで私は、とある撮影スタジオに来ているのだ。

 身近な人たちの話が書籍化するなんて夢のような話だが、実際に目の前で行われている撮影を見てしまったら現実であると理解するしかない。


 カメラの前でいつものようにさわやかな笑顔で自然なポーズをとる武は、なんだか楽しそうで微笑ましい。私も楽しくなってきてしまう。

 真っ黒なスーツを身に纏い、いつもより凛とした姿勢の武がかっこよくて自慢の幼なじみだなと思う反面、世の中に彼の存在が知られてしまうのかと思うとなんだか胸が締め付けられる。


「じゃあ、剣を持って真剣な表情もください!」


 カメラマンがそう言うと武は、真っすぐカメラを見つめ笑顔とは全く違う表情を見せた。

 私は、戦っている彼の姿を見たことはないがきっとこんな顔をしているんだろうなと思った。


 私の知らない武の表情は、まだたくさんあるらしい。


「いいね、山本君! 次は、山本君の自由にしていいからね。その前に休憩しよっか!」


「はい!」


 少しネクタイを緩めながら武が私の方へ歩いてくる。


「お疲れ様! かっこよかったよ!」


「さんきゅ。」


 にっこりと笑って私の隣の椅子に腰かけた。


「武のさっきの表情初めて見たよ! あんな顔もするんだね!」


「なんか恥ずかしいな。」


 照れながら笑う彼を見て、世間に見せたくないという欲が押し寄せてきた。


「でも、たくさんの人に武が認知されてしまうの……やだな。」


「!」


 武は、驚いた顔で私を見た。


「ご、ごめんね! こんなこと言うつもりなかったの! 忘れて!!」


 思わず口にしてしまった恥ずかしさから両手で顔を覆った。


「でも、この撮影をやめることはできないんだよな。」


「うん、わかってるよ! 急に変なこと言ってごめんね!」


「じゃあさ、こっちこいよ。」


 武は、私の手を引いてカメラマンのところへ歩いて行った。


「こいつにカメラ任せてもらえないっすか?」


「え!!?」


 私は、いきなりの予想外の発言に声が裏返ってしまった。


「どうしたの、山本君。」


 カメラマンも困惑している様子。


「カメラ初心者ですけど、雫のカメラならもっといいもの見れますよ?」


「急にそんなこと言われても私無理だよ!!」


「次は、俺の自由にしていいんすよね?」


「そ、そうだけど。」


 無理な提案をしながらも真っすぐな目をした武にカメラマンもたじたじだった。


「一枚だけでいいんで! やらせてください!」


「…………そこまで自信あるなら山本君の好きなようにやってみて。」


 カメラマンは、武の熱い想いに負け私をカメラの場所まで案内した。


「俺のことちゃんと見とけよ。」


 武はそう言って私の頭を撫で立ち位置へと移動した。


「そ、それでは、撮影再開します!」


 その声と同時にファインダーを覗き込むとさっきまでと違う武が映って見えた。

 立ち位置を確認して下を向いていた顔が少しずつカメラに向かって上がってくる。それと一緒に視線もカメラの方へと動き武は、剣をかまえポーズをとった。
 
 そして、レンズを見ているはずの彼の視線が私に向けられているような気がして顔が熱くなる。

 ファインダー越しに見ているはずなのに目の前で見つめられているようだった。

 正面ではなく、少し流し目で見る彼の表情につい見とれてしまった。


「早くシャッター切れよ。」


 武の声で我に返り急いでボタンを押した。

 こんなに色気のある表情をした武を初めて見た私は、カメラの前から動けなくなっていた。


「山本君この顔すごくいいよ!! これで決まりにしよう!!」


 カメラマンが言っている言葉もろくに頭に入ってこず、立ち尽くしていた。

 周りがガヤガヤと作業を進める中、武が私の腕を引っ張りスタジオの外に連れ出した。


 さっきの武の顔が頭から離れなくてまだぼーっとしている私の両肩を武は掴んだ。


「俺の表紙は、もう決まったことだから世の中に出ちまうけど、俺はいつもお前しか見てないからな。」


「え?」


「誰が俺のことを見ようとも知ろうとも、俺はずっと雫だけを見てる。好きだ。」


 また予想外の言葉に変な声が出そうになったけど、それを遮るように武は私にキスをした。


「俺だって他の奴にお前を見せたくないんだからな。」

―END―
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