小説 | ナノ

2.復活




 
 私は、生まれてすぐにボンゴレファミリーの屋敷の前に、開かないアタッシュケースと共に捨てられていたらしい。そんな私を9代目が引き取り屋敷の中で育ててくれた。みんな本当の家族のように接してくれて幸せな生活だった。

 そう……ついこの間まで何事もなく、平和な毎日だった。


 私が14歳になった日、部屋の片隅に置いていた開かずのアタッシュケースに目がいった。14年間一度も開けることができなかったケースに突然呼ばれたような気がしたのだ。

 恐る恐るケースに近づき鍵穴に手を伸ばしてみた。


―ボウッ―


「わっ……!!!」


 手が触れた部分から金色の炎が伝っていき、アタッシュケースが一気にその炎に包まれた。


「な、なにこれ!?」


 自分の手から炎が出たのか、ケースから出たのか分からないがそれは、触れていても熱くはなかった。寧ろ、心地が良い。


―カチャッ―


 鍵の開く音と同時に触れていたケースが開きながら倒れ、その中が露わとなった。一つの指輪と一冊のノートが入っていた。

 ゆっくりと手を伸ばし、ノートを手に取り何も書かれていない表紙をめくった。


「治癒の……女神?」


 一ページ目には、その文字とそれについての説明のようなものが手書きで書かれていた。これは、歴史に名を遺した偉人の名言集か何かかなと思いながら、一文一文しっかりと読んでみた。

 次のページを読み進んでいくと急に日記のような内容に変わっていった。

 そこには、治癒の女神と呼ばれる女性の日記が記されていたのだ。

 文章を読んでいくと、その女性の生涯、持っている能力やその力を奪おうとするマフィアの戦争の話など、事細かに書かれていた。

 治癒の女神は、彼女の力を奪おうとするマフィアたちが嫌いだったようだ。

 そんな中、ボンゴレが治癒の女神に手を差し伸べ救おうとした……最初は警戒していた彼女も月日を重ねていくうちにボンゴレを信頼していった。しかし、信頼が厚くなるにつれ自分を守ることで彼らが傷ついていくのを見ていられなかったようだ。

 そして、このページの最後には、自ら姿を消すことを決めたと書かれていた。


「…………。」


 私は、あっけにとられ、次のページを捲ることなくゆっくりとノートを閉じた。

 すると、ノートの裏表紙に何かが書かれていた。


「指輪をはめて、祈るように手を組みなさい……?」


 声に出して読んだ私は、誰かに誘導されるかのように体が動きアタッシュケースの中にある指輪を取り出し指を通した。そのまま、両手の指を絡めながら手を組み、ゆっくりと瞼を閉じた。


―ボウッ―


 音がしたと同時に手に温かさを感じ、暗闇の中に光が見え始めた。


―貴女は、このアタッシュケースを開けることができたのですね…―


 その光の中から女性の声が聞こえた。


―開けることができたのは、貴女が初めてです。時が来たようです。―


「時が来た……?」


―私は、自分の存在があることで人が傷つくのを拒みました。だから、姿を消したのです。―


「……治癒の……女神なの?」


―私は、この力に相応しい器ではなかった。この力の重圧に耐えられなかったのです。だから、この力を封印し後世に残して、もっとこの力にふさわしい人物が現れたら解放させることに決めました。ー


「……では、今が解放させる時だと?」


―ええ、マフィア界が大きく変わろうとしている今、この力が必要なのです。そして、力を受け継ぐに相応しい器に貴女が選ばれたのです。―


「私が治癒の女神に?!」


―突然のことで驚かれていると思いますが、貴女は選ばれる運命だったのです。―


「ま、待ってください!! この力を私が手に入れることでまた争いが起きてしまうのではないですか?」


―そうかもしれませんね……しかし、ボンゴレが貴女をきっと守ってくれます。―


「じゃ、じゃあまた同じことの繰り返しになりますよ! 私が力を手に入れて、ボンゴレが私を守って傷ついて……ボンゴレが大好きな私には耐えられない!!」


―いいえ……貴女は、私のように弱くはない。そして、今のボンゴレもまた以前とは違う。これはもう逃れようのない運命……というよりは、必然なのです。―


「……必然。」


―封印を解けたのは、今までであなたただ一人。もうこの選択からは逃れられません。―


「そんな……。」


―……きっと貴女ならこの力の重圧に耐え、ボンゴレを支えマフィアの世界を変えることができます。―


「何の根拠があってそんなこと……。」


―日本にいる次期ボンゴレファミリーのところへ行ってください。彼らはきっと貴女を守ってくれる。どうか、どうかボンゴレのために……治癒の祈りを……―


 治癒の女神の声がだんだん遠くなっていく。


「ちょっとっ……!! 待ってっ!!! ……っ!」


 自分の声にハッとし目が覚めた。暗闇に光が射している景色はなく、さっき見ていた自室に戻っていた。

 さっき目の前にあったアタッシュケースは姿を消し、指にはめた指輪と床に置いていたノートだけが残っていた。


「……。」


 今起きていたことが全て夢ならどれだけよかっただろう。しかし、頭の中に次々と流れてくる治癒の女神の記憶が私の体を震わせた。

 突然背負わされた運命に私は、耐えられるのだろうか。

 ボンゴレを支えマフィア界を変えるとは、何をすればいいのだろうか。

 いくら考えても答えが出ない私は、力を継承してしまったことを誰にも告げずに今までと変わらない生活を送っていた。


 しかし、ある日突然9代目が重傷であるという報告を受けた。霧の幻覚でギリギリ命を繋ぎとめていて、いつ命を落すかわからない状態だと……。

 どうしてか、日本で行われていたボンゴレリング争奪戦に巻き込まれたそうだ。


 私は、イタリアから急いで日本へ発ち9代目が運ばれた病院へ向かった。

 昏睡状態の9代目に駆け寄り、手を握って声をかけるも反応はない。


「どうしてっ……9代目!!」


 何人もの部下が頭を抱え静かに項垂れている中、私は大声を上げ泣き喚いた。


「うわああああああ…………っ!!」


―……あ、な……貴女になら、助けることができます……あの時のように手を組みなさい……―


 私の声だけが響く病室で聞き覚えのある女性の声が聞こえた。

 辺りを見渡しても部下たちは、さっきと変わらない表情で女性の声が聞こえていないようだった。


―もう貴女は、治癒の女神なのです……力を解放し、9代目を救いボンゴレを救いなさい……―


 この声は、私の頭に直接流れてきていた。


 正直、治癒の女神の力を受け継いで、どんな傷や病でも治すというその力の大きさに恐怖を感じている。

 しかし、こうして大切な人が傷ついているのを目の前にすると身体は勝手に動いてしまうもので、不安に駆られながらもボロボロと零していた涙を拭いその場で手を組んだ。

 ゆっくりと瞼を閉じ、左手人差し指にはめていた指輪に金色の炎を燈した。

 
「治癒の女神……私に力を継承したならば、どうか、どうか9代目をお助けください。」


―治癒の女神はもう貴女なのです……貴女が救うのですよ……その覚悟を炎に……―


 治癒の女神の声が消えていくと同時に私の指輪の炎が大きくなるのを感じ、目を開けた。

 すると、その炎が9代目に射出された。

 金色の炎が9代目の全身を包み込み更に威力を増して燃え始めた。しかし、その炎は火傷をするようなものではなく、温かいオーラのようだった。

 そして、9代目の体にある小さな傷から順々に消えていき少しずつ顔色にも変化が現れた。


「「おおおお!? なんだなんだ!??」」


 項垂れていた部下たちがこの目を疑うような光景に驚き騒ぐ。


「こ、この力は……まさか……。」


 一人の部下がそう声に出すとみんなで顔を合わせながら何かを確認するように頷いていた。


「……雫……。」


 ざわつく病室の中でか細い今にも消えそうな声で私の名前を呼んだのは……


「9代目!!!!??」


 さっきまで全く意識のなかった9代目が薄っすらと目を覚まし、私の左手を優しく握った。


「……まさか、雫が……この力を継承するとは……」


「……9代目は、この力のことを知っているの?」


 微笑みながら頷く9代目。


「この力の……封印が解かれたということは…………ボンゴレが……変わる……いや、変えられる時が……来たのだな。」


「きゅ、9代目……っ!!」


 9代目は、ゆっくり目を閉じ苦しそうではあるがどこか嬉しそうに微笑み眠りについた。

 その後9代目は、ありえない速さで回復に向かい以前と変わらない姿へと戻り、一緒にイタリアへと帰国した。そして、9代目が知る限りのボンゴレと治癒の女神についての情報を教えてもらった。


 今のボンゴレファミリーは、初代とは全く違う形になりつつあるという。

 初代のようなボンゴレを取り戻すためには、10代目候補にあげられているファミリーと治癒の女神の復活が必要不可欠であったらしいのだ。

 9代目に力を使う前までは、突然背負わされることになった運命に従って生きていくことに不安しかなかった。だが、この力がなければ9代目を救うことはできなかったかもしれない。この力を使って大好きなボンゴレのために生きようと思った。


 しかし、月日が経つにつれ私が治癒の女神の力を受け継いだという噂がイタリア全土に広まり、9代目ボンゴレファミリー総本部は襲撃され始めた。

 9代目は、私を守るためイタリアから日本に行きなさいと命令を下した。これは、極秘に執り行われ、9代目幹部と10代目ファミリーにのみ伝達された。いくら極秘と言えど、総本部に姿がなければ私が日本へ行くことが他のマフィアたちに知られるのも時間の問題だ。

 できるだけ早く、10代目ボンゴレファミリーと合流して策を練らなければいけない。早く、9代目ボンゴレファミリーを助けに戻らなければならないその一心で日本へと向かった。
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