「お前覚えが悪いな、バカだな。」
煙草をくわえながら私をバカにする彼は、獄寺隼人。中学校からの同級生で頭はいいけど性格の悪い人。本当は、優しい人だって知っているけど獄寺の紹介はこれぐらいがいいと思う。
「テメェ、何考えてやがる。とっとと仕事しろよ!」
「もっと優しく教えてよ!! 武はもっとわかりやすかったもん!!」
「ガキみてぇにすねてんじゃねーよ!!」
中学の頃から私と獄寺は、口を開けばすぐ言い合いをする仲だった。それは今でも変わらない。
「獄寺には、五つの炎が流れてるから理解しやすいのかもしれないけど私には、晴しかないんだよ! もっと考えて教えて!」
「チッ……。」
「舌打ちをするな!!!」
朝から言い合いをしっぱなしではあるが、そこそこ仕事は進んでいる。それは、獄寺が私だけでは終わらないと思って並行して手伝ってくれているからだった。
「なんだかんだ言って! 優しいよね!」
「なっ!!」
ニヤニヤと笑いながら獄寺を見ると少しテンパりながら否定する。
「テメェが遅いと10代目が困るんだよ!! お前のためじゃねえ!!」
「素直じゃないなー。」
私は、笑いながら獄寺が貸してくれた炎について書かれた本を手に取った。
「私にもいくつか炎が流れてたらな。特訓したら出るものかな!?」
「バカか。そんなわけねーだろ。お前に元々流れている他の炎があれば話は別だが、お前みたいな能天気には晴がお似合いだ!!」
「ホント口悪いんだから!! もし私に他の炎が流れてたら獄寺なんてけちょんけちょんよ!!」
「んだと!!」
「はーーーーい!! ストップ!!」
その声と同時に顔に何かが押し当てられた。
「お前ら仕事しろよなー。」
「はへひ!!」
私の顔に押し付けられたのは、武の手だった。向かい合って言い合っていた私と獄寺の間に武が入って顔を押さえて無理やり止めたようだ。
「っと、何すんだよ!! 野球バカ!!」
「二人の声が廊下まで聞こえてんだよ。うるさすぎだぜ。」
呆れたように頭をポリポリとかきながら武は言った。
「たけしー!! 助けてよ! 獄寺じゃ仕事進まない!」
「俺は、仕方なく教えてやってんだ! ありがたく思えよ!!」
「上から目線がむかつくわ!」
「だーかーらー!」
武が苦笑いで私の頭をぐりぐりと撫でる。
「ご、ごめんなさい。」
「あーめんどくせー。早く終わらすぞ、アホ女。」
獄寺はそう言って机に向かってまた私の仕事を手伝い始めてくれた。
「そうだ! 武は何の用?」
「いや、お前らが仲良さそうに話してんのが聞こえたから見に来ただけ。じゃあなー。」
武は、あっという間に去っていった。
「何だったんだろ、そんなにうるさかったかな?」
「どうせいつものあれだろ。」
獄寺は、動かした手を止めずに私にそう言った。
「いつものあれって何?」
「中学の時からこうだっただろアイツ。」
「んー?」
「アホが……。」
私には、獄寺の言ういつものあれも、こうだったの意味もわからなかった。ただ、武はいつも私のいるところに突然現れて話に割って入ってくることがあったような気がする。昨日の了平さんの部屋にいた時もそうだったように。
「まー……よくわかんないけどいっか!! 仕事しよー!」
この後何とか獄寺に手伝ってもらいながら私は、翌週の任務振り分けを終えた。結局私たちはずっとガミガミと言い合いながら仕事をしていたため、いつもの倍疲労感があった。
「え、すっごく疲れたんだけど。」
「お、俺もなんかすげー疲れたぜ。アホ女とはもう仕事したくねーな。」
「残念ながら慣れるまでは交代だからまたよろしくねーん!」
「クソッ。」
「私ここでちょっと休憩してから自分の部屋に行くから、獄寺先に帰ってていいよ……。」
「おい! アホ女!!」
獄寺の声が聞こえる中意識が遠のいていくのを感じた。私は、いつもと違う仕事の内容と量にキャパオーバーし、そのまま崩れるように倒れてしまった。
その後のことはハッキリと覚えていない。
誰かに抱えられているような感覚がして少し目を覚ましたが、その誰かを確認することなくまた目を閉じてしまった。
さっきまで鼻を刺激していた煙草のにおいとは違い、暖かい陽だまりの香りがした。そして、体に触れている手が優しくて暖かくて私をさらなる深い眠りへと導いた。
「ん……。」
少しずつ意識がはっきりしてくると見慣れない空間の中にいた。
「ここは……。」
「お! 起きたか雫。具合はどうだ?」
「あ……。」
私が寝ているベッドに腰を掛けて私を見下ろす了平さんがいた。
「たまたま雫の仕事部屋の前を通ったら、タコヘッドがお前をおぶって出てきたから俺が変わってここまで連れてきたのだ。」
「……。」
まだ頭が回らない私は、ぼーっと了平さんを見つめることしかできなかった。
「このまま朝まで寝ていろ。ここは、俺の部屋だ。ベッドが少し硬いかもしれんが雫の部屋に勝手に入るわけもいかないからな、我慢してくれ。」
「ありがとう……ございます。」
それから私は、額に触れる温もりを感じながらまた深い眠りについた。