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俺のことだけ見ていろ




「了平は、京子とボクシングのことばかりね。」


 目の前にいる彼女は、頬杖をつきながら弁当を取り出す俺にそう言った。


「ま、今に始まったことじゃないけどね。」


 呆れたような目で俺を見ながらため息と一緒に言葉を吐き始めた。


「でも、いいよね。私も何かに夢中になりたいな。」


「どうした急に。」


「最近思うんだ、ボクシングに真っすぐな了平が凄いなってね。」


 目の前にいる彼女は、俺の幼なじみで昔から人や物事に興味を持たないやつだった。一人でいることを好み、未だに友達といるところを見たことがない。だけど、俺と京子だけには、心を開いてくれているようだった。


「私は、何も誇れるものがないから……。」


「無理して作る必要はない。誇れるものは自然と自分の中で見えてくるようになる。」


「了平のそういうところが凄いや。でも、やっぱり私も早く夢中になれるものが欲しい。」


「なんでそんなに焦っているのだ?」


「……焦ってなんか…………。」


「焦っているだろう? 俺に話してくれないか?」


「……いや。了平には言えない。」


 その言葉を投げ捨てて彼女は、席を立ち「おい! 雫!」という俺の声が届かないほどの速さで教室から出ていった。

 あんな悲しげな彼女の後姿を見たことがなかった俺は、目の前に出した弁当を食べずにしまいその後を追った。


 雫の行きそうなところは、屋上しか見当たらないがそこにはいなかった。

 屋上の金網フェンスに手をかけてグラウンドを眺めながら他に行きそうなところを考えていた。


「あっ……。」


 なんとなく見ていたグラウンドのベンチには、探していた彼女と男が座っていた。

 俺と京子以外の誰かと一緒にいるところなんて見たことがないのに、男と一緒にいる姿を見てしまった俺は全速力で階段を駆け下りた。


「雫!!!」


「りょうへい!」


「ここで何してるんだ!」


 息を切らしながら感情をぶつけるように声を出した。


「あ! お兄さん!」


「ん??」


 雫の隣には、見覚えのある男が座っていた。


「さ、さわだぁあ??」


 隣にいた男の正体は、沢田であった。


「なぜ沢田が雫と一緒にいるんだ?」


「そ、それは……。」


 沢田の両肩を掴み問いただすも目を逸らしながらごまかしている。


「了平やめて。手を離しなさい。」


「!」


 雫に手を掴まれ怒ったような目で俺を見る、その視線に負け沢田から離れた。


「ごめんね、沢田君。話してくれてありがとう、あとはもう大丈夫。」


「いえ、俺のせいでこんなことに……すいません。」


「じゃあ、またね。」


 去っていく沢田を見送る彼女が少しだけいつもと違うように見えてなんだかモヤっとした。

 沢田がいなくなり誰もいないグラウンドに二人だけが残った。


「急に後輩に掴みかかるなんて何してんのよ。」


 少しため息混じりに彼女は言った。


「雫が俺と京子以外のやつと一緒にいるなんて珍しくて……驚いてだな……すまん。」


「……。」


 腕を組みながら俺をにらんでくる。


「沢田と何を話していたんだ?」


 俺は、恐る恐る聞いてみた。


「何だかわかる?」


「わからないから聞いているんだ。」


「あなたが私に隠していることを聞き出していたの。」


「!!?」


 彼女は、そう言ってベンチに腰掛け淡々と話し始めた。ここ最近俺が相撲大会と嘘をついて戦ってきたことを全て眉間にしわを寄せながら話していた。


「京子を騙せても私は、騙されないわ。敢えて聞かないべきだったのかもしれないけど、私はどんどん離れていく了平を見てるのが怖かった。」


 膝の上で拳をぎゅっと握りしめて俺を見た。


「知らない世界に行ってしまうあなたに追いつきたくて私にも夢中になれる、誇れるものが欲しかった! ……だから、よく了平と一緒にいる後輩の沢田君に色々聞きだして私も同じ世界へ連れて行ってくれないかなってお願いしたの。」


「それはダメだ!!!」


「……沢田君にも巻き込みたくないからって断られたんだ。」


 少しずつ震えていく彼女の肩に合わせて、声も小さくなっていく。


「私も了平と胸を張って並んで歩けるような誇れるものが欲しいの。」


「……無理をするな、お前は今のままでいいんだ。嘘をついていたのはすまなかった。雫がそういう風に思っていることに気づけなかったこともすまなかった。」


 震える彼女の肩にそっと手を添えて、隣に座った。


「俺のいる世界に雫を連れていくことはできないんだ……。だけどな、俺は、お前や京子という帰る場所があるから負けんのだ、無事に帰ってきているだろう?」


 ゆっくり頷く彼女の頬に手を添えた。


「それにな、雫には誇れるものがあるだろう??」


「え?」


「お前の誇りは、俺だ!!!」


「は? なにそれ?」


「いいや! 今から俺を誇りにしろ! 俺に夢中になれ!!」


 自分でも何を言っているかわからなくなってきて、顔が熱くなってきた。そして、俺にとって雫がどういう存在なのかがわかってしまった。


「ちょっと待ってよ! 今すごくいいこと言うのかと思ったら、了平を誇りにしろって!? バカなの!?」


「うおおおおおおおお!! 極限にまどろっこしい!!!!」


 うまく言葉にできない感情に頭をガシガシとかき、大声をあげた。


「俺は!! 今のまま変わらない雫の隣を歩きたいんだ!!! 誇りとかそんなものは関係ない、見るな!! 俺のことだけ見ていろ!!!!」


「!!!!」


 顔を真っ赤に染めた雫を見て、事の重大さに気づいた。

 校舎の窓からは、たくさんの生徒たちが覗いていて冷やかしの声もたくさん聞こえた。しかし俺は、それに動じず雫の方をしっかり見て言い直した。


「俺は、雫のことが好きだ! 俺の居場所は、雫の隣だ!! 背伸びしなくても今のお前が好きなんだ!!」


「ちょっと! もう話がどんどん進んで訳が分からない!」


「雫は、俺のことどう思ってる!」


 彼女は、急に立ち上がり俺に背を向けてこう言った。


「あなたに追いつきたくてって言ったじゃない。それは、了平のことが好きってことよ!」


「雫!!!」


 俺は、小さくなった彼女の背中を後ろから抱きしめた。


「展開がよくわからないわ! こんなところで恥ずかしい! 最悪!! やっぱり好きじゃないわ!!」


 押し返してくる力を覆うように更に強く抱きしめた。


「安心しろ。俺達は、ずっと同じところを歩いている。今までもこれからもずっとだ。」

―END―
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