小説 | ナノ

1-6 二人の男とわからない感情




 突然、戦闘チームから除外されることになり、まだ納得できない気持ちがある。だけど、了平さんのあんな顔を見ていられなかった。しばらくは、了平さんのいう通りに事務仕事だけをしようと思っているが、いずれまた戦闘に復帰したいと思っている。

 私がボンゴレに入ったのは、幼なじみの武を一人でマフィアにさせないためだった。マフィアになると話してくれた彼を見て追いかけられずにはいられなかった。そして、無事にボンゴレファミリーに加入したあと、私の炎が晴属性だということで了平さんの下に就くことになった。ボンゴレに入るまで、了平さんがいるということは知らなくて最初は驚いたけど、またボクシング部にいた時のような関係になれると思いとても嬉しかった。

 そして、了平さんの側近に選ばれ、了平さんを守らなくてはいけないと考えるようになった。今の私が、ボンゴレにいる理由は、山本武と笹川了平という二人の男を守りたいという思いだけである。女が男を守ろうなんて、笑っちゃう話かもしれないけど、二人は私の人生において大切な幼なじみと先輩なのだ。

 だから、彼らを守るために必ず戦闘に復帰する………………

 と、考えながらも今この状況をどうやって切り抜けようか悩んでいる。


「……」


「…………」


 自分から勢いで抱きついてしまったものの、抱きしめ返されるなんて思っていなくて固まってしまい、そのまま何分が経っただろうか。冷静になってきてやっと恥ずかしくなってきた。


「あの……了平さん??」


 長い沈黙を先に破ったのは、私だった。


「なんだ?」


 そう言いながら、さらに強く抱きしめてきたような気がした。


「えっと……この……その…………」


 自分で今の状況を口にするのも恥ずかしくて、なかなか言えずに熱が帯びていくのを感じていた。


「雫……すまないな、俺のわがままを聞いてもらって……。」


 すぐそこで聞こえる了平さんの少しかすれた声がまた私の胸を締め付ける。


「わがままなんてそんな! わかっています、大丈夫ですよ。」


「雫…………。」



―ドンドンッ―



「!!!!!」


 部屋に響き渡る鈍いノック音と同時に二人は、パッと互いから離れ一歩引いた。


「すんませーん! 開かないんすけど、笹川先輩いないんですか?」


 厚いドアの向こう側から聞こえるのは、さっきまで一緒にいた武の声だった。了平さんを呼ぶ声と扉をたたく鈍い音が静かな部屋に鳴り響く。


「あ! えっと!! 了平さん、呼ばれてますよ!!!」


「う、うむ。そうだな……! 行ってくる!」


 さっきまで落ち着いていた了平さんは、ノックの音で我に返ったかのように顔を真っ赤に染めて焦って声のする方に向かっていった。私も、冷めない熱をどうにかしようとその場でうろうろしてしまう。

 昔から、了平さんと私は距離が近くスキンシップのようなことを当たり前のようにしていた。試合に勝ったら、喜びを分かち合うようにハグをして、泣きそうになった時や頑張った時は、頭を撫でたりとまるで兄妹のように過ごしてきた。私が妹の京子と同じ年ということもあるのかよくめをかけてくれていたのだ。

 だけど、いい大人になって昔のようにしていることがだんだん恥ずかしく感じるようになってきた。了平さんに彼女がいるかもしれないのに失礼なことをしているんじゃないかと思うことがある。

 昔のように変わらないでいられることに安心していたけど、変わらないといけないこともあるのだなと思った。大人は、大人らしく、もう子供の頃の私たちではないのだからわきまえなくてはいけないし、一定の距離を保つことも大切なのかなと考えていた。


「鍵閉めて中にいるなんて珍しいっすね。何してたんすか?」


 私が一人でブツブツと考えている時に、ドアのところから武の声が聞こえる。


「これからのことについて話していたのだ。」


 了平さんは、さっき焦っていたのが嘘のように落ち着いた声で話している。


「そうっすか……雫のことあんまりいじめないでくださいね?」


「なにっ! いじめてなどおらぬぞ。これからは戦闘任務から外すという話をしていただけだ。」


「……へぇ。」


「……。」


 急に二人がコソコソと小さい声で話し始め、私には聞き取れなかったが少し空気が悪いように感じた。


「笹川先輩、ツナが戻ってきて下の会議室に集まるようにって言ってました。それを言いに来ただけなんで失礼します。」


「うむ、わかった。すぐにいく。」


 武は、私に声はかけずに去っていった。


「俺は、会議室に行ってくる。」


「あ! 私、会議が始まる前にツナに書類を急いで渡してきます!」


 少しだけ、了平さんの声にかぶるように言って、近くに置いてあった書類を抱えて小走りで部屋を出た。頭の中が混乱しすぎて、まともに了平さんの目を見れず立ち去ってしまった。


 今日一日で、自分の感情がぐちゃぐちゃに混ぜられたような気持ちになった。

 いつも隣を歩いてきて、互いのことを何でも共有できる幼なじみ、ずっと背中を見てきて、兄妹のように接してきた先輩……どちらも距離が近くて、近すぎてわからなかった。今までは、私が大切な二人を守ってあげなきゃいけないと思っていたけど、今日見た二人の姿は、何だか昔のように見ていられないほどの弱い人たちではなかった。二人とも、大きくて強くて、真っすぐな目をしていて、違う人を見ているようだった。大人になってやっと、男の人なんだなっていうのを認識した。

 私が二人を守りたいように、二人も私を守りたいと思ってくれていることを理解しなければいけないし、私は、女で、彼らは、男であることもしっかりとわかったうえで接していかなければいけないんだなとこの時感じたのだ。

 変わらないものがある安心感は、心地の良いものだけど、そこに甘えながら生きてはいけない。変わっていくものにもちゃんと向き合って、今を大切にして大人になっていかなければならない。

 そう思いながら、書類をきゅっと抱きしめツナのいるところへ走っていった。
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