1時間の昼休憩を終えて、武と一緒に食堂を出た。
「私、ツナたちが帰ってくるまでトレーニングルームに行くね。」
「あぁ、またな。」
武とは、所属しているところが違うため、同じ時間に同じ業務をすることがない。今日も午後のスケジュールが違ったため、私たちは、手をヒラヒラと振り合いながら別れた。
私は、頬に残る熱を冷ますように顔を手で仰ぎながら、トレーニングルームに向かった。
頑丈で大きな扉をいくつか潜り抜け、牢固たる部屋へとやってきた。どんな技を繰り出しても壊れることのないように、ジャンニーニが造った特別なトレーニングルームである。嵐、雨、晴、雷の属性を持つ守護者と部下たちが利用する場となっている。
それぞれの訓練が邪魔をしあわないようにたくさんの部屋が設けられていて、属性も分けられている。私は、いつも利用する部屋へと歩みを進める。
扉の前にある、透明なパネルに手を乗せ、自分だという認証を行い扉を開けた。
「おっと、雫。」
目の前には、仁王立ちをしている了平さんがいた。
「そろそろ来るんじゃないかと思っていたところだ。」
「了平さん、扉の前で何しているんですか?」
「雫を待っていたんだ、トレーニングをしにここに来ると思ってな。」
了平さんは、私の肩に手を添えてそのまま扉の外へと連れ出した。
「私これから訓練の時間ですよ! どうして出ちゃうんですか?」
「お前には、今日から戦闘の仕事は一切与えんことにする。」
耳を疑うような発言に頭が真っ白になる。最近、事務仕事ばかり与えられて実践に行くことはほとんどなくなっていた。せめて、身体が鈍らないようにとトレーニングを重ねてきたのに、いきなり戦闘の仕事は一切与えないなんて側近として恥ずかしい。
「どうしてですか!! 私は、あなたの側近ですよ!? 戦闘禁止なんて了平さんのこと守れないじゃないですか!!」
突然のことで感情のコントロールができず、声を荒げて了平さんに問いただした。了平さんは、真っすぐ私を黙って見つめ荒げた声を聞いている。
「近くにいられないなら、私が側近の意味がないじゃないですか!! どうして! 私が女で弱いから、あなたを守れないから……ッ?!」
止まらない私の感情を遮るように了平さんは、私の手を引きトレーニングルームの出口へと歩き出した。そのまま彼から感じる圧力に負け、何も言えなくなってしまった私は、了平さんに引かれるがままに歩いた。
互いに無言のまま辿り着いたのは、私たちが午前中にいた晴の仕事部屋だった。部屋に入ると了平さんは、鍵を閉めて私を壁際へと追いやった。静かに近づいてくる了平さんの顔が怒っているのになぜか辛そうだった。
「雫、どうして俺が戦闘から外したかわかるか?」
彼は、優しく、いつもより低い声で囁くように言う。
「私が弱くて、了平さんを守れないから……?」
さっきまでの高ぶった気持ちを落ち着かせ、目の前にいる了平さんを上目で見ながら答える。
「違う。」
「じゃ、じゃあ! …………どうしてですか? 私にはわかりません。」
落ち着いたら、急に悲しくなってきて、視界が滲み始めているのがわかった。自然と顔も下に向いていった。
「雫、こっちを見てくれ。」
そう言いながら、私の頭を撫でそのまま頬へと手を下ろし、頬に添え私の顔を上に向けた。
「雫は、強いぞ。俺の後輩で部下で、俺が認めた側近だ。強いのは当たり前だろう?」
「じゃあ……どうして……」
「強いからダメなんだ。」
「……?」
「どんな敵が現れようとも、怯えることなく我先にと前に出る。俺が戦わなくても良いように前に出るだろう。」
この時、了平さんの顔が一気に辛そうで苦しそうな顔になったのがわかった。
「今のところ、大きなケガを負ったりはしていないが、この先はわからない。」
「でも、了平さんのことを守りたいんです。」
「それが、お前を戦闘から外す理由だ。どうして、俺を一番に考える?」
「側近は、どんな時でも守護者の方のお傍にいてお守りしなくてはならないんですよ。」
「そんな決まりはないぞ。俺は、雫を危険な目に合わせたくなくて側近という立ち位置にしたんだ!」
さっきまで静かに話していた了平さんが少しだけ大きな声で感情を抑えるように言った。
「いつでも俺の目の届くところにおいて、俺が守ろうと思って側近に雫を選んだんだ。それなのに、自ら危険な方へと進みおって、いつも気が気じゃなかったんだぞ。」
彼の声が少しずつ震えていき、体も同じように震えている。
「了平さんっ……。」
私は、彼の思いを聞いて言葉を詰まらせてしまった。こんなに自分のことを考えてくれていたなんて知らなくて胸が痛くなった。
今でも了平さんが傷つくのを見たくはないし、一緒に戦いたいと思ってる。だけど、何よりこんな了平さんを見たくないし、こうさせているのが自分のせいならいう通りにしたいと思った。
「私、戦闘から外れます……ね。今まで気づかなくてごめんなさい。」
「……っ!!」
今にも泣いてしまいそうな顔をした了平さんを私は、抱きしめたいと思った。だから、そのまま彼の腰に手をまわして強く抱きしめた。
「雫……。お前はこれからも俺の側近なのは変わらないからな。」
そう言って、少し安堵し私にもたれかかるように抱きしめ返してきた。
「了平さんにこんなに思われる後輩なんて私くらいですよね! 嬉しいです!」
顔をあげ了平さんを見上げて満面の笑みで答えた。すると、彼は驚いた表情をした後に少し顔が赤く染まっていった。
「そ、そうだっ。お前は、極限にいい後輩だ!!」
目を逸らして、少し焦るように答える了平さんを見て、いつもの彼に戻ったと安心した。
「さっ! 仕事の続きしましょうか!」
「おい、すぐ仕事の話をするか?」
「忙しいんですから!!」
そう言っていつものように笑い合いながら、私たちは今までの擦れ違いを埋めるように少しの間抱きしめ合っていた。