花弁


『あ、総司発見』

桜がまだ蕾で春風しか吹かないこの季節に縁側で寝転んでいた僕に心地がいい声と薄荷糖の匂い届く。

『寝てるの?風邪引くよー』

「生憎僕はかぜを引くほど縁側で寝るようなことをしないよ。」

縁側を歩いてくる足音が聞こえて体を起こせば柔らかい笑みを浮かべた彼女が近づいてきていて。

『でも微睡んでたでしょ?』

「もう春だもーん」

『この間風邪引いてたくせによく言うよー』

何年間も当たり前のように傍にいた彼女は僕の額に手を当てると満足そうに微笑んだから僕の風邪具合は彼女が満足する位元に戻ったらしい

「大体なまえは心配症なんだよ、どこかの鬼さんと一緒で。」

『えぇ・・・トシさんと一緒かぁ』

あぁ、まただ。なまえが僕に向ける笑みはふたつ。
優しくて嬉しそうに微笑む顔と困ったように微笑む顔
いまなまえが浮かべているのは正に後者で僕はその笑みを見つめることしかできない。

「まぁた薄荷糖食べてたんでしょ?」

『私にとって薄荷糖は総司にとっての金平糖のようなものだから!!』

「なまえ、あのさ・・・君馬鹿なの?」

『えー、酷い』

「ここにいたのか、二人とも」

『あ、はじめ』

困ったように微笑む顔がいつの間にか様変わりして柔らかい笑みになっていた先にいたのは僕ではない。
僕が独り占めしていた、目線を奪ったのは綺麗な青を含む黒髪を持った彼で
口元を緩ませている彼の周りの雰囲気も優しいものとなっている

「あーあ、なまえを口説くいい機会だと思ったのになぁ恋仲がいつも邪魔してくれるよね」

「総司、あんたになまえはやらん。」

『こーら、はじめも総司も喧嘩しない』

慣れた様子で相手にもしてくれない様子のなまえは当たり前かのようにはじめくんの隣に腰をおろす。・・・面白くない。はじめくんは僕が毎日のようになまえを口説くのをいい顔はしないものの冗談だと思っているのか特に僕に気にする様子もなくなまえを独り占めするんだ。無意識だろうけどそれは僕をいらつかせる材料に十分になる。

「そんななまえのこと好きなら縛っておけばいいじゃない」

あぁ、また困ったように笑うんだ。
そんな顔を見たくなくて僕から顔を背けてはじめくんの制止なんか聞かずに自室へと歩み始めた。


********


「梅の花ー一輪咲いてもうめはうめー」

「人の世のーものとは見えぬ桜の花ー」


「総司てめぇ俺の自室の前で詠むんじゃねぇ!!!」

「え?じゃあ土方さんの部屋の前じゃなきゃ良いんですね」

「そんなわけあるか!!!」

桜が開き始めた暖かい日に副長の怒鳴り声と総司のからかうような声が聞こえ俺は思わず眉間に皺が寄るのを感じた。

『二人とも相変わらずだね』

「ああなっては副長の気苦労は測りしれぬ。」

『ふふっ、でもトシさんも総司のからかいが無かったら逆に疲れちゃうかもよ』

未だに止まぬ二人の声を楽しそうに聞いているなまえは柔らかい笑みを浮かべていて

「・・・あんたには敵いそうにない」

『へ?なんの話?』

「こちらの話だ」

きょとんと不思議そうな顔をしたり頬を膨らませて拗ねたり心から幸せそうに笑ったり
そんな彼女に俺は惚れたのだろう
それ故に俺は彼女の傍にいたい
だが同時にそれは今までなまえの一番傍にいた総司の居場所を奪い取ることにもなる
昔馴染みと言う総司となまえが恋仲関係にあるわけではないことは知っていた。
そして総司がなまえに想いをよせているのも。

「あ、なまえとはじめくんこれあげる」

『へ?ってこれ・・・!』

「総司これは・・・!!」

「あ、土方さん来るからじゃあね」

そう言って走り去っていく総司をすぐ追いかけようとする土方さんに二人で句集を渡せば彼は心底疲れたようにため息をついて返っていった。

『ねぇ、トシさんの俳句にさ好きな句がひとつだけあるの 』

「・・・なんだ?」

『しれば迷ひ知らねば迷はぬ恋の道』

”中身のない句だよね”なんて優しく笑いながら空を仰ぐ彼女は何かを思い出したのかふっと目を細めては小さく『私も迷子になったけどはじめの元に辿りつけて良かったよ』なんて言うものだから俺は不覚にも心臓が鳴り響いた。

「なまえ、これからも傍にいてくれ」

『うん、はじめのそばにいる。』

そういったなまえの手を取ると彼女は照れくさそうに頬を桜色に染めては微笑んだ。
この手を離してはいけない、離すつもりもない。
この時俺もなまえも少し遠くからさみしそうな色を灯した翡翠色の瞳が俺たちを見ているのを知ることはなかった。


*****

嗚呼、面白くない
つまらない

非番のある日そうつぶやくと平助が緑色の瞳を見開いて「なにかあったのかよ」と聞いてきたから僕は彼の頭をぺちん、と叩いて外に出た。
京の町は桜が舞っていて川沿いを歩けば桜並木が見える。

「京の桜も悪くないよね、」

そうつぶやいた独り言は虚しく青空に消えていった。
少し先には恋仲同士の二人が逢い引きをしていて幸せそうに笑う二人に思わず僕はなまえと僕の姿を浮かべたんだ。

「ははっ・・ここまで来ると重症だなぁ」

そもそもいつからこんなことになってしまったのだろう?
なまえとであってから?
なまえと仲良くなってから?
なまえがはじめくんに惚れてから?
それともなまえがはじめくんと付き合い始めてから?

・・・いや、どれも違う。
きっとこんなことになってしまったのは

『総司ー!』

「・・・なまえ、」

『平助が総司が元気なさそうだって心配してたよ?どうかした?』

僕に近づいてきた彼女からはやっぱり薄荷糖の匂いがしてそれが僕を落ち着かせた。
だけどなまえは微笑んで心配してくれるけど違う。僕が欲しいのはその笑みじゃないんだ

「なまえ、」

僕が君への想いを自覚してしまった頃から元通りに戻れなかったんだ

「なまえ、君が好きだよ 」

そう伝えるとなまえの顔から困ったような笑みが消えて
大きな瞳をさらに大きくさせて僕だけを見ていた

あぁ、僕は神とか仏の類は信じないけれど

もしいるのならおねがいします

花弁

(もう少しだけこの子を僕に独り占めさせてください)