この距離感。


『はじめ!』
「・・・なまえ」

この声を何年と、聞いてきたのだろう?

だけど、この声を聞く度俺の心は弾む

『ねぇ、古典の教科書かして!』
「あんたはまた忘れ物か? 」
『うー、だってどうしても忘れちゃうんだもん・・』

しゅん、とした様子になりながらもお願い!と顔の前で両手を合わせている彼女が可愛いと思えるのはきっと、俺が彼女のことをすいているから、だろう

「あれ?なまえちゃんじゃない」
『あ、沖田くん!』
「また、忘れ物?僕が貸してあげようか?」
『沖田くん、絶対古典の教科書なんてもってないでしょ?』
「あははっ、当たり前じゃない」

そう言って笑う総司の顔は気を許した者に向ける笑みになっていて、俺は目を逸らした。

『って、ことではじめ教科書!』
「・・・次は貸さないからな」
『ふふ、この間も同じこと言ってた!』
「・・・貸さなくていいのか?」
『わっ、うそうそ!貸してくださいっ』

笑ったり驚いたり必死になったりと忙しく表情を変えるのは相変わらずで、思わず面白くて見飽きない

だが、そろそろ開始のベルが鳴る時間故に教科書を渡すと笑顔で走って行こうとしたなまえの腕を誰かが掴んだ

腕をたどってみれば、総司が珍しく真面目な表情をしていた

『え、沖田くん・・・?』
「あのさ、そろそろその呼び方やめてよ」
『っ、総司・・・くん?』
「なまえちゃん、あとで連絡先、教えて?」
総司の言葉に顔を真っ赤にしながら頷くなまえの表情は、 何年も一緒にいた俺さえも向けてもらったことがない顔で
総司には、敵いそうにない、と気付かれないようにため息をついた

真っ赤になったなまえが教室を出ていったあと総司はこちらを向いて


「はじめくんには、負けないからね僕」
なんて、挑発的な笑みを浮かべて俺の斜め後ろの席に戻っていった


・・・負けないも何も、俺とあんたとでは勝負にもならない

あいつが見ているのは総司であって俺ではない

それにどれだけ想っていても、今の距離が一番あいつと居れる時間が長いことくらい自分でわかっている

意識していると、気づかれれば崩れる関係

後何年続くのだろうか?

なんて不意に寂しくなった俺の気持ちなど、あんたに気づくわけないな、と口からため息が漏れる

それでもやはり

この距離感。

(この関係を崩したいと思う俺は馬鹿者以外なんでもないのだろうな)

お題配布元:確かに恋だった