過去と素顔
昔に戻りたい。そう自然と呟いて眠った。
その日は少しキツめの任務から帰任したばかりで、身体はだるくて堪らなかったし何より眠くて堪らなかった。
だからなのかベッドに身を倒した瞬間にはもう意識は飛びかけていて、瞼を閉じた頃にはもう意識は暗い淵に落ちていた。その所為か一瞬で夜は明けてしまい、目は覚めたものの未だに疲れが抜けきっていない感が残っていた。
「やだ、なんか肌に元気ない」
目覚めて直ぐに見た鏡には僅かにくすんだ肌をした自分の顔があった。
まじまじと見つめても変わらないし頬を撫でても変わらない。うわあ、なんてぼやいたって勿論変わるわけもなくて、気落ちしながら仕度して待機所に向かってぼんやりと昨夜出す予定だった報告書の空欄を埋めていっていたけど、どうも気分は晴れない。
おまけに間の抜けた欠伸が何度も出る。完全に堕落した状態に陥っていて一向に空欄箇所を埋め終わる気配はなかった。
「うわ、すげェ顔」
「わっ!ビックリしたー。いつから居たの」
「ついさっき。何度か声掛けたんっすけどね」
目を剥いて驚いているシカマルにゴメンゴメンと軽く謝っておいて、何の用かと尋ねるとシカクさんを見なかったかということだった。
今日は皆出払っているのか、私が待機所にきた時には誰もいなかった。だから見ていないと伝えると、捜している人間と似た顔をふて腐れさせた。
その表情があまりにもシカクさんにそっくりで思わず噴出してしまった。シカマルには悪いけれど、その表情のお陰で少し気分が晴れた。
「……なんっすか」
「いやいやっ!なんでもないよ。それにしても何その言葉使い」
「俺ももう中忍だし、そういうケジメはちゃんとしといた方がいいじゃないですか」
「んー!その心構えは良いけど、近所の姉ちゃんには必要ないよ。こーんな時から知ってる子に敬語使われるの、気分悪いなー」
床すれすれの辺りに手をやってニヤニヤと笑ってみせると「それはねェから」とやっといつもの調子で返事が返ってきた。
またその時の表情がシカクさんにそっくりで、流石にさっきみたいに噴出すことはなく今度は大きくなったねェと頬が綻んだ。
昔はあんなに小さかったのになんだか最近は身体や仕草も大人になってきていて、へえ〜と関心してしまうくらい男っぽく見える時がある。頭の回転も良いみたいだし、もう少ししたら良い男になりそうだ。
そう言えば、昔この子に衝撃的なプロポーズをされた事があったな。よし、いざとなったらこの子に嫁に貰ってもらおう。
「良い旦那さんになりそうでおねえちゃん楽しみだよ」
「…はあ?」
「あれ?憶えてない??“おっきくなったら嫁にしてやるよ。奈良家の財産全部ねえちゃんのもんだぜ”って言ってプロポーズしてくれたじゃなーい」
「いつの話だよ」
「えーっとね、6歳の頃かな。それ以来いつか奈良○○になるんだって首ながーくして待ってるんだけどなあ」
「そんなの言った本人が憶えてねーんだから無効だろ。つか十以上も歳が上の嫁なんか貰う気ねェよ」
つれないなあ。もう少し可愛い反応が返ってくると思ったのに、こうも平然と返されると何だか寂しくなる。
大きくなっちゃったんだ。いつまでもすかした生意気な子じゃないのか。
「へえー?」
これは予想以上に寂しかった。
別に本気で言っている訳ではなかったけれど、なんだか遠く離れていくような気分だ。
「まあまあそんな事言わずに。色んな事教えてあげるよー?どう?どう??」
「いらねーよっ!」
「ははっ、焦ってる」
「暇だからって俺で遊ぶなよ。じゃあな」
怒らせてしまったのか、先ほどよりも更にふてくされた顔をして待機所を出て行ってしまった。
少しからかいが過ぎたか。でもあの子は元々ふてくされたような顔だったような…。