an especial friend

 黄色く輝く派手な頭をした彼が道の向こうから赤毛の彼女と仲睦まじく歩いてくる。
 なかなか爽やかな風貌の彼は最近女の子に噂されることが増えた。人当たりがよく、何でもそつなくこなし、朗らかに笑い、冷静に諭し、勤勉で冗談も通じる。欠点など見あたらない。それなのに一つも嫌味を感じさせない。最後のこれが彼の凄いところだ。
 周りの女の子達は最近になってやっと彼の魅力に気付いたらしい。今のように通りを歩けば「ほら見て」「かっこいいなぁ」と振り返ってまで彼に視線を向ける人もちらほら。
 その彼の魅力に最初に気付いたのは今彼の隣で笑顔を見せる赤毛の彼女だった。幼い頃は女のような面をして、ひょろひょろっと温和しかった彼を彼女はあまりいい印象を持っていなかった。それが今のようになったのは彼に大々的に助けられたからだ。大層勇敢で男らしかったんだそうな。まるで白馬に乗った王子のように輝いて見えたのー!あれは卑怯ってばね!とあの彼女が顔を惚けさせながら言っていた。それを見たこっちは赤い血潮のハバネロでもこんな顔できるのかとそっちの方に驚いたけど、そんな事を言えばあの髪を振り乱して怒りかねないので、この思いは生涯口に出さないと誓った。

 そんなこんなで彼女は彼の傍にいることが増えていき、そのうち彼と彼女は一緒にいるのが当たり前になった。そして月日は流れ、暫くして漸く彼の魅力が理解されるようになった。けれど、その頃には彼女と彼は相思相愛の関係にまで達していて、間に誰かが入り込む隙間なんてこれっぽっちもなかったし、表立って騒いで彼女と対立する度胸は誰も持ち合わせていなかったので、皆残念がるだけで止めた。勿論、自分も。

「○○ー!」

 満面の笑みで千切れんばかりに手を振り、割と大きめの声でこちらを呼ぶ彼女。隣で彼も目尻をきゅっと上げて微笑んでいる。
 自分も軽く手を挙げ返事をすると、駆け足で来た彼女が手に持っていた紙袋を私に差し出した。

「なあに、これ」
「誕生日おめでとう」

 さて、自分の誕生日は今日だったかな。ああ、確かに今日だ。最近忙しくて日付の感覚が狂っていたみたいだ。
 手渡された紙袋を驚きながら受け取ると、私が誕生日を忘れていたのを察知したのか、二人して「やっぱりね」と笑った。

「きっと忘れてるよって、今話してたんだよ」
「案の定忘れてたみたいね」
「仕方ないよ。あなた達みたいに祝ってくれるような優しい相手いないもん」
「相手がいようがいまいが関係ないでしょ。○○がうっかりしすぎなのよ。普通はさ、誕生日が近づいてきたら、ああもう○○歳かぁ、変な感じー。みたいなことを思うもんだよ」
「そうかなー。ま、ありがとね。開けてもいい?」
「え?!それは私のいないところでして!」
「なんで?」
「なんでも!……あ、あーっ!そうだ、用事があったんだってばね!じゃ!」

 ツッコミ入れるのも躊躇ってしまうほどの不自然さに呆れた。もうちょっとこう、上手く誤魔化すなりなんなりあるだろうに。
 呆れてものも言えない私の隣から笑い声が小さく上がった。くくっと喉を鳴らす程度ではあるけれど、端正な顔をくしゃっと崩している。彼女が可愛くて仕方がないんだろう。走り去る彼女の背中を見送りながら暫く笑っていた。

「開けてガッカリされたくなかったんだよ。なにをあげるか随分悩んでたから」
「ガッカリだなんて、そんなこと絶対しないのに」
「ん、クシナもわかってるよ。でも彼女は○○が好きだからね。少しでもネガティブな感情を自分に向けられたくないんだよ。こんなもんいらない、とかね。許してやってよ」

 彼女らしい理由を聞いて、呆れを笑いへ切り換えた。そして隣の彼にありがとうと伝えた。
 けれど、彼は笑顔で首を振り、明日直接言ってあげてよ。と言いながら腰のポーチから何かを取り出した。そして逆の手で私の手を取る。

「ん、誕生日おめでとう」

 手のひらに落ちてきたのは飴二つ。これも予想していなかった。正直言えば、さっき貰った彼女からのプレゼントよりも驚いている。だって、まさかまさかの彼からのプレゼント。しかも自分の好きな味。なんで知ってるんだろう……なんて疑問に思ってはいけないか。だって相手は彼だもの。そつなくスマートに探って、こうやって女子の手を自然に取っちゃうことくらい朝飯前なんだよ。……やだな、この言い方だと彼が女誑しのようだ。言いたいのはそういうことではなく、とにかく何するのも嫌味がなくて憧れるってこと。彼女が羨ましい。

「ほらね、こんな飴二つでもこんなに喜んでくれるのに」
「私そんなに喜んでる?」
「ん、笑顔輝かせてる。まるで子どもみたいだ」
「えー、やだな恥ずかしい」
「いいんじゃないの。素直で可愛い」

 やっぱり訂正する。彼は天然の女誑しだ。
 きっと今の私は耳まで真っ赤になっているに違いない。襟足から後頭部にかけて一気に暑くなった。
 きっと彼は思ったことを言っているだけで、さしてそれに深い意味はないんだろう。それを証拠に、様子のおかしい私を見つめて首を傾げている。恐ろしい人。

「ミナト、あんまり見ないで」
「大丈夫?」
「だからさ、か…可愛いとかあまり言われたことないから照れてるの!もー、止めてよ」

 どうやって息をしていいのか分からなくなった。今気を抜いたら物凄い勢いの鼻息しかでない。そんなの聞かれたら羞恥心で死んでしまう。死因が羞恥心からくる高血圧とか笑えない。

「……ああ、そういうこと。素直に受け取って天狗になればいいのに。これがクシナだったら空にも届くくらい鼻高くしちゃうよ」
「そんなの無理だよー。謙遜しないとかあり得ない。あーもう!この話は終わり!」
「はいはい」

 じゃあねと、ぽんぽん、と軽く叩かれた頭。その行動にガッカリとした。何故って、今の彼の動作は以前教え子にやっていたものと同じ。つまり、彼にとって私は生徒と同列。有頂天になっていた気持ちが飛雷針で飛んでいくくらいのスピードで落下した。
 そりゃそうだ。彼に可愛いと言われたからといって特別なことではない。特別な意味がこもるのは彼が彼女に向けて可愛いと言った場合のみ。私のは友人としての好意から出た言葉に過ぎないのだから、もっと軽く受け取るべきなんだよ。だというのに私ときたら過剰に反応なんかして……馬鹿だ。

「あーあ、ミナトにありがとうって言いそびれた」

 不毛な想いは基本的な感謝をも忘れさせるか。こんな女惚れられなくて当たり前だよ。もっとも、それができたとしても、きっと彼女の魅力には追いつけないだろうけど。

「はあ……」

 軽い自己嫌悪にうなだれてしまったけれど、気持ちを切り換えて家に帰ろう。そして二人から貰ったプレゼントを開けて明日からは友人としてまた二人の傍にいよう。
 確かに私は彼が好きだ。何年も前から。――でも、それ以上に、私のためにと悩みに悩んで誕生日を祝おうとしてくれる彼女が大好きだから――だから不毛な片思いはやめて、明日からは完全なる友人になる。二人の傍で心から二人を祝福しよう。そしたらきっと、私も幸せだ。

「損な性格だな」

 突然隣に降り立ったシカクがそう言った。いつから。なんて口から出そうになったけれど、どうせ最初から見てたに決まってる。
 滲む目を見られまいと俯き擦り、彼に貰った飴玉を一つ口に入れた。思いを見透かしたシカクはポケットに手を突っ込んだまま静かに私の返答を待つ。

「別にミナトに言われたからってわけじゃないよ。本当に恥ずかしかったの」
「そうか」
「シカクも食べる?」

 差し出した飴を無言で受け取り、シカクは歩き出す。

「一楽いくぞ」

 有無を言わさない一言が私に投げられた。彼らしい発言に自然と口角が上がる。
 振り返らない彼の背中にありがとうと呟き、長年の想いを切り捨てる勢いで大きく一歩踏み出した。



20120211

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