月と土2


一生懸命。


彼女のその姿勢は徹底されていて、畑を耕すことにだけでなく、俺と話をする時でさえもその姿勢は崩さない。
俺としてはさほど身分というものを前面に出して接してきたつもりは一切なかったんだが、○○はどれだけ時が経っても肩の力を抜こうとしなかった。
もしかしたら身分の差に怖気づいて気を抜けないのかもしれない。加えて俺は強面で、しかも頬には傷がある。女からすれば刀傷なんてものは恐ろしいだけだろう。
前田の風来坊のように女が喜ぶような話題も振らん。俺らの間には男女間の世事なんてものは存在せず、あるのは作物の話題と少しの世間話だけ。距離が縮まるような話題なんてした事がないのにこれで気を張るなという方がどうかしている。
だが、いい加減そのままでいるのもこちらとしてはやりにくかった。だから“そんなに気張る必要はない。身分の差も二人っきりのこの場所では気にするな”……と、言った事があったが。だがそれに対しての彼女の返答は自分が想像していたものとは違った。

――自分には学がない。だから小十郎様のような御方との会話は自分にとって唯一の学を得る機会なんだ。

そう言って嬉しそうに笑っていた。
珍しい女もいるもんだ。と若干驚いた。男でそういう姿勢の奴は存在する。自分がのし上がる為になんでも吸収しようとする奴はこの下剋上の世ではよくある事。だが女でそういった学ぶ意欲のある奴はそういない。
俺が知っている女は守られてなんぼの姿勢が多い。育った環境がそういった性格を作り上げている。学ぼうと思えば学べる環境だからこそ、学ぶ事に貪欲ではなくなっている。蝶よ花よと言われ育て上げられているから、というのもあるが……。
だからといって、そういう女がいけないというわけではない。女というのは守るべきものだ。それは絶対的なもので男の義務だ。
ただ、こう何にでも一生懸命な女を知ってしまうと、どうもそういった意欲の薄い女たちが薄っぺらく見えてしまう。……まあ、これは誰が悪いというのではなく単に自分の所為なんだが。
仕方がないだろう。そういう女たちが日々女の戦いというものに励んでいる間、○○は一人であれだけの広さの畑を耕している。休む事もなく丸一日かけて、誰の手も借りずにやって通す。それがどれだけ大変な事か、ここへ来るようにならなければ生涯知らずに過ごしただろう。そして、そういう女たちは一生経験する事無く終わるんだろう。それもまた人生の一つだ。それが悪いとは思わん。
そんな身の回りにいない女と知り合えた。それによって俺自身の中での女というものの印象がガラッと変わってしまったんだ。誰の所為でもなく、これは自分の所為だろう。


ただ、一生懸命な所は感心すべきところではあるが、あの環境は如何なものだろうか。
せめて親兄弟がいればまだ良かったかもしれないが、○○には誰もいない。近所の家も少し離れた場所にあって手伝う人間は皆無。
よくもまあこんな場所で女一人何事もなく過ごせてこれたもんだ。夜盗やら猪やらその他色々と怖い思いをすることもあるだろうに。
恐怖だけでなく、寂しさだって相当なものだろう。こいつは全くそんな事はないと言い張っているが、内心は違うという事ぐらい分かっている。だが、それを俺に言ってもどうにもならないと理解している彼女は絶対にそれを口にしなかった。
それは俺に期待などしていないという事か、それとも一人という環境から作られた彼女の自尊心なのか。どちらにせよ、○○にとって俺は――

「弱音なんざ吐くような相手じゃねえって事か」
「誰がだ」
「――ッ!」

つい深く考え込んでいた所為か、不意に声を掛けられ柄にもなく身を強張らせてしまった。声を掛けた側も自分のそんな反応に驚いてか、意表を突かれたといった息を漏らした。

「……これは政宗様、何か御用でも?」
「なんだ小十郎、お前にしちゃ珍しくボーっとしてたみたいだな」
「はあ……色々と考えに耽っておりました」
「何をだ。言え」
「家長だというのに未だに誰も娶ろうともせず修行だなんだと明け暮れこのままでは伊達家存続の危機が訪れてしまうのではないかと心配で心配で今度はどこの姫君に来ていただこうかと模索、」
「お、OKOK。それはいいとして、お前にこれをやる」

そう言って軽く放り投げられた物は小さな巾着だった。中には細かい何かが入っているようで、ゴロゴロとした感触が手の平に伝わる。

「金平糖だ。俺には甘すぎる」
「……は、しかしこれはあまり手に入らない物です。食べ物を粗末にするのは、」
「誰が捨てろと言った。お前にやると言ってるんだ。……もしお前も食べないって言うなら誰かにやれ。最近野菜が美味く感じるしな」

そこでやっと意図に気付いた。この金平糖は最初から俺に渡される為に巾着に入れられたという訳ではなく、俺から“誰か”に渡させるために入れられたのだ。
これはしてやられた。まさか政宗様がこのような考えをするとは。政宗様も彼女に何かしら感じたんだろうか。なんにせよ、農民である人間に対してこのような行いをしようという気持ちになられたというのは、教育係としてこの上ない幸せだ。

「承知しました。この金平糖は小十郎が責任を持って処分致します」
「頼んだぞ」

用は済んだ、と言わんばかりに満足気な表情で部屋を立ち去ろうとする政宗様の背中を見送り、手前に積み上げられた書状の隣にその巾着を置いた。



もう夜も深けた。

明日、畑の手入れが一段落した頃に渡そう。

きっと、少しは気を抜いた顔が見れるだろう。



いつもとは違う、素の彼女の笑顔が。



[2010/09/08]

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