口八丁

人を引き連れて定期的にうちの店の前を通る彼。
比較的背丈の大きい彼は目立った。
けど、目立つのは身長だけでなく、整った容姿も一つの要因になっているようで、彼とすれ違った女性が頬を赤らめて振り返る事もあった。

私もその内の一人。
段だら模様の羽織を着た彼がどんな人なのかは知っていた。
それでも彼のスッと見据える目がとても魅力的に思えて、店の前を通る時は必ず最後まで見送ってしまう。

とにかく綺麗だった。
結われた艶のある黒い髪も、スッと通った鼻筋も、鋭い瞳も、私には総てが輝いて見えた。
堂々とした立ち振る舞いなんてそこらの男とは比べようもない程。後ろ姿すら絵になる。

気付いた時にはもう彼に心酔していた。
明けても暮れても彼の姿が頭を占めていて、父親に呼ばれても、客に呼ばれても呆ける始末。
次は何時店の前を通るんだろう?
今度通った時は、少しでもこっちを見てくれないだろうか。
彼の声が聞きたい。話をしてみたい。

完全にこれは恋だった。
きっと悲恋さがこの恋情を余計に加速させたんだろう。叶わないということは分かっている。それでも彼に惹かれてしまった。
仕方ないじゃない。それくらい彼が魅力的だったんだから。自分じゃどうやっても止められなかったんだから。


そんな彼との初の対面は、皮肉にも討ち入りの時だった。

「御用改めである。神妙にお縄につけ!」

大きな声が夜中に響いた。
とうとうこの時が来たと私は歓喜した。やっと彼と対面出来る。あの綺麗な視線が私に向けられる。
今まで決して向くことのなかった瞳に私が映ることが出来る。これを喜ばずにいられるか。

廊下から彼が突き進んでくるのが分かる。
足音が近付く度、怒号が大きくなるに連れて私の心音は跳ね上がっていき、口元からは笑みが零れた。
彼はどんな顔をするだろう?
女相手にも容赦はしない新撰組。
やっぱり無表情のまま斬るんだろうか?それとも鬼のような形相で斬ってくれるんだろうか?
どちらにせよ、彼の表情が見れるだけで私は幸福に感じるだろう。

ガタッと派手な音を立てて障子が開かれた。
そこにいたのは、紛れも無く新撰組副長の土方歳三。
返り血を浴び、段だら模様の羽織は赤く染まっている。頬や手元、刀も真っ赤。一体どれだけの人を斬ったらこうなるんだろうか。その赤が彼から出てきたものでないと思いたい。彼が怪我をするなんて、そんな事あってほしくない。
けれど、そう心配する反面、目の前の景色が絵巻物の一部のように思えた。なぜなら彼のその姿があまりにも綺麗だったからだ。
赤い色が黒い髪によく映えていた。こんな月明かりしかない部屋でも分かるその綺麗さ。これで見納めかと思うと少々名残惜しい。

「……女か。逃げれば斬る」
「逃げも隠れも致しません」

握っていた刀に力を入れ、彼を見据える。
女が刀を握ることがそんなに驚くことなのか、彼はほんの少し目を見開いて押し黙った。
やっぱり評判とは違うらしい。女相手でも容赦しないなんて嘘っぱちだ。だって、目の前の彼は今明らかに躊躇していて、その動揺が表情に出ている。

「残念だな」
「何故?」
「町で見かけたいい女が、まさか長州側の人間だったなんてな」

卑怯な人。
そうやって言えば女がコロッと落ちるのを知ってて言っている。
でも、例えそれが苟且の言葉だとしても、今まで心酔してきた相手に言われればこれ程嬉しい事はない。
ずっとずっと望んできた対面、対話。加えて口説き文句まで言われた――

もう思い残す事はない。




「あれ、何してるんですか。死骸に気遣いだなんて土方さんらしくない」
「……うるせえ」




[2011/02/23]

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