いつも一緒に居た幼馴染。気づけば勇者だなんて大層なものになって、世界を救う旅に出ることになっていた。 時々様子を見に村に帰ってくるものの、すぐに慌ただしく出て行ってしまう。 「行っちゃうんだね」 ほんの少し前までは、彼の無事を祈るために、温かく送り出すつもりでいたのに、いざ出発前になると声ににじみ出る恨みがましさ。それは自分でも嫌な言い方だと思った。 「――ごめん」 けれど、謝りつつも後悔など微塵も感じられない毅然とした顔には、勝手ながらも心底腹が立った。 そしてそれ以上に、胸が痛い。引き裂かれそうなほどの胸の痛みというものはこういう感覚なのかと、知りたくもないのに思い知る。 ……いつもこうだ、と思う。思ってしまう。 いつも自分ばかりが彼を想っている。彼は前ばかりを見ていて、こちらを顧みてはくれない。私のことなんかは細事に過ぎないんだろう、なんて。そんな捻くれた考えが浮かぶ。 そう思うこと自体、世界の命運を背負うという大役を担う彼にしてみれば、いい迷惑に違いない。つまらない女のつまらない感傷など、馬鹿らしいほど小さいことだろうし、煩わしいだろう。単なるわがままだという自覚はある。 世界と私、どっちが大事なの――なんて。口にしていい言葉でもないし、極端すぎる。それでもそんなことを考えてしまうのは私が『女』という生き物だからだろうか。いつも彼に縋るようなことばかり考えてしまう自分がひどく疎ましい。いつから私はこんなにも嫌な女になってしまったんだろうかと考えて、つい目の前の彼のせいにしてしまう自分の身勝手さに気付き、自己嫌悪に陥る。ひどい悪循環だ。 「謝らないでよ」 苛立ち交じりの言葉が口から滑り出る。 本当は彼が謝る必要がないことなんて分かってる。むしろ私が口にするべき言葉だろう。 だからこそ、そう言うことだけで精一杯で、私はそれ以上の言葉を失くし、逃げるように彼から顔を背けた。 そんな私の頬を、彼の手のひらがそっとひと撫でする。ずっと傍にいたのに、気付けばいつの間にか大きくなっていた手。くすぐったい感触にぴくりと肩を揺らすが、私は頑なに彼を見ようとはしない。そんな私に呆れたのか、彼が深く息を吐く音が聞こえた。思わず肩が震える。自分からそんな態度をとったくせに彼に嫌われてしまうのではと恐れている。これを滑稽と言わずして何を言う。 ぎゅっと唇を噛みしめた私の耳朶を、予想に反して穏やかな彼の声がうつ。 「……君がいるから全てを守りたいと思うんだ。それじゃ駄目なのかな」 はっとして背けた顔を振り向かせれば、彼は背中を向けて歩き出していた。淀みのない凛としたその後ろ姿を見つめる視界が、じわりと滲む。 そんなことを言う人じゃなかった。だけど、そんな陳腐な台詞を言わせてしまったのは他でもない私だ。 「……卑怯者」 詰るようにその背中に投げかけた言葉が、ちくりと棘になって胸を刺す。 だけど本当の卑怯者が誰なのか――私は知っていた。 12/05/10 |