高専に入学して3ヶ月。
ここでの生活も慣れてきた。今日も、緑に囲まれて清々しい朝の空気が心地良い。

「あ、なまえ」
「あっ、五条先輩。おはようございます!」

朝一番、玄関で顔を合わせたのはかの有名な五条先輩。今日も朝から透明感がすごい。
誰よりも強くて、面白くて、どこでも目立っていて。高専の先輩はみんなすごいけど、特別という言葉が殊更よく似合う、私の憧れの存在。
……でもなぜか、入学式早々から嫌われている…気がする。

「……はっ、今日も湿気た面」
「えっ…えーと……」
「お、良いもん持ってんじゃん。寄越せ」
「あっ、わたしの朝ごはん…!」

まだ一口しか食べていなかったワッフルが高い位置からひょいっと奪われ、大きな一口でかじりつかれた。
わ、私が口つけてることには躊躇しないんだ…?
動揺している私に見向きもせず、右手をこちらに差し出してきた。

「カフェオレは?」
「……え…ないですけど…」
「買ってきて」
「は…?」
「聞こえなかったか? 買 っ て こ い 」
「……は、はいっ!今すぐにっ!!」

黒いサングラスの奥の目は、笑っているようで全然笑ってない。
突然のドスの利いた声に心臓がキュッと小さくなり、気づけば私は、来た道を引き返すかたちで自販機へと走っていた。
この学校、自販機が少ないのが本当にネックなんだよなあ…!

「あれ、おはようなまえ。どうしたの、朝からそんなに走って」

自販機手前で突然現れたのは、夏油先輩。
五条先輩の大親友なのに先輩とは真逆で、とても優しい女神のような方だ。(もちろん硝子先輩も女神)
夏油先輩と硝子先輩の救いの手がなければ、私は今頃五条先輩に何度消し炭にされていたか分からない。

「夏油先輩!おはようございます。そこの自販機へカフェオレを買いに来ました」
「……悟か」
「……い、いえっ、これは、私が、」
「庇わなくて良い。ここに悟はいないんだし」
「………あはは…はい…」

あぁ、情けない。いつも助けてもらってばかりで、手を煩わせている…。
リュックから財布を出そうとすると、夏油先輩が横からスマートにお札を一枚投入した。

「えっ!?」
「あれ、カフェオレでしょ?ほら、」

行動の意図が読めずに夏油先輩を見上げると、夏油先輩はその長い指でピッ、とカフェオレのボタンを押した。
…もしかして、夏油先輩も飲みたかったのかな?

「ほら、これ持ってて。あと…」

カフェオレを1本私に手渡すと、もう2回、同じ動作を繰り返した。
私の手元にはカフェオレが2本、1本は夏油先輩の手元にある。あ、硝子先輩の分かな?

「…1本はなまえのだからね」
「えっ!私にですか!?」
「悟のお守り代。それだけじゃ安すぎるくらいだけど」
「そんな、悪いです!元はといえば私が…」

私のばか!夏油先輩にお金を出させるなんて、こんなつもりじゃなかったのに…!
朝からもったいなさ過ぎる優しさに目頭を熱くしていると、夏油先輩はよしよしと私の頭を撫でてくれた。

「あんなイカレ野郎に目をつけられて可哀想に。悟が嫌になったら、いつでも私の…
「おいクソ雑魚パシリ!!!!」
「ひぃっ!?」

進行方向からものすごい殺気を感じ、思わずすくみあがって夏油先輩の背後に隠れた。
殺気の主はもちろん…

「ご、ごじょ、先輩、」
「おっせーーーよ!!ワッフル食い終わっちまっただろーが!!!!」
「わ、私のワッフル…!」
「げ…悟、朝ごはんまで盗ったのか?」
「人聞きわりーこと言うな」

うわぁ、めちゃくちゃ怒っていらっしゃる…私、そんなに待たせちゃったかな…夏油先輩と会ってからまだ数分しか経ってないよ…。
でも、あの美しい顔の眉間にものすごい皺が寄っている。このままでは若いうちに皺だらけになってしまいそうな勢いだ。
怖いけど、私は恐る恐る持っていたカフェオレを1本五条先輩へ差し出した。

「あ、あの、これ…おまたせしました」
「……ん」

もう一回くらい怒鳴られることを覚悟していたけれど、案外おとなしく受け取ってくださった。喉、乾いてたのかな。
黙って蓋を開けて歩き始めたので、その後ろを夏油先輩と一緒についていく。
どうやら一旦落ち着いたみたい。ホッと胸をなでおろすと、五条先輩はちらりと夏油先輩を振り返った。

「…なに、傑も買ってもらったの」
「あー……うん、そう
「いえ!カフェオレは、夏油先輩が買ってくださいました!」
「………」
「…はァ?」

いただきます!と言って私もカシュッと缶を開けると同時に、五条先輩は低い声で今度は私を振り返った。
…何かおかしなことを言っただろうか。
悪寒がしたので顔を上げると、なんとも言えない顔をした夏油先輩と、明らかに再び不機嫌になった五条先輩がそこにはいた。

「……っ」
「あ!私のカフェオレ!」
「うるせーばーか!」

目にも留まらぬ速さで私の手元からカフェオレを奪った五条先輩は、そのまま一息に飲み干してグシャリと缶を潰しながら歩き始めてしまった。

「…夏油先輩、せっかく買ってくださったのに…すみません……」
「くくっ…いや、全然。想像以上に面白いなぁ」
「…全然おもしろくありません……」

どんだけ嫌われてるんだ、私…。
今に始まったことではないけれど、さすがに傷つかないことはない…今日も一日頑張ろう。
私は一度だけため息をついて、五条先輩と夏油先輩の背中を追った。



結局始業ギリギリで教室に入ると、七海くんが本を読んでいた。

「おはよう、七海くん」
「おはようございます。今日も朝から大変そうでしたね」
「ん?」
「……いえ、お節介でした」

何の話だろう、と首を傾げていると、ガラリと教室の扉が開き、なぜか先輩たちの担任の夜蛾先生が入ってきた。普段よりも張り詰めているような雰囲気を読みとり、私と七海くんは思わず会話を止める。

「……先日任務に出た××が、今朝息を引き取った」
「………、」
「同期の死亡は、君たち全員、恐らくこれが初めてだろう。…何かあれば、いつでも話しに来い。以上だ」

多くを語らず、先生は立ち去った。
残された私と七海くんは、黙ったまま空席となった彼の席を一瞥し、それ以上、口を開くことはなかった。


お昼休みは、晴れ空の下、気分転換に中庭のベンチでひとりおにぎりを食べていた。
同期が一人亡くなったところで日常に大きな変化はなく、一人前の呪術師になるべく勉学に励む。

「あ、なまえ。…相変わらず辛気くせぇ顔。お通夜かよ」
「五条先輩…」
「…あぁ、実際お通夜だっけ」

今日も、どこからともなくひらりと現れた五条先輩。
どかりとわたしの隣に座り、気付けばかなぜか無断で私のおにぎりを一つ奪って口に頬張っている。…先輩対策で多めに作ってきてよかった……。

「なに、ショック受けてんの?ザコは他人より自分の心配でもしてろ」
「あ……い、いえ、ショックはそんなに…」
「あぁ?」
「呪術師目指してる以上、一応覚悟はしてますし…」
「………ふぅん?」

こんな話興味ないかな、と思い言葉尻を濁してチラリと横を見ると、五条先輩はむしろ口角を上げて続きを促してきた。

「…ただ、私…自分が死ぬ時のことはよく考えてたんですけど、周りが死ぬ覚悟が足りてなかったなって……」
「……なにお前、普段からそんなこと考えてたの」
「そりゃあ。死ぬ時は一人ですから。色々考えてますよ」
「………」

そう言うと、五条先輩はサングラスの奥の目を丸くして私を見た。
というか五条先輩がいっぱい私の話聞いてくれたの初めてじゃないですか?、そう言って空気を変えようとしたとき、むにりと頬肉をつままれた。

「ひひゃひ…」
「……弱ぇくせに、正論語ってわかった口聞いてんじゃねぇ」
「ひひゃひれふ、」
「もう少し足掻け、欲張れよ」
「ほひょぉ、へぅひゃひ…?」
「…それに、お前は死なせない。………俺が、…せない」
「………へ…?」

ぱっと手を離され、やっと解放された頬をさすりながら、思わず聞き返す。
今、五条先輩らしからぬ言葉が聞こえた気がするんですが…。

「……っだから。俺が守ってやるって言ってんだよ!勝手になんか死なせねぇ!」
「……!」

思いもしなかった五条先輩の言葉に、今度は私が目を丸くした。
弱者に興味なさそうなあの五条先輩が、こんなこと言ってくれるなんて…!私、おにぎりに変なもの入れてたかな…!?
曲がりなりにも憧れの先輩に突然こんなことを言われて、私は自分の顔どころか両耳まで熱くなるのがわかった。

「いっ…いえ、私は大丈夫です!五条先輩は最強なんですから、その呪術を非呪術師の一般の方々のためにお役立てください…!」
「………っはぁ?!」
「わ、わたしも別に、死にたいと思ってるわけではないので…!死なないよう、がんばります!」
「…………」

照れてるなんてバレたら、恥ずかしくて顔を見れなくなってしまいそうだ。
きっと五条先輩は私を励ましてくれているんだ。
それなのに真に受けてしまったら、笑われるか、最悪引かれる……上手くごまかせたかな、と、五条先輩を見上げると…なぜか、青筋を立てて私を睨んでいた。

「……っくそ!おい、メロンパン買ってこい!」
「ま、まだ食べるんですか?!」
「甘いもんがまだだろうが!」

あ、今日はデザート用意してなかったから…!それで機嫌を損ねちゃったんだ。
らしくないことを言うからびっくりしたけど、よかった、いつもの五条先輩だ。

「はいっ、とびきり甘いもの買ってきますっ」

そう言って私は、熱くなった顔を冷ますべく、購買へと走り出した。



「……日頃の行いが祟ったね、悟」
「…意味わかんねぇ」


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