人間になってからというものの、一向に元のネコの姿に戻る兆しはない。

それどころか、服だけじゃなくて食器や歯ブラシ、スマホ…ゴジョーはネコのときより更に多くのものをわたしに与えてくれた。
お金が勿体ないと訴えたけれど、ゴジョーは『僕お金持ちだもん』と言って、全然聞く耳を持ってくれなかった。
寧ろ使わない方が勿体ないくらいのお金を持っているらしい。それに、わたしに何かを選ぶゴジョーはなぜかいつも楽しそうで、それ以上は何も言えなくなってしまった。

あの日から更にゴジョーは忙しそうで、今回は数日帰ってきていないけれど、今日はそろそろ帰れそう、とメッセージが届いた。
まだ慣れない手付きで『きをつけてね』と返し、目の前の映画の続きに目を向ける。

この身体になったわたしには、ゴジョーと同じ「呪術師」の力が身についたんだと説明された。
ゴジョーの力になれるならやってみたいと伝えると、ゴジョーは悩んでいたけれど、いつまでも隠しておくよりは…と、私に修行をつけてくれることになった。
……とはいっても、呪骸と呼ばれたぬいぐるみのツカモトを寝かしつけながら、大量の映画を見る修行。寧ろツカモトに修業をつけてもらった気分。

「人間の生活も勉強できて、一石二鳥だけど」

ツカモトはぐっすり寝ていて、返事はない。
最初は殴られてばかりで大嫌いだったけど、今となっては可愛いと思うようになった。(初めて顔を殴られたときのゴジョーの悲鳴が面白かった)
わたし、才能あるのかも。ツカモトをソファに寝かせると、私はキッチンへと向かった。




「ただいま!!!!」
「わっ!」

目の前で流れる物語が佳境に入ろうとしていた矢先、真後ろから大きな声が聞こえたと同時に両肩をぽんっと叩かれ思わず飛び上がった。
慌てて振り返ると、そこにはいつのまに帰宅したのか、満足げなゴジョーが立っていた。

「ゴジョー!びっくりした…」
「さすがなまえ。もう呪力をものにしたようだね」

さすがは僕の生徒!と、すごい勢いで頭を撫でられる。
お出迎えできなかったのは悔やまれるけど、すごい集中力だったよ、と褒めてくれた。

「どう?この映画面白かった?」
「うん、面白かった。……あ、ゴジョー」
「なに?」
「おかえりなさい。ごはんにする?お風呂にする?それとも、わ
「なまえ!?!?」

目にも留まらぬ速さで、大きな手に口をふさがれた。
びっくりしてゴジョーを見上げると、ゴジョーは天井を見上げていて顔が見えない。なんだか肩が震えている。

「悠仁をからかうために入れてたAV、抜くの忘れてた……」
「?」

教育に悪い!と言いながら、ゴジョーはピンク色のケースを力いっぱいゴミ箱に叩きつけた。
とりあえず、先ほどのお出迎えは間違っていたみたい。次からは気をつけよう。
気を取り直しておかえり、と言い直すと、ゴジョーはただいま、と返してくれた。

「…えっ やだ、いい匂いがする!もしかして本当にご飯準備してくれたの!?」
「え、だってゴジョーが食べたいって言ったんだよ」
「言ったけど、まさか本当に作れるとは…」
「お荷物と上着、片付けてあげるから貸して」
「………なんだか僕たち、新婚さんみたいだね」
「誰それ?」

シンコンサン。
知らない人の名前に首を傾げると、ゴジョーはなんでもないよ、と言って私に上着を預けてくれた。(どうしていつも何も持ってないんだろう)
おうちにあるもので作ったから簡単なものしかできなかったけど、パスタを茹でて、ポトフとサラダを作ってみた。
すごいすごい、とキッチンでつまみ食いしているゴジョーを横目に見ながら、預かった上着に顔を埋める。

「ふふ、ゴジョーの匂い」
「……っこら、はしたないでしょ!」
「つまみ食いもはしたないでしょ?」
「……少し会えなかった間に、言うようになっちゃったね…」

ミニトマトをもぐもぐしながら悔しそうにするゴジョーがなんだか可愛くて、私は思わず顔を緩めて寝室へ向かった。



お風呂にも入ってすっきりしたゴジョーは、嬉しそうに私が作ったご飯を一緒に食べてくれた。
目隠しもサングラスもとって、髪の毛がぺちゃんこになったゴジョーが美味しそうにご飯を食べているのは、いつもより子どもみたいでこれも可愛い。

「これ、本当にあのわけわかんない料理映画見ながら作ったの?めちゃくちゃ美味しいよ!」
「本当?人間の舌に合ったならよかった」

ゴジョーがいない間に練習したお箸も、だいぶ使えるようになった。
見てみて、とゴジョーに見せれば、おお!と声をあげて喜んでくれる。

「なまえはさ、未だに自分がネコだと思ってるみたいけど…修行も頑張ってるし、言葉や文字も覚えて、もはや立派な人間だ。…半分呪いみたいなものだけど」
「そうなのかな」
「だからね…明日はぼくと、高専にお出かけだよ!」
「ゴジョーと…お出かけ?」

実はわたしは、ゴジョーに拾われてからずっと外に出ていない。
というのも、ゴジョーの家はものすごく高いところにあってネコの体ではベランダに出るくらいしかできなかった。
人間になってからも、二人で話し合って修行の間も家から出ることはなかった。(一方的にゴジョーが首を振らなかっただけ)

「さすがにそろそろ上がうるさくてね…特級呪物を取り込んだ生き物がまた増えたーって。僕の生徒とか、会ってもらいたい人もいるし」
「ゴジョー以外の人間」
「こーんな可愛い子が呪物取り込んだなんて聞いたら、あいつらどんな顔するかなぁ…」
「緊張するなぁ」

会話が噛み合ってない気がするけど、私の頭はそれどころではなかった。
ゴジョー以外の人間と会ったことはおろか話したこともないのに、上手くできるだろうか。
…あ、でも呪力で殴り合うなら、ちゃんとできる気がする。
思わず拳を開いたり閉じたりしていると、ゴジョーはビシッと私を指差した。……指をさすのは無礼じゃなかったっけ。

「よし、じゃあ練習してみよう!なまえに質問です」
「はい」
「名前は?」
「なまえ」
「どこに住んでるの?」
「ゴジョーのおうち」
「五条先生とはどんな関係?」
「ペットと飼い主」
「あーーー……ちょっとストップ」

なにか変なことを言っただろうか。
ゴジョーは目頭を抑えて天井を見上げている。今日2回目だけど、この行動はなんの意味があるんだろう。
試しに私も一緒になってなんの変哲もない天井を見上げていると、パン、と大きな音で手を一度叩いたから、思わずゴジョーに視線を戻した。

「まぁいっか!なまえは僕のかわいいペットだもんね!」
「?そうだよ」

じゃあ次の質問〜、と、いろんな質問を投げられる。
好きな食べ物、好きな色、好きな場所、今日起きた時間、行ってみたいところ……人間になってからまだ短いし、ゴジョーの家から出たことがないから意外と答えるのが難しかった。
洗い物をしたり歯を磨いたりしている間もゴジョーからのいろんな質問に答えているうちに、随分と時間が経った。

「わ、もうこんな時間だ。明日は早起きだからね、もう寝よう。……じゃあ、最後の質問」
「ん」
「なまえの一番好きなものは?」
「ゴジョー!」
「…っあはは、上出来。合格だよなまえ!」

じゃあ寝ようか、と手を差し出され、思わず握って寝室に向かう。
初めて握ったゴジョーの手は大きくて、少しひんやりしていて、人間にならないと知ることが出来なかったんだと思うと、元の姿に戻るのが惜しくなった。

「じゃあゴジョー、私からも質問」
「いいよ、なぁに?」
「………明日、何食べたい?」
「!」

ぎゅうっと握る手に力を込めれば、するりと長い指が絡んでくる。
あぁ神様、願わくば明日も、この姿でゴジョーと一緒にいられますように。


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