※ものすごくファンタジーです。
※時系列は、少年院の1件がおわり、悠仁が生き返った直後あたり。



わたしはゴジョーサトルのペットの猫。

気付いた頃には道端にボロ雑巾のように泥の中に転がり、身ぐるみ一つで捨てられていたわたしは、たまたま現れたゴジョーに拾われた。あまりの浮世離れした雰囲気に最初は天のお迎えだと思ったけど、ゴジョーは実在する人間だった。

一緒に暮らし始めてから、ゴジョーはこの上なくわたしを可愛がってくれている。
おいしいごはんやたくさんのおもちゃを与えられ、ゴジョーが家にいるときは必ず一緒にベッドで眠る。ゴジョーはとても忙しい人間のようで、家にいないことが多いし 一緒に過ごせる時間は少ないけれど、私はゴジョーのことが大好きだ。

ゴジョーからもらったなまえって名前も、ゴジョーの大事な人の名前らしい。
それ以上の話は聞いたことがないし、見たこともないけど、きっと素敵な人間だ。だって私の名前を呼ぶときのゴジョーは、いつもおやつみたいに甘いお顔をするから。

「ただいまー」
「にゃあ!」
「わっ…あはは、ただいまなまえ。最高のお出迎えだね」

今日は久しぶりに、ゴジョーがおうちに帰ってきた。
気配を感じ取り玄関で待機して、扉が開くと同時にぴょんと飛び上がってお出迎えすると、サングラスの奥にある目元までくしゃっとして嬉しそうに笑った。

「!!」

久しぶりに会ったゴジョーの足元にすり寄ろうと一歩近づいた途端 悪寒が身体を駆け巡り、思わずゴジョーから飛び退いた。
私の反応にゴジョーまで驚いたのも束の間、からからと笑いながら謝罪の言葉を口にした。

「あー…この呪物のせい…かな?持って帰ってきちゃってごめんね。すぐに伊地知に回収に来させるよ」

スッと懐から取り出されたのは、小さな木箱。
…確かにその箱からは何か不快なモノが滲み出ていて、わたしの本能をくすぶってくる。本能が、それを早く壊せと言っている気がする。
ぜひ早くどこかに放ってほしい。

「やっぱり動物はこういう呪いに鋭いのかな…緊急事態とはいえ、なまえがこんな反応するなら無理してでも別のやつに回収させればよかったよ」
「……」

でも大事なものなんだ、ごめんね、と電話を片手にリビングへ向かう飼い主の背中を見つめる。
…別に、謝らせたいわけじゃなかったんだけれど。
言葉が通じないのは、もどかしい。もやもやした気持ちを抱えたまま、私はご主人の背中を追った。


「…コレ、あと1時間は取りに来てくれないみたい。なまえ、ごめんだけど少し我慢してね」
「にゃあ」
「ん、いいこいいこ」

電話を終えたゴジョーは、その長くて細い指先で、首の気持ちいいところを撫でてくれた。ゴロゴロと喉を鳴らせば、ゴジョーまで嬉しそうに笑いながら、パタパタと襟元を仰ぐ。

「今日はちょっと動いたから気持ち悪いな…少しシャワー浴びてくるね。……それ、触っちゃだめだよ」
「にゃ」

言うが早いか、ゴジョーは上着を脱ぎながら脱衣所へと消えていった。
……あんな変なもの、頼まれたって触りたくない。
今日はこのままベッドで入眠コースかな。就寝前の水を飲んでおこうと踵を返したとき、先ほどの「ジュブツ」と呼ばれたおかしな物体がカタカタと音を立て始めた。

「!?」

驚いてそちらへ向き合うと、その物体は確かに光を放ちながらふわふわと浮いている。…どうやら、この家から離れようとしているようだった。
でもこれは、ゴジョーが『大事なもの』だって言ってた!

「、っ!」

だめ!と言って思わずその箱に飛びかかると、それは突然激しい光を放ち、わたしの体まで飲み込んだ。
あまりの眩しさにぎゅっと目をつむると、いつものゴジョーには似つかわしくないバタバタとした足音と乱暴に扉を開く音、大きな声が聞こえた。

「なまえ!!」
「にゃ、……っ!」

光に包まれ、体に激痛と熱が走る。受け身が取れないまま、床に体が叩きつけられる。
しばらくの間、激痛と熱に耐えて震えていると、ゴジョーが駆け寄ってきた。

「………なまえ…?」
「ぅ……ご、ごじょー……ッ、ん?」

え、なに、今の声??喉に、チリチリと電撃のようなものが走ったような感覚。

驚いて目を見開き顔を上げると、至近距離でこちらを覗き込むゴジョーがいた。珍しく何にも覆われていないその綺麗な澄んだ瞳には、見たことのない人間が映り込んでいる。

「やっぱり…なまえ……なの?」
「…え、どうして……わたし…ニンゲンに…?」

お互い状況が飲み込めていない。
珍しく取り乱した様子のゴジョーと、激痛と身体の違和感で感覚が鈍っているわたし。

「ぁ…ご、ゴジョーの、だいじなものは?」
「あー……呪物なら、なまえのナカに、」
「…わたしの?」

指をさされた自分の身体に視線を落としたけれど、目の前には肌色の身体ひとつ……胸、お腹、両足…わぁ、わたし、本当にニンゲンの体になってる!
というか、ジュブツはどこ??首を左右に振りながら自分の身体をしみじみ観察し、ところどころ触ってふにふにとした感触を確かめていると、ゴジョーが今日2回目の大きな声をあげた。

「なまえ!とりあえず服を着ようか!!」
「??」

よくわからないけれど、ゴジョーが言うならそうする。私は首を傾げながらも頷いた。



ゴジョーは広いクローゼットから1枚選んで、私に服を与えてくれた。
着替えている間にだんだんと身体の痛みもほとんど消えていき、ゴジョーがシャワーを浴びている間に広い部屋を駆け回っているうちに、二足歩行や発声など、ニンゲンの身体の構造にも慣れてきた。

そして今、やっと落ち着いて二人でソファに腰をおろしている。左に座るゴジョーの視線が普段よりも近くて、なんだか胸のあたりがくすぐったい。

「ゴジョー。これ、ありがとう」
「いや、寧ろサイズが合う服がなくてごめんね……っていうかぼくのこと、五条って呼んでたのね…」

わたしがニンゲンになってもやっぱりゴジョーは大きくて、与えられたフクも同様だった。
腕や首、いたる部分の布が余っているけど、とっても嬉しい。
そして何より、こうして言葉を交わせることが何よりも嬉しかった。

「それよりもなまえ…本当に、あの猫のなまえなんだよね…?」
「うん、そうだよ。あのなまえなんだけど……」
「そう、だよな……」

信じてもらえているだろうか。
現に自分自身、なぜこうなったのか、本当に自分であるのか、全く説明ができない。
思わず言葉尻を濁し居心地の悪さを感じていると、ぽん、と頭に優しい感触が降ってきた。

「僕のこの目で見てるんだ。信じるよ。実際なまえは、あの呪物を身体に取り込んじゃったからね…この姿になったのは、その影響」
「えっ…ゴジョーの大事なものを、わたしがとっちゃったってこと?」
「まぁ、そういうことだけど……身体はなんともないんだよね?何か声が聞こえたり、違和感はない?」
「うん、今はなにも……」

自分の両手を眺め、ソファから浮いている両足をバタつかせ、服をめくって見せようとしたところでゴジョーに止められた。

「まあ、見事に混じっちゃってるからね…色々あるけど一旦は問題なし!それに僕は、なまえとお話ができるなんて嬉しいよ」
「ゴジョー…」
「大丈夫、僕に任せて。なまえは僕の大事なパートナーなんだから。絶対、悪いようにはしないよ」

あまりにも優しすぎるゴジョーに、なんだか目の辺りが熱くなってきた気がする。視界が滲んできた。
これは……無意識に手で目をこすると、ゴジョーがその大きな手でわたしの頭を撫でてくれた。

「元々美人さんだったけど…こーんなに可愛い子だったなんて知らなかったな。ほら、泣かない泣かない!」
「……ん、ゴジョー、わたし、こっちがいい」
「、っ!」

ゴジョーの細くて堅い手首を両手で掴み 首元に導く。ゴジョーの手が驚いたようにぴくりと小さく跳ねた気がしたけれど、続きを期待してゴジョーを見つめた。

「いや…まいったなぁ…」
「ん、」

ゴロゴロ喉が鳴らないのは不思議だけれど、人の肌と肌が合わさる感触は目新しくて心地が良い。

「ゴジョー、こんな姿になっても、一緒にいてもいい?」
「もちろんだよ!寧ろ僕からもお願いしたいな」
「ゴジョー、だいすき」
「わっ、」

これからもよろしくね、の気持ちを込めてゴジョーの顔を覗き込むと、その高い鼻に、自分の鼻をちょん、とくっつけた。

「なまえ!?今のは!?」
「これからもよろしくね、の挨拶」
「………この挨拶、僕とだけにしてね」

他の人間にやったらだめだよ、と少し怖いくらいの声で圧がかかり、思わず反射的に頷いてしまった。
そうか、今のわたしは人間だから、ネコの挨拶は控えたほうが良さそうだ。

「んー、伊地知にはなんて言おうかなー」

これから大変になるぞ―、と、ゴジョーは伸びをする。
思わず真似をして私も伸びをすれば、ゴジョーはあはは、とまた楽しそうに笑っていた。

神様、願わくばもう少しだけ、この姿でゴジョーと一緒にいられますように。



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