今日は待ちに待った、京都校との交流会当日。
わたしは参加しないけど、お祭りだからってゴジョーが連れてきてくれた。(お祭りではないと思う)
そのゴジョーに頼まれて、わたしは一人、地下で待っているユウジを迎えに来ている。ユウジはこの前の任務で酷い目に遭ったと聞いているから、少し心配。地下に踏み入れた一言目は、努めて明るく声をかけた。

「ユウジ、お疲れサマンサ!」
「わ!?!?…なまえ!おはよ!」
「迎えに来たよ」
「おっ、やっと出れるな」

久しぶりに会えたユウジは、思っていたより元気そうで、少し安心した。
それでも立ち上がって伸びをするユウジは、この前会ったときから雰囲気が変わって、大きくなったようにも見えた。確実に、強くなってる。

「メグミとノバラに会ったよ」
「二人とも元気そうだった?」
「うん。早くユウジにも会ってほしい」
「…だな!」

靴紐を結び直したユウジに、行こう、と言って手を差し出すと、『えっ!?』と面白い声が返ってきた。
どうしたのか分からず振り返ると、あー、とか、えっと、と言いながら、行き場のない手が空中を行ったり来たりしている。わたしの手をとるか、悩んでいるようだった。

「手ぇつなぐの?!」
「ごめん、ゴジョーがよくやるから、つい…」
「…じゃあ、よろしくお願いしまっす!」

ユウジが頭を下げて、勢いよくぎゅっと手を掴む。ゴジョーのとは違う、あったかくて大きな手。太陽みたいで好き。
私もぎゅっと握り返して階段を登ろうとした途端、がぶりと音がしそうな感覚が掌を襲った。

「ん?」
「あっ!?宿儺!?!?」

見ると、ユウジの手に現れたスクナの口が私の手にがぶりと噛み付いていた。歯が食い込んで、血が出ている。

「…あ、スクナもおはよう。無視してごめん」
「いやいやいや!平然としすぎ!!おい宿儺、何やってくれちゃってんの?!」
「ふん。手を繋ぐくらいで騒ぐな小僧」

慌てて手を離そうとしたユウジの手をぎゅっと掴んでスクナに挨拶すると、フン、と鼻で笑っただけで、すぐに消えてしまった。…なんだったんだろう。
道中、スクナの代わりにユウジがものすごく謝ってくれたけれど、ユウジは悪くない。噛まれたところも、見た目の出血に反して全然痛くなかった。

「五条先生、絶対怒るだろ…」
「…ゴジョーには内緒にしよう」
「え!?いいんかなぁ…」
「バレなきゃ大丈夫。…あ、この部屋だよ」

まだ他の人にユウジを見られるわけにはいかないから急いで扉を開くと、長い足を放り出してソファに座るゴジョーと、スーツを着た知らない男の人が新聞を読んでいた。

「五条先生!ナナミン!おはよう!」
「おはよう悠仁〜…って手なんか繋いじゃって。青春だね、青いね〜」
「そ…そういうんじゃねぇから!!…っていうか早くみんなのとこ行こうぜ」

入室して数秒、あっという間にゴジョーとユウジのコントが始まってしまった。
ひとまず二人は放置して、まずは挨拶すべくナナミンと呼ばれた男の人に近づくと、無言で冷たいオレンジジュースを差し出された。

「ありがとう、ございます…あの、初めまして」
「………はい、はじめまして、ですね。なまえさん」
「えっと…ナナミン?」
「…七海健斗です。よろしくお願いします」

バサリと音を立てて読んでいた新聞を畳むと、静かにコーヒーに口をつける。…大人って感じだ。ユウジと二人ではしゃいでいるゴジョーとは大違い。

「…ナナミは、ゴジョーの先輩?」
「ぶっ………逆、です」
「えっ!?うそ…」

思わずびっくりして声をあげると、ナナミは顔を背けて小さく震えていた。…もしかして少し笑ってる?
怖い人なのかと思ったけど、案外そうじゃないのかもしれない。つられてわたしも、ふふっと声を漏らして笑った。


◆◆◆


ナナミと別れたわたし達は、大きな台車を押しながらみんなとの集合場所に向かっている。

「ユウジ、大丈夫?ここから先も、結構揺れると思う」
「俺は大丈夫だけど…なまえこそ重くない?大丈夫?」
「問題ないよ。ユウジ軽いもん」
「軽くはないだろ…」

わたしが押している台車には、ユウジが入っている。
みんなを驚かせるぞーって言いながらこの箱に入れられていたけど、わたしはちょっと不安。わたし達の前を歩くゴジョーが鼻歌を歌うくらい上機嫌なのも不安。
複雑な面持ちでしばらくゴジョーを追っていると、遠くに見知った顔が見えてきた。

「おまたー!」

ゴジョーの大きな声に、全員がこちらを振り返る。
げんなりした顔をしているノバラやマキにおはよう、と無言で手を振ると、ニヤリと笑って振り返してくれた。続けざまに「なんだよそれ」と言わんばかりに台車を指差されて、なにも言えずに苦笑を返す。

その間にハイテンションのゴジョーは京都校の人たちにお土産を配り終え、そのままのテンションでこちらに近づいてきた。なんとなく無言で離れて、ノバラたちの隣に避難する。

「東京のみんなへのお土産は、こちら!故人の虎杖悠仁くんでーす!!」
「はい!オッパッピー!!」

誰もついていけないハイスピードな展開と突拍子もないユウジの登場に、わたしの周りは一瞬で見るにたえない空気に包まれた。
互いに温度差がありすぎる状況に当のユウジも固まっていて、いつも通りなのはゴジョーだけだ。

(……どうしよう)

想像以上に収拾のつかない展開。怖くて、隣にいるメグミとノバラの顔を見ることができない。
助けてゴジョー、とゴジョーを見るものの、ヤガ学長たちに捕まっていて、助けて貰えそうにはなかった。そして視線を戻すと、ユウジはわたしに助けを求めている。

「……虎杖、なまえ…」

沈黙を破ったのは、ノバラの低い声。
恐る恐るノバラを見ると、若干潤んだ目でわたし達を睨んでいた。

「…何か言うことあんだろ……」

半泣きのユウジと顔を合わせて互いに頷き、二人で謝罪の言葉を口にした。

「「……生きてたこと、黙っててすみませんでした…」」

この三人がまた会うときその場にいられたら、と思ったけど…思い描いていた感動的な再会とはかけ離れすぎる結果になってしまった。
少し泣いているノバラの頭を撫でると、怒っているけど振り払われることはなくて、嫌われたわけではないことに安心する。

「ごめんね、ノバラ」
「…どうせあの先生に巻き込まれたんでしょ」
「うん」

でも、ごめん。と謝ると、ノバラはぐいっと涙を一度だけ拭って、わたしのほっぺを軽くつまんだ。

「……渋谷のフルーツ山盛りパフェ」
「ぱふぇ?」
「今度の休みに付き合ってくれたら、許す」
「…!わかった!」

わたしの返事を聞いたノバラは摘んでいたわたしの頬を離すと、約束よ、とニヤッと笑った。
ノバラの機嫌がなおった様子に安心したのか、少し離れてこちらを見ていたユウジとメグミも一回ずつわたしの頭を撫でると、先輩たちの方へ足を向けた。

「なまえ、あたしたちが圧勝するとこ、しっかり見てんのよ!」
「…絶対勝つ」
「頑張ってくるからさ!」
「うん。みんな、いってらっしゃい」

作戦会議のため、別の建物へ向かったみんなを見送っていると、ヤガ学長に羽交い締めにされていたゴジョーが背中に回って泣きついてきた。

「なまえー!夜蛾学長に乱暴されたー!」
「ちょっと、その猫撫で声やめてよ気持ち悪い…」
「ゴジョー…」

巫女のような服装をした女の人に軽蔑の目を向けられている…すこし情けない。
ゴジョーと女の人の間に挟まれるかたちで居心地の悪さを感じているわたしをじぃっと眺めていた女性は、口を開いた。

「………なまえよね?」
「よくぞ聞いてくれました!この子は僕のペットのなまえだよ。歌姫みたいにならないように僕がしっかり育ててるの」
「失礼なやつね、まだ何も聞いてないわよ!…京都校の庵歌姫よ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「…コイツに変なことされたら、絶対に相談するのよ」

ゴミを見るような目でゴジョーに一瞥をくれたあと、ウタヒメは学長たちを先導して行ってしまった。
一息ついたゴジョーは、わたしの背中から離れて手を差し伸べてきた。

「僕たちもいこっか」
「うん。……っ、?」

突如、後ろから何かに引っ張られるような感覚が、わたしを襲った。同時にスクナに噛まれた右手がズキリと痛む。
思わず足を止めて後ろを振り向いたけど何もいないし、さり気なく盗み見た掌の噛み跡にも、何も起きてない。

「どうしたの?」
「……忘れ物ないかなって確認しただけ」

なかなか手を取らないわたしを振り返ったゴジョーは、何も感じていないみたいだった。
テンゲン様の結界で、何か起きた気がする。そういう感覚だ。
だけどゴジョーにはあまりテンゲン様の話をしたくないから、咄嗟に誤魔化してしまった。

「ほんとに?どこか痛いとか、体調悪いんじゃない?」

結界への違和感に呼応するように、ジクジクと、掌が痛む。
正直に言った方がいいのかもしれない。だけど、ゴジョーはスクナのことになると少し怖い顔をするし、何より、テンゲン様の名前を出して、また悲しそうな顔をしてほしくない。

「なんともないよ、大丈夫」
「…無理しないでね」
「うん。ありがとゴジョー」

まだ少しわたしを疑っているゴジョーの手を握って、ウタヒメ達の後を追う。

初めて、ゴジョーに嘘をついた。

掌じゃなくて、胸のあたりがジクリと痛む。
こっそり後ろを振り返ったけれど、結界にはなんの異常も見えない。胸のうちに色んなわだかまりを抱えたまま、わたしはその場を後にした。


◆◆◆


ウタヒメに着いていった先の部屋で、わたしはなぜか、新たに紹介されたメイさんという女性に迫られている。
ゴジョーはウタヒメと話があるからと、席を空けてしまった。この部屋には今、わたしとメイさんの二人きりだ。

「…五条くんはね、昔から女性にモテていたんだよ。火遊びしすぎて、女に刺されそうになったこともあったね」
「えっ!?」

ゴジョーと昔からの付き合いだと言うメイさんに興味本位でゴジョーの昔話をせがむと、開口一番、とんでもない話が飛び出てきた。
予想外のエピソードにびっくりして返事に困っていると、楽しそうに笑ったメイさんが、ゆらりと距離を詰めてきた。

「…あんな危ない男はやめて、私のところに来ないかい?悪いようにはしないよ」
「あの、で、でもわたし、ゴジョーがいい…」

ゴジョーの席の隣に座っているわたしの背もたれに手を着いて見下ろされている。
さながらこの前恋愛映画で見た『壁ドン』をされているみたいだけど、こんな捕食されそうな壁ドンはないと思う。
半ば怯えながら首を振ると、顎をくいっと掴まれて逃げられない。なす術もなく震えていると、ちょうどよく扉が開いてゴジョーとウタヒメが帰ってきた。

「ちょっと冥さん、なまえに何してるの」
「ご、ゴジョー、たすけて」
「おや、もう王子様が帰ってきてしまったね」

メイさんはゴジョーを挑発するようにクスクス笑いながら、私の頭を撫でた。
……いや、わたしを撫でているようで、わたしのことは見えてないような…?

「五条くんの弱点…しかも猫又の器、加えて愛らしい外見……呪術界でオークションに出すと、いくらになるかと思ってね」
「僕のなまえを売ろうとしないでくれるかな!?」
「ふふ…」

メイさんとゴジョーに挟まれて、椅子の上から降りられない。二人とも大きいから、ちょっと怖い……いや、今はそれどころじゃない。

「ゴジョー、女の人に刺されそうになったってほんと…?」
「ちょっと冥さん!何話したの?!」
「あらー、本当のことじゃない」
「歌姫うるさい」

気にならないと言えば嘘になるけど、昔の話だから、それは目をつむった。
それよりも、昔のゴジョーを知らないのはこの場ではわたしだけだということの方が、少し寂しかった。
わたしの反応を見て何を思ったのか、ゴジョーはわたしの前に膝をつき、両手を握って真剣な顔で一生懸命語りかけてきた。

「なまえ、今はそんなこと有り得ないからね!昔の僕はちょっとGLG(グッド・ルッキング・ガイ)だからって調子に乗ってたかもしれないけど、今は大事ななまえがいるし、刺されるようなことなんてないない!僕、教育者でもあり最強だから!」
「必死過ぎてキモい。本当、なまえさんのことになるとあんたって…」

なまえさん、という呼ばれ方に違和感にを覚えて首を傾げると、口を手で抑える気まずそうなウタヒメと目があった。

「ウタヒ
「歌姫」
「……ごめん」

わたしが声をかけるのを遮るように、ゴジョーがウタヒメを呼んだ。
何が何だか分からずゴジョーを見上げると、何も言わずにわたしの頭をぽんぽん、と撫でてくる。

「ゴジョー、誤魔化した?」
「…うん。今は誤魔化されてよ」
「……わかった」
「いい子」

ゴジョーがそう言うなら、そうなんだ。これで何度目か分からない言葉を、自分に言い聞かせて頷く。
タイミングよく扉が開き、学長たちが入ってきた。ふと目があったヤガ学長が、不自然に目をそらす。
きっとこの高専には、わたしの知らないわたしの何かが隠されている。そして多分、それを隠しているのは他でもない、わたしの隣に座っている、ゴジョー。

「ゴジョー」
「なぁに、なまえ」
「…ユウジたち、勝つといいね」

目の前のモニターに、ユウジたちが映る。交流戦の開始が近いことを伝えていた。

「もちろん勝つさ。この僕の生徒だからね」

ニヤリと不敵に笑ったゴジョーは、純粋な子どもみたいな顔をしていた。


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