頭は悪くないと思う。
呪術師としての技量も、そこそこあると思う。
外見の良し悪しはわからないけど、性格はそこまで悪くはないと思う。

「どうしたものか…」
「お疲れさまですなまえさん。コーヒー買ってありますよ」
「優しくしないで伊地知さん…好きになっちゃう」
「はい!?」

…性格はそこまで悪くはない、と言うのは、少し語弊がある。
生まれついてのこの惚れやすい性格は、明らかにわたしの汚点だった。
おまけに男運も悪い。
だから大人になるにつれて、異性とは距離をとるよう心掛けてきた。だめな時は、だめだったけど。

「性格は、硝子さんの反転術式でもなおらないんだよ…」
「なまえさんは十分素敵な方だと思いますよ」
「伊地知さん、好きになっちゃうからやめてってば」
「さすがに冗談ですよね…?」

地味に傷つくから引かないでほしい…。
私だって節操がないわけじゃない。既婚者や彼女がいる男の人に惚れたりはしない。そのあたりの線引きはできる。
ただ、呪術師は職業柄が故にフリーの人間が多すぎる。イカれた人は多いけど、根っからの悪人はいないからこそ、みんな良い人で困るのだ。
だからこそ周りと距離を置きたいわけでもなく、面倒なことに私はどちらかと言うと寂しがりに分類される人間。
特定の要注意人物さえ回避していれば、きっといつか、良い人と出会えるはず…。
悩んでたら、お腹が空いてきた。
晩御飯はどうしようかと考えていると、伊地知さんのスマホが鳴った。

「…はい、伊地知です。あ、五条さん」
「……げ…」

聞こえてきたのは、呪術師界隈で私が要注意人物のなかでも特級に位置づけている男の名前だった。
五条先輩…もとい、五条さん。
高専のときから目立っていた。顔良し、家良し、何より最強。
周囲から性格は悪いって言われてたけど、よく見ていると日常の礼儀作法は丁寧で綺麗だし、上層部以外への物腰は柔らかい。人より少し斜め上ってだけで、普通に優しいと思う。(硝子さんに話したら、脳の異常を疑われた)

色々あって歳を重ねて余計に丸くなった五条さんは、もはや目を合わせただけで好きになる自信しかない。目はいつも布で見えないけど。
そして五条さんを好きになった私の末路はわかりきっている。
相手にもされないだろう。
それどころか五条悟に玉砕した女として呪術界の笑い者になり、本当に貰い手がいなくなる…20代も折り返そうとしている手前、こんなタイミングで自ら失敗しに行く余裕はない。
自らの恐ろしい妄想に震えていると、電話を終えた伊地知さんが申し訳無さそうにミラー越しに視線を投げてきた。

「なまえさんすみません…道中で五条さんを拾います……」
「決定事項なんですね…」

ジーザス。
電話が来た時点でなんとなく覚悟していたけれど、久しぶりに五条さんピンチが訪れた。
しかも伊地知さんがいるとはいえ、今回は車内という密室…。

「……私も目隠ししようかな」
「はい!?」
「…いやでも、ドジって触れた途端に求婚しかねないからやめておこう……」
「……(なまえさん、疲れてるなぁ…)」

伊地知さんの真後ろ、後方座席の隅で身体を小さくして、私はさっき想像したお先真っ暗な未来を反芻し続けることで、自分に呪いをかけた。


◆◆◆


しばらく車を走らせた六本木の大通りに、五条さんは立っていた。シンプルな服装、しかも顔の半分が隠れているのに、漏れ出るカリスマ的なオーラが街に映えてる。
彼はすぐにこちらに気付いて、長い身体を折り曲げて隣に乗り込んできた。

「あー疲れたー……って…なまえ!久しぶりだね〜」
「お疲れさまです五条さんお久しぶりです」
「いやぁ会わないもんだねー、元気だった?」
「はい元気です」
「…それ、何してるの?」

失礼を承知で顔を見ないように両手で目を覆いながらなんとか答えてみたけれど、やっぱり突っ込まれた。

「目の、マッサージを…今日の任務で、酷使したので……」
「そっか、なまえも頑張ってるんだねー」

ハイ、と短く返事をしてマッサージに勤しんでいると、五条さんも黙ってしまった。
つまらない人間だと思われたかもしれない。これはこれで寂しいけど、過ちを犯すよりマシだと自分に言い聞かせた。

…というか、私の名前を忘れられていなかったことに今更ながら驚きです。
高専からの知り合いとはいえ、特に卒業以降は可能な限り会わないよう避けていたし、他の術師に比べて接点も少ないはずだけど…まぁ呪術師って多くはないからなぁ…。
しばらく気まずい無言の時間が続いてマッサージも限界を迎える頃、五条さんが再び口を開いた、

「なまえ、ご飯行かない?」
「……今からですか?」
「うん」

…五条さんとご飯!?
なんとか平常な声色で返事をしたけど、頭の中は火山が爆発しそうなスピードでぐつぐつ沸騰を始めていた。五条さんとご飯なんて行った暁には、私の食べるご飯はお赤飯になってしまうのではないだろうか。
どうしよう、と言葉をつまらせていると、五条さんの声色が少し暗いものに変わった。

「…予約してたんだけど、無駄になっちゃいそうでさ」
「………誰かと行くつもりだったんですか?」
「あ、やっとこっち見た。……行くつもりだったんだけど、相手がいなくてね」
「……、」

そう言って五条さんは窓の外に顔を背けてしまって、表情は見えなかったけれど、肩を落としている様子が見て取れた。
もしかしなくても、女の人との約束だったのかな。
……彼女、とか…?
いや、絶対そうだよ、五条さんがフリーなわけない!きっと予定が合わなくてドタキャンされちゃったんだ。それなのにここまで、勝手な妄想でなんて失礼な態度をとっていたんだ私…!

「せっかくだし、なまえさえ良ければって、思ったんだけど…」
「……あの、私が行ってもいいんですか?お相手、怒りませんか?」
「誰が怒るの?っていうかなまえ、もしかして乗り気だったりする?」
「わ…私で良ければ……」
「じゃあ決まり!伊地知!目的地変更!銀座まで飛ばしちゃって!!」

私が恐る恐る承諾すると、五条さんの声色が途端に明るくなって伊地知さんを急かし始めた。…こんなに分かりやすく喜んでくれるなんて、やっぱり五条さんは優しい。
そして私自身、五条さんに相手がいることが分かって少し気持ちが楽になっていた。
二人でご飯なんて五条さんの彼女には申し訳ないけれど、今日は仕事仲間として、これまで親交を深められなかった分取り戻させて頂きたい。


……なんて前向きな気持ちで五条さんと仲良くなろうとしていた私、元気ですか?
私は今、銀座の高級フレンチを、輝かしい夜景を眺めながら頂いています。
こんな素敵なお店を選んでたなら、冥さんとかの方が適役じゃないですか、私、浮いてませんか…?

「なまえ、美味しい?」
「は、はいっ!どれもすごく美味しいです」
「それは良かった」

そしてこんなお店を予約するなんて、五条さんのお相手は五条さんと同じくらいすごい方なんだろうな、と思う。どの料理も初めて食べるものばかりだけれど、すごく美味しい。
ただ、こんなお店でも五条さんは気さくに話を振ってくれるから、自然と会話も盛り上がった。

思い出話や近況報告、おすすめの自炊レシピの話など一通り一周したところで、五条さんはところで、と改まって話題を切り替えてきた。

「なまえは今、彼氏とか好きな人、いないの?」
「えっ!…そういう相手がいたら、五条さんと二人でご飯に来たりしないですよ……」
「ふーん…誠実なんだ」
「…というか、五条さんとだと、彼氏や好きな人がいても惚れちゃいそうなので」

あはは、と乾いた笑いで返すと、五条さんは不意をつかれたように私を見てニヤリと笑った。

「それほんと?」
「五条さん、優しいから。…私、異常なくらい惚れっぽいんです。優しくされると、すぐ相手のこと、好きになっちゃう」
「へー…僕は好きになると虐めたくなるタイプなんだけど」
「それは好きになったあとの話じゃないですか」
「あは、そうだね」

普段は隠している性格のこと、自分でもびっくりするくらい素直に話してしまった。
引くことも諭すこともなく、茶化すような返事が返ってきてホッとしてしまう。
いつも優しい五条さんも、彼女と一緒にいる時はいじめちゃったりするんだと思うと可愛く見えてきた気さえした。

その後も話題は尽きることなく、デザートもそこそこにお互い明日も仕事があるからと、駅前まで二人で歩いた。

「あの、今日、楽しかったです。誘ってくださってありがとうございました」
「僕こそありがとね。また行こうよ、他にもいいところ知ってるから」
「ぜひ!次は、私からも誘わせてください」

五条さんと親交を深めるという目標は、百点満点だったと思う。
じゃあね、とお互い手を振って別れて家につく頃、五条さんから休暇の予定教えて、というメッセージが届いて、思わず頬を緩めてしまった。


◆◆◆


ご飯に行ったあと、再び五条さんと顔を合わせるまでに意外と日はあかなかった。
冥さんの代わりに五条さんが一緒に任務に来てくれたり、高専の食堂でお昼をとっていると偶然居合わせたり、学長から五条さんへの招集通知をなぜか私が託されたり。
突然五条さんとの繋がりが増えていった。

「喜ばしい…はず、なんだけど……」
「良かったじゃないか。なまえ、ずっと五条と仲良くなりたそうだったし」
「えっ、私、仲良くなりたそうだった…?」
「すごく」

夕方の任務で少し右足に怪我を負ってしまった私は、夜の任務までの合間に硝子さんのところに来ていた。治療もそこそこに、硝子さんのお悩み相談室を開いてもらっている。
悩みというのは、言わずもがな五条さんのこと。
確かに五条さんと一緒にいるのはすごく楽しいし、一緒に任務に行くと勉強になるし、良いこと尽くしだ。あれからも何度かご飯に誘ってくれて、連れて行ってくれるお店はどこも美味しくて話も趣味も合う。私が誘ったカフェも、甘味が大好きな五条さんはすごく喜んでくれた。

「でもこんなの…好きになっぢゃう゛よ゛ぉ゛……」
「嘘、まだ惚れてないつもりだったの?」
「だって五条さんには彼女がいるんだよ。私、彼女持ちと既婚者との一線は越えない生き物だよ」
「……へぇ…」

机に突っ伏して頭を抱えている私を、硝子さんはからかうようにつついてくる。
止めてくれないの?と縋る気持ちで顔を上げると、そこには心底楽しそうな硝子さんが頬杖をついて座っていた。

「いいじゃん。略奪?」
「しないよ!だって五条さんの彼女だよ?絶対素敵な人だもん…っていうか略奪できるわけない……って、違うちがう、まだ好きじゃない…」
「……というのは建前で、本心は?」
「…………どうしよう硝子さん…」
「情けない声。もう重症だよ、私じゃ治せない。早く出てけー」

集合時間まではまだ余裕はあるけれど、確かに私情で長居は良くない。
フラフラと立ち上がり出口に向かうと、見送りに立ち上がった硝子さんにぽん、と頭を撫でられた。

「なまえは、もう少し自信持ってもいいと思うけど」
「……張り切って玉砕してこいってこと…?」
「私からはもう何も言わない。気をつけて」

ひらひらと手を振られ、スッキリしないまま見送られてしまった。
怪我はすっかり治ったはずなのに足が重い。
…こういう時は、思い切り呪霊を祓って煩悩を切り捨てよう!
建物を出て満点の星空の下、気合を入れて顔を上げると、七海さんとの集合場所にはなぜか、身長190を超える長身の、先ほどまで脳内を独占していた彼が立っていた。

「ご、ごじょうさん?」
「もう来た。約束より早いね。……あれ、聞いてない?七海来れなくなったから、代わりに僕が来たの」
「そう、だったんですね!……よ、よろしくお願い、します…」
「………、」

だめだ、改めて自分の気持ちを自覚し始めた私は、五条さんが眩しくて直視できない。
ネジが取れた人形みたいなカチコチした動作でぺこりと一礼して顔を上げると、至近距離で五条さんのご尊顔が私を見下ろしていた。
っていうか、なんで目隠し取ってるの!?えっ、お顔、お顔かっこよすぎませんか…?高専の頃から、全然変わってない…。

「…夕方の怪我、もしかして治ってない?大丈夫?」
「…!」

心配そうな顔、澄み切った青い瞳で真正面から優しく頭を撫でられた私は、もはや完全敗北を認めざるを得なかった。

…私、五条さんに惚れちゃった。五条さんのことが、大好きだ。

彼女がいる人を、好きになっちゃった。どうしよう。五条さんは、そんなつもりなかったのに。だめなのに。こんな悪いところを知られて、五条さんに嫌われたくない。せっかく仲良くなれたのに、こんな裏切るような気持ちを抱くなんて、最低だ。

「……っ、」
「え!?どうしたのなまえ、やっぱりどこか痛い?!」
「ち…ちが……」

感情がぐちゃぐちゃになって足の踏み場がなくなって、堤防が決壊したように涙がぽろぽろ溢れてきた。
泣くなんて一番ズルいのに全然止まってくれなくて、止めようとすると余計に嗚咽が漏れて息が苦しい。
いい大人なのに恋愛でこんなに感情がブレるなんて情けなさ過ぎて、余計泣けてくる。正真正銘の最低女だ。

「ご、ごめんなさい、ごじょう、さん…っ…わ、私、わた、しっ、う、うぅ〜〜…」
「謝らなくていいから、ほら、落ち着いて、深呼吸して、」
「ひっく……うぅ…やさしくしないでぇ…」
「………あは、それはやだ」

全く泣き止まない私が見るに堪えなかったのか、五条さんは私をぎゅうっと抱きしめて、背中を擦りながら優しい言葉を投げかけてくれる。それが嬉しいけど辛くて、これ以上好きになりたくないのに、落ち着いた香りに包まれて心地良い。

「なんで優しくしちゃだめなの?なまえが泣いてるのに」
「だ、だっで……つ、つらい、こんなの、やだ…」
「辛いの?もっと優しくすればいいのかな」
「…っちが……」

ぐしゃぐしゃになった顔を上げれば、五条さんはこれ以上無いってくらい緩んだ顔で私を見下ろしていた。なんでそんな、嬉しそうな顔してるの。
噛み合わない感情に戸惑って言葉を失った私を放って、にっこり笑った五条さんは、私を追い詰める。

「ねぇ、僕はなまえに優しくしたいんだけど」
「……だ、だめです、ごじょうさん、」
「ふふっ、可愛い。なんでだめなの?」
「………から…、」
「ん?なに、聞こえないよ」

私の涙を人差し指で拭って可愛いと囁いてくる五条さんは、優しい悪魔だ。こんなの、もう逃げられない。
綺麗な空色の瞳を見上げながら、言うつもりのなかった言葉がこぼれ落ちた。

「好きに、なっちゃったから……」

私の言葉を聞いた五条さんは嬉しそうににっこり笑うと、おもむろにスマホを取り出した。
その間にズビズビと鼻水をすすり、涙でグシャグシャの顔を拭く。
言ってしまったものは仕方がない。このまますっぱり振られて、何なら一人で任務に行かせてもらおう。失恋の辛さを呪霊で晴らそう。

「もしもし七海?…あはは、うん、そう。この借りはきっちりばっちり色を付けて返すよ。じゃあよろしくね〜」
「ななみさん…?」

五条さんの電話先は、七海さんだったようだ。
事態が読み込めず五条さんを呆然と眺めていると、よいしょ、と突然身体が浮いて、片腕でビタ袋みたいに担がれた。

「へっ!?な、なに!?」
「他の男の名前なんか呼んじゃだめだよ。しっかり捕まっててねー」
「え……わ、ッ」

これまで感じたことのない感覚に、思わず五条さんの身体にしがみついた。
…私、とんでもないことをしてしまったんじゃないかな。
そう気付いたころには、もう手遅れだった。


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