ユウジと別れたあと、ゴジョーが次に連れてきてくれたのは、とある建物の一室だった。
ただ、わたしは廊下で待っているように言いつけられ、近くの静かな廊下でゴジョーを待っている。

『また穢らわしいものを増やしよって…その獣も、そのうち死刑じゃろう』

中の会話は全く聞こえなかったのに、威圧感のある老人の声に乗ってこの言葉だけが、わたしの耳に入ってきた。
わたしへ向けられたものだということはわかった。言葉の意味はわからないけど、怒ってる。

「………」

ゴジョーの声は聞こえなかった。どんな顔をしてるんだろう。わたしのせいで困らせていたら、どうしよう。
なんとも言えない気持ちで誰もいない廊下の端を眺めていると、ガラリと扉が開いた。

「なまえ!待たせてごめんね、次行こうか」
「うん」

中から出てきたゴジョーは、いつも通りのゴジョーだった。
わたしの手をとってその場を立ち去ろうとする。
チラリと部屋の中に視線を向ければ、ソファに座っているおじいさんと目が合った。
一瞬だったけれど、目を見開いて息を呑んだ…ように見えた。見間違いかもしれないし、元からあんな顔なのかもしれないから、わからないけど。




「お腹空いてきたね、お昼どうしようかな」

私の手を引いて歩くゴジョーはやっぱりいつも通りで、おじいさんと話した内容をわたしに教える気はないみたいだった。
ゴジョーがそう判断したなら、わたしは聞かなくて良いんだと思う。

「……?」

でもなんだか息が苦しい…気がする。
胸に手を当てるけど、調子は悪くない。首を傾げていると、ゴジョーが長い体を折ってわたしの顔を覗き込んできた。

「なまえ、もしかして調子悪い?疲れちゃった?」
「……うぅん、なんとも、ない…」

誤魔化そうとして言葉に詰まったわたしを、ゴジョーはじぃっと目隠しの向こうから見つめてくる。顔が近い…。
至近距離から全然退いてくれないゴジョーに困っていると、遠くから女の子がゴジョーを呼ぶ声が聞こえた。

「す、すみません!!」
「あれ、京都校の子だね。どうしたの?」

声のした方を見ると、水色の長い髪をした可愛い女の子が走って追いかけてきているのが見えて、反射的にゴジョーの背中に張り付いて隠れてしまった。
ゴジョーはそんなわたしを見てクスリと笑う。
女の子はスマホを片手に、勢いよく頭を下げた。

「あの!一緒に写真撮ってください!」
「うん、いいよー」

ゴジョーの後ろから顔を覗かせれば、彼女とばっちり目があった。…なんだかデジャヴ。

「どなたですか!?」
「よくぞ聞いてくれました!この子が悠仁と同じく特級呪物を取り込んだ、猫又のなまえちゃんでーす」

両肩をがっしり掴まれ、ゴジョーの前に引きずり出された。…これもデジャヴだ。

「…はじめまして、なまえです」
「………(顔がいい…!)」

お辞儀しながら挨拶したけど何も返事がなくて、恐るおそる顔を上げると、女の子は目を見開いて、穴が空きそうなくらいこちらを見ながら固まってしまっていた。
……特級呪物を取り込んだからか歓迎されてないみたいだし、もしかしてわたし、怖がられてるのかな…。

(…優しくしなきゃ)

まずはわたしが危険じゃないことをわかってもらおう。
ぐっと足に力を入れて、努めて笑顔を意識しながら女の子が持っているスマホを指差した。

「………あの、写真、撮る?」

なるべく優しく言葉を投げかけると、女の子はハッと我に返ってわたしとゴジョーを交互に見たあと、わたしに頭を下げてきた。

「お願いしていいんですか!?あっ、わたし三輪霞と申します!」
「……カスミ?」
「…!はい!」

カスミが持っているスマホを受け取って、画面をまじまじと見る。
スマホって、写真も撮れたんだ…映画でもスマホで写真撮ってたけど、あれってフィクションじゃなかったんだな。

「カスミ…この丸を押せばいいの?」
「はいっ!」
「わかった。ゴジョー、そっち並んで」
「はーい」
「…!?(五条悟のこと五条って呼んでんの!?)」

なぜかずっと黙ってこちらを見ながらニヤニヤしていたゴジョーに声をかけると、長い足を伸ばしてサッとカスミの隣に立った。
わたしはスマホを凝視しながら二人を写す。
ゴジョーがでかいから、なかなか上手く画面に収まらないな…。

「ゴジョー…もう少し右…」
「えー?このくらい?」
「あ、うん、いい感じかも…」
「…!?(えっ近くない!?近くないか!?)」

いい感じにふたりが画面に収まった。
……あれ、また胸のあたりがもやもやする…。

「なまえ?」
「え?……あ…いい感じ、です」
「あは、なんで敬語なの」

名前を呼ばれて画面から視線を上げると、ゴジョーと目があった。
大丈夫という意味を込めてオッケーのハンドサインを送ったけど、なぜか二人に笑われてしまった。
落ち着いたタイミングで画面を押すと、『パシャッ』と独特な音が鳴る。

「カスミ、見てみて」
「はいっ……おぉ…!最高です!ありがとうございます!五条さんも、ありがとうございます!」
「はいはい、どういたしまして」

一度深々とお辞儀をしたカスミ。ユウジとは違うタイプのすごくいい人間だ。

「私は学長を待たせているので、失礼します!」
「はーい、また交流会でね」
「はいっ!」

では!と言って、カスミはすごいスピードで来た道を帰っていった。
普通に話してくれたし、もう怖がられていないといいな。カスミ、すごく嬉しそうだったし。
…そういえばユウジも、ゴジョーが会いに行ったとき、すごく嬉しそうだった。

「ゴジョーは人気者だね」
「…どうしたの、突然?」

ぽつりとこぼした言葉に、ゴジョーが首を傾げた。
…わたし、なんだか、面白くないのかも。
初めての感情に眉間に皺を寄せて悩んでいると、背後から、聞いたことのない声に名前を呼ばれた。

「なまえ?!」
「………だれ?」

後ろを振り返ると、サングラスを掛けた、いかつくて大くて驚いた顔をしたおじさんが立っている。
なんでわたしの名前を知っているんだろう。

(…あ、でも手に持ってるぬいぐるみ、ツカモトに似てる。かわいい)

様子を伺っていると、ゴジョーが小さく舌打ちをした音が聞こえた。
少し驚いてゴジョーを見上げようとする前に、わたしの肩に腕がまわり、抱き寄せられる。
……宿儺のときと同じ構図だ。おじさんは顔が怖いし、悪い人なのかもしれない。

「夜蛾学長。予定より早いご到着だね」
「悟、これはどういう…」
「この子は僕のペットのなまえだよ。可愛いでしょ」
「…はじめまして、なまえです」
「……」

頭を下げて挨拶をすると、ヤガ学長は怖い顔に皺を寄せている。余計に顔が怖い。
顔は見えないけど、なんだかゴジョーにしては、威圧的で、少し機嫌が悪いみたい。さっきの舌打ちも、聞き間違いじゃなかったのかな。

「…悟、どういうつもりだ」
「どうもない。ただ、僕のペットが特級呪物を取り込んじゃったから、上がうるさくて。連れてきただけだよ」
「その子も、呪術師になるのか?」

…虎杖悠仁のように。
ユウジの名前に思わずピクリと反応すると、大丈夫、と言うようにゴジョーがわたしの頭を優しく撫でた。

「うん。でもなまえは高専になんて入れないよ。僕が責任をもって育てるから」
「……なまえは、それでいいのか?」
「うん。ゴジョーと一緒にいる」

わたしの言葉を聞いたヤガ学長は大きなため息をつき、わかった、とだけ言った。

「…悟、ちゃんと面倒みろよ」
「誰に言ってんの」
「……またな、なまえ」

ぽん、とわたしの頭を一度だけ撫でて、学長はカスミと同じ建物に入っていった。

……やっぱりわたしのことを知ってるのかな。
ゴジョーは、何も言わずに学長が撫でたところを何かを拭うようにがしがし撫でている。(ちょっとこわい)

「…わたしのこと、知ってたね」
「んー?そりゃあ、猫又のしっぽを取り込んだんだもん、なまえも有名人だよ」
「それだけ?」
「……うん、そうだよ」

ゴジョーがそう言うなら、そうなんだ。
無理やり納得することにして頷くと、ゴジョーもにっこり笑って頷いた。これでいいんだ。

「ゴジョー」
「なぁに」
「わたしも、一緒に写真撮りたい」
「…なまえ、もしかして妬いてた?」
「うん、妬いてたと思う」

素直に頷くと、ゴジョーは え、と小さく声を漏らして黙ってしまった。
スマホを取り出してカメラのボタンを探していると、ぐいっと後ろから抱き寄せられてスマホを奪われる。

「寄らなきゃ入んないよ」
「…う、うん」
「ほら笑って、」

パシャリとシャッター音がして、スマホを返してくれた。
ふと画面に視線を落とすと、少しほっぺが赤くなったわたしと、いつの間にか目隠しを取ったいつものゴジョーが写っていた。

「……ゴジョー!」
「ふふ、なまえとだけ。特別だよ」
「ゴジョー、だいすき!」

スマホをポッケにしまって長い腕に抱きつくと、ゴジョーは嬉しそうに頬を緩めた。


「あ、その画像僕にもちょーだい」
「ん」
「……スマホごとくれるの?」
「そういう意味じゃないの?」



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