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おやかたさまが複雑な仕事だなんて、と心配で眠れない夜を過ごしたが、それは結論から言うと杞憂に終わった。
おやかたさまはよく働いた。いつものギルドのワタシの仕事どころか、ワタシが中途半端に集めていた情報も完璧なものにし、おやかたとしての仕事も同時にやる。弟子達もさすがおやかたさまだ。やっぱりやらないだけでやればできるお人なんだ。と絶賛している。
ワタシはというとほぼおやかたさまの部屋に軟禁状態で、なにもすることもなく本を読んだり、たまに来るおみまいのきのみを口にしたりとぼんやり過ごしていた。
ギルドを卒業しサメハダ岩に住み始めたポケダンズもワタシの声がでなくなったと聞いて真っ先に駆けつけ、使い古しだけど、と大きめのスケッチブックをくれた。今はこれでギルドのメンバーとなんとかやりとりができている。
声が出なくなってから、3日が過ぎようとしていた。

「今日はね、ビッパが新しいダンジョンをみつけたんだ」

(そうなんですか、それはすごいですね)

「ビッパは最近すごくがんばってるよね!ポケダンズが卒業してからかな?どんどん実力をつけていってるし……」

(おやかたさまにそんなに褒められたら、弟子冥利につきますね)

「そうかなー?フフフ」

そんなやりとりをしながら、脳裏に浮かぶことがあった。おやかたさまはやればできるお方であることは知っている。しかし。ワタシはおやかたさまの一番弟子で、ここらで一番の情報家、だ。それには誇りを持っているし、誰にも変わりはいないと思っている。でも最近のおやかたさまの仕事ぶりを見るとどうしても不安に思ってしまう。

(おやかたさまも頑張っていますよね)

「そお?」

(そうですよ)
(この調子じゃワタシなんかいらないのでは?)

震えを抑えながらスケッチブックを見せると、今までにこにことしていたおやかたさまの笑顔が、すぅと冷水を浴びたように消えるのが見えた。

「なんでそんな事言うの」

そっと顔を背けた。ペンを持つ手が震える。なにか書こうとして、ミミズが這ったような字しか生まれない。

「ねぇ!こっち見てよ!」

スケッチブックに文字を書くことすらまどろっこしくなった。かあ、と体が熱を帯びた勢いにまかせて、思い切り翼で机を叩く。

「ですから!おやかたさまはやればなんでもできるお方だからワタシなんて不要だといったのです!」

声が出た。ひどい声だった。地獄から這い上がった老人のような声だ。一文字喋るだけで喉が痺れるように痛む。けほ、と咳き込みながらもようやく声が出たことへの安堵と、目の前のポケモンへの言い表せない感情が少々。
おやかたさまはそれを聞いて、その大きな青い瞳を歪ませながら声を荒らげた。

「ボク、前に言ったよね?ぺラップはボクにとって一番大事な相棒だって!なんでわからないの!」

「わかりませんよ!」

叫びすぎた。ひどく咳き込む。喉を抑えながら、それでも口に出す。

「……わかりません」

ギリギリまで引き絞った声に冷静を取り戻したのか、おやかたさまは静かに深呼吸をした。

「ひとりでやってもたのしくないんだもん」

ぽろり、と柔らかな毛に透明な雫がこぼれた。はあ?と素でつい聞き返したら、おやかたさまは気にもせず頬をふくらませて言った。

「ぺラップに号令してもらわないとやる気出ないの。ご飯の時も、ぺラップの声聞いてやっと夜ご飯だなあってなるんだもの。」

「……子供ですか」

「こどもでいいよ。ぺラップがいいの。」

なんだ、それ。急に毒気を抜かれてしまった。その間もおやかたさまの目からポロポロとこぼれ落ちる涙に、つい釣られてしまって、

「なん、ですか、それぇ……」

目頭が熱い。喉はガラガラだし涙は出るしもう最悪だ。こんな姿他のみんなに見られたらと思うと死にたくなるほど恥ずかしい。こどもみたいに泣きじゃくっているとだんだん意識が遠ざかっていく。もうこのまま寝てしまいたい。

「だってきみは一番弟子でしょ」

弟子はおやかたの言うことは聞かないと。
潤んだ瞳が優しげに三日月を描いたのを見届けたあと、ワタシは静かに目を閉じた。




「さあみんな!今日も仕事にかかるよ!」

すっかり喉も完治して、いつもの朝礼もできるようになった。内心感動しながら最後の号令を叫ぶと、みんなはシーンとしながらワタシの方を見つめていて、吃驚しながらバサバサと翼をはためかせる。

「えっ、みんなどうしたの!?……まさか……やっぱワタシよりおやかたさまのほうが……」

「やっぱぺラップだな!!」

「えっ」

「ぺラップじゃないと落ち着かないといいますか……」

「ぺラップのほうが朝が来たー!って感じするな!」

みんな口々に「ぺラップの方がいい」と言ってウンウン頷いている。ワタシはその場で固まって、おやかたさまは目をキラキラさせて嬉しそうに言った。

「ね!?やっぱぺラップじゃないとダメだよね!?」

「お、お前らぁ……」

顔が熱い。嬉しいやら恥ずかしいやらで思考がまとまらない。バサバサと一心不乱に翼を振り回す。

「い、いいから仕事にかかれー!ほら!もっかい!さあみんな!今日も仕事にかかるよー!!」

ヤケクソで叫ぶと、弟子達は顔を見合わせたあとニヤリと笑った。

「「おーーーー!!!」」

過去最大の声量は、トレジャータウンの先のサメハダ岩まで響いたという。


20180210

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