TF(小波)
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彼はとにかくスキンシップが多く、そして激しい。外人なんてみんなこんなものかと思ったが他の留学生は全くそういうことはなかったし、俺を悩ませる張本人も、俺以外の人にはほとんどスキンシップなんてしていないようだった。
「やぁおはよう小波! 寂しかったよな、俺も会いたかった!」
朝の7時。十代を起こして朝食を食べに行こうとしたときに鼓膜を破るような音と共に部屋のドアが開かれる。ブーツを脱ぎ捨て遠慮もなく部屋に侵入してきた青年は目の前にいる俺しか目に入っていないのか、やたらオーバーなテンションで両腕を広げ抱き付いてきた。
「よ、よは……く"る"し"い"……!」
「へへ、もうちょっと我慢してくれよ」
力強い腕が俺の腕ごと背中を締め付けて、髪、首、肩、腰と順番に撫で擦っていく。これはセクハラだ。いくら恋人でもこれは、こういうことは、人前でしちゃダメだよと頭の中で言葉が巡ったのだが、既に羞恥と混乱と酸欠で肌が赤くなっているであろう俺の口からは声も出なかった。
「……おーい、俺、先行くぞ?」
いつの間にか立ち上がっていた十代が呆れ混じりにそう言い放つ。
「じゅう、まっ、」
「あぁ、俺たちは後から行く」
「おう、小波たちも早く来いよな!」
俺の声は遮られ、無情にもドアは閉じられてしまった。残された俺は手を伸ばすことも出来ずにボロい寮のドアを見つめることしか出来ない。そして2人きりになった時からが、ヨハンの本気である。
「なぁ小波ぃ、俺、小波に会えなくてめちゃくちゃ寂しかったんだ。小波は? 寂しくなかったか?」
きた、ヨハン得意の猫なで声。2人きりになって、甘えたいときにヨハンはいつもこうしてすり寄ってくる。極めて低姿勢で甘い声を出すのに、彼の瞳だけはキラリと熱を纏って光るのを俺は知っている。
「いや、昨日の夜も会ったし……寝るまでメールしてたじゃないか……」
「ちーがーう、そのあとだって! 朝起きて、小波に会いに来るまでが寂しかったんだ!」
「それは仕方な……っ、ヨハン、そんなとこ……触るなよ……」
「なんで? 俺に触られるの、イヤ?」
そういう意味ではないけども、と呟く言葉にヨハンは答えず、なおも俺のお尻や太ももを撫で続ける。ぞわりと嫌悪ではない何かに背が震えるのは仕方がないことだと思う。
「俺は一瞬でも離れたくないんだよ。小波と十代、同室だろ? いくら十代でもこんなに可愛い小波と一緒に寝てたら変な気が起きるかもしれないじゃないか。そうじゃなくても小波と十代って仲良すぎて心配でしょうがないのにさ、間違いでも起きたら、俺死んじゃうって」
なぁ小波? だから今日は俺の部屋に泊まるよな?
最後に告げられた言葉に、この慈悲慈愛をねだるような甘え方にようやく納得がいった。こんな遠回し、いや、まるで百戦錬磨の女たらしが使う手管のような言い回しをしなくても、はっきりとそう言ってくれればいいのだ。
喋る間もお尻やら脇腹やらを手の平で撫で続けるヨハンが「なぁ小波ぃ頼むよ……」耳を唇で喰みながら囁く。あう、とか、んん、とか声を漏らしながら、身動きも取れない俺はせめて熱くなった顔を見られないように上を向いたのだが、頬を擦るようにして僅かに体を離したヨハンは、そんな抵抗すら無意味だと知らしめるように俺の瞳を真正面から捕えてしまった。
着替えたばかりのシャツの中に滑り込む手が俺の腹をくすぐる。その手は油断すると絶対に胸元まで這いあがってくるので慌てて両手で押し留めると、それを見ていたヨハンが首を傾げた。俺がその仕草を可愛いと思っていることを知っているんだろう。十代とは似ているようでまるで違う策士は、また年に不相応な甘い声で俺に囁いた。
「なぁ小波、ダメか? 泊まってくれない?」
はぁ、とため息をつくしかない。これほど頼み込まれ断れるはずもなかった。それももちろん計算済みであろう相手はそれでも期待に目を輝かせ、俺が頷くと同時にそれは嬉しそうににっこりと笑った。
「ありがとう小波、今日は寝かさないからな!」
「……え? ちょ、ヨハン、それって、」
「ほらほら、メシ食いに行こうぜ!!」
俺の疑問は答えられぬままに流され手を引かれた。今日の夜、策士の罠に掛かった俺はそれこそ文字通り泣きを見ることになるのだが、それはまた別のお話、といったところだろうか。
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