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TF(小波)
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「小波ぃ、腹減ったー……」

 授業をフケる生徒をたまに見かけるが、サボりはよくないことだ。教えてくれる先生に失礼だし、何より自分の学力が低下するし。
 そんなこと分かりきっているのにこうして浜辺にいる俺と十代はいわゆるおバカさんというアレで、今はもちろん、授業中である。はっきり実直的に言うとするならばつまり、サボり。勉強嫌いに育ってしまった俺と十代をどうか責めないでやってほしい。

「んなこと言っても、購買は授業中は開いてないしなぁ……」

 先ほどから腹が減ったと騒ぎたてていた十代は今は隣でぐったりと横になっている。海の中に入って魚でも取って焼けばいいのにと思うものの、多分こいつはもう、空腹過ぎて動く気力もないのだろう。俺は俺でそんな十代を横目に窺いながら、口内のあめ玉を舌で転がしていた。レモン何個分とかいう量のビタミンは僅かな酸味と、それを紛れさせる甘味と共にじんわり唾液に滲んでいく。
 かこんころころと歯にぶつかる音が心地よくてしばらく黙って海を見ていたら、唐突に十代が顔と体を跳ね上げた。

「っていうか小波お前、さっきから何食ってんだよ!」

「え? あめだけど……」

「ずりー! 俺にもくれよ!」

「いやいやさっきお前に聞いたらいらないって言っただろ? それにこれ、もらい物。もう俺は持ってないぞ」

 がばりと起きた勢いのままに肩を揺さ振られ若干驚いた俺はとりあえずそう答えた。レモンキャンディなんて可愛らしいものを俺が持ち歩くわけがなく、これは授業をフケる直前に明日香ちゃんから投げ渡されたものである。

 俺の手に食料がないと分かると十代は途端にがっくりとうなだれて俺に寄りかかった。まるで抱き合うような、しかし抱き合うというにはあまりにも俺の体への負担が掛かる体勢で、うあーとか何とか耳元で唸っている十代の頭を撫でてやる。
 高校3年生の胃袋は無限大で、見た目以上に大食な十代のそれはきゅうきゅうと切ない声を上げていた。何となく可哀想になったので十代の代わりに魚釣りでもしてやろうかなとため息をつくと、不意に十代の手が俺の後頭部に添えられた。 どうかしたかと問う間もなく十代の頬が俺の頬を掠めて、ずるりと後ろにずり下げられた帽子のツバが、視界から消えた。

「……んじゃあそれくれ」

「ちょ、じゅうだ、んむっ」

 飢えた人間は恐ろしいが、飢えた獣に近い十代はもっと恐ろしいと思う。
 触れ合った唇の隙間から伸びた柔らかいものがまるで意思を持ったように蠢いて口腔を探る。ぬるりとした感触に思わず逃げようとしたのに十代の手が頭を押さえているためそれは叶わなかった。この確信犯めと罵ろうにも口は塞がれていて、パニックになっているらしい俺の体はぴくりとも動かない。

「んっ……ぅ、んん……っ」

 舌があめ玉を転がして俺はきつく目を瞑った。持っていくなら早く持っていけ、頼むから俺の舌まで舐めないでくれ。
 ちゅっちゅっと優しく吸われ消えてしまいたいほどの羞恥に、やっとの思いで十代の制服の裾を引っ張ることに成功した。くるりと器用にあめ玉を乗せた舌が、ゆっくりと口腔から抜き取られる。

「は、ぁ……十代、お前……」

「んー、レモンもうまいなー! よっしゃ、元気出てきたぜ!」

 帽子を直して唾液に濡れた唇を拭って十代を睨み付ける。人の食ってるあめ玉まで狙うなんてどれだけ飢えていたんだこいつは。
 かろかろとあめ玉を転がす十代がにぃ、と笑った。しかしまぁこれで十代の元気が戻るならいいかなと思ってしまう俺の頭も相当どうかしてしまっているが、本人は至って楽しそうなままに俺の手を強く握り締めた。

「サンキューな、小波!」

「……ん。後で明日香ちゃんにもお礼言っとけよ?」

「もちろん!」

 よっしゃデュエルしに行くぜーとテンションも高く飛び上がった十代が遥か彼方へ駆けていく。全く動物のお守りは大変だと思いつつ、俺も白い砂を蹴り上げてその後を追った。

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