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現パロ
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 俺の同居人は伝統工芸師で、一方はその専門を人形造形としている。もう一方は俺と同じく学生でありながら、若き粘土工芸師として名を馳せている。正直俺は芸術についての詳しいことは分からないのだが、俺が家に帰ると、彼らは決まって工芸室にこもって作業に勤しんでいた。
 学校が終わったあとスーパーに寄る俺は、いつも通り夕食の買い物を済ませ自宅に戻る。玄関の鍵は掛かっていないし、部活のない土曜である。恐らくデイダラは先に帰っていたのだろう。あいつは鍵を掛けるということをしない男だ。

 鍵を掛け、冷蔵庫に食材をしまっていると、廊下の床が軋む音がした。ボロい家なので音が響くのだが、住めば都というか、とにかく慣れてしまうとどうも思わないもので、俺と同じくそんなことを気にも留めない同居人が、居間の引き戸を開けて入ってきた。

「ん……帰ってたのか」

 感情に乏しいというよりはあらゆることに興味のなさそうな顔をしながら、サソリはそんなことを言う。帰ってきたのかと認識するのなら「おかえり」の一言くらいあってもよさそうだが、彼は特にそういった挨拶という概念が抜けている。おはよう、いただきます、ごちそうさま、ただいま、おかえり、おやすみ。ほとんど聞いたことがない。

「うん、さっきね。ただいま」

「ああ。牛乳」

 ああ、って……。言葉を聞きたがる俺が女々しいのかなと疑問を抱いたが、サソリが指で指し示した、買ってきたばかりの牛乳を取る。

「飲む?」

「ん」

 ん、って……。三十も半ばを迎えた男というのは皆こういうものなのか。顔と体格だけを見れば学生と偽っても通じるような、そんな妙な若々しさを持つ彼のコミュニケーション能力の低さには毎度驚かされる。これがデイダラであればもう二言三言付け加えられるはずだ。しかし彼は彼で空気を読まないというか、余計な一言を付け加えるためどっちもどっちかもしれない。

 コップに牛乳を注いで、座布団の上に腰を降ろしてテレビを見ているサソリの前にそれを置く。机の上でコトッと音が鳴ると彼は僅かほどもこちらを見ずに「サンキュ」と呟いた。

「オーイこたろー!! 帰ってんのかー!?」

 サソリが来た時と同じ方向からそう叫ぶ声が聞こえた。ついで先ほどと同じように床がギシギシ音を鳴らして足音が近付いてくる。

「おっ、いたいた! 牛乳買ってきたかい? オイラもスーパー寄ろうと思ってたんだが、忘れちまったんだ、これが。うん」

 ひょっこりと顔を出してきたやかましい方の同居人が俺を確認してそう声を掛ける。サソリと違って元気なものだった。

「別にいいよ、荷物も重くないし。つかデイダラさ、玄関には鍵掛けてって言ってるだろ」

「いーだろンなもん。うん……サソリの旦那がいんだから。お前だって帰ってくるし。うん」

「俺もサソリもいないときだって鍵掛けてないだろー?」

「それは、まあ……って、いーだろがそんなこと! 牛乳一杯くれ。創作活動の前の牛乳はオイラに素晴らしいインスピレーションをもたらしてくれるのだァ! うん!」

 このコミュニケーション能力の差をひしひしと感じつつ、俺はデイダラのカップに牛乳を注いだ。俺の隣まで寄ってきたデイダラが、テレビの前で座るサソリに視線を移す。

「ん? サソリの旦那がこんな時間にここにいんの珍しーな、うん。休憩かい?」

「……」

 サソリは答えない。こんなに露骨な無視もそうないなと思いながらもデイダラにカップを差し出すと、彼はパッと表情を明るくして「サンキュー」と言った。カップを口に運び牛乳を飲む、と見せかけて、彼は突然俺の腰に腕を回した。

「おっ、もしかして今晩はハンバーグかい? うん?」

 抱き寄せられるというよりは抱き付いてくるような動作で自分の顔を俺の肩に乗せてきて、しまう途中だった買い物袋の中身を確認しているようだった。別にそんなことしなくても見れるだろうと思うが、こいつはスキンシップが多いから、普段通りの流れなのだろう。

「イヤだったか?」

「いーや。コタのハンバーグは美味いからな……楽しみだぜ。うん」

 バキ、と音が鳴った。会話をしていた俺とデイダラが音のした方を向く。視線の先にいたサソリは眉間に思い切り皺を寄せてこちらを睨んでいて、食べようと手に取ったらしい丸いせんべいは握り潰されて随分細かくなっていた。

「デイダラァ……テメーそんなに虎太郎にくっつく必要がどこにある」

 年の功というか性格というか、俺が抱いていた疑問をしっかり口にするサソリは非常に素直だ。その素直さ故に、不機嫌オーラまで全開である。対して空気を読まないデイダラはひょうひょうとした顔のまま「ハァ?」と切り替えした。あれだけ不機嫌を丸出しにしている人間を前にしてよくもまあそんな挑発的な態度に出れるものだと感心する。

「オイラがコタにくっつこうが何しようが、そりゃオイラの勝手だろ、うん。コタはサソリの旦那のモンじゃねーしな。うん」

「バカヤロー、虎太郎は俺のモンだ。手ェ出すんじゃねえ、殺すぞ」

「オイラとやるつもりかよ、うん?」

 空気が一気に冷たくなった気がした。二人とも仲がいいというか、良くも悪くも遠慮をしないために口論になるといつもこれだ。腰を上げデイダラに詰め寄るサソリと、薄ら笑いを浮かべるデイダラの間に立って俺は即座に仲裁措置を取る。

「ま、まあまあ二人とも、ケンカするなよ……な? サソリもデイダラも、ムキになることないだろ?」

 巻き込まれないうちにさっさと逃げるのが賢いと理解しているのに、平和主義というのはこういうときに大損だ。沸点の低いサソリとキレ易いデイダラの間を取り持つのは珍しいことではないが、それでもやはりこういった空気は苦手だった。デイダラがキレていないだけマシではあるが、積極的にケンカしようと向かってくるサソリもサソリで十分過ぎるほど手に負えない。

「虎太郎、テメーは何故デイダラの肩を持つ? あァ?」

「いや肩を持つわけじゃないけど、」

「そりゃオイラが正しいからに決まってんだろーが。サソリの旦那こそいい年してムキになりすぎなんじゃねーの?」

「デ、デイダラ、そんな言い方は、」

「ガキが図に乗るなよ、デイダラァ……オレを怒らせるとどうなるか、知らねーわけじゃねーだろ。とっとと虎太郎から手を離せ」

「ったく…………へいへい」

 まだ文句を言いたげな顔ではあるが、デイダラはサソリの言葉に従って俺の腰に回していた腕を外した。何とか場が丸く収まって胸を撫で下ろす。こんな険悪な空気で夕食を迎えるのだけはゴメンだった。

「そんなことよりコタ、後でオイラの工房来いよ。面白いモン見せてやるぜ、うん」

 持ったままだったカップの牛乳を一息に飲み干してデイダラが言う。早速インスピレーションが湧いたのかは分からないが、何か良作が出来上がる予感を持っているようだ。先ほどの口論などまるでなかったかのような軽い足取りで居間を後にして、部屋にはまた俺とサソリが残された。粉々に砕けたせんべいを摘まんでバリバリと頬張るサソリが横目に俺を窺っている。

「後でサソリの工房にも行っていいか?」

 嫉妬しやすい彼の機嫌を取る意味でも笑顔でそう尋ねると、彼は否定はせず、ぶっきらぼうに「勝手にしろ」と返したのだった。

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130211