転生
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初めてサイ君と出会ったその日に電話が掛かってきた。世間では草食系男子という控え目な男たちが流行る中、彼は随分アグレッシブだ。
彼とはそれからほぼ毎日、電話で数分間のやり取りを交わすようになった。彼は宣言通り僕がカフェに赴く日には必ず先に席を取って待っていたし、彼と会話しない日はまずないと言っていい。何故サイ君はこれほどまで僕に執着するのだろう。
参考書を広げて予備校の予習に勤しむ僕の横で、サイ君はコーヒーを飲んでいる。僕の邪魔をするつもりがあるのかないのか、彼はたまに言葉を発したかと思うとしばらく黙り込み、またややもすると唐突に話し出した。非常にマイペースな青年だが、奥手な僕としては話題を探る必要がないのでありがたいタイプだ。
活字と睨み合うのにも疲れ顔を上げると彼と目が合った。あの貼り付けたような笑顔を向けられる。
「疲れたって顔してる。本当に顔に出やすいね、キミは」
彼は時折こうして、僕の記憶には存在しない「昔の僕の記憶」を思い出したかのように話し出すことがあった。話すようになってから徐々に慣れてきてはいるものの、やはり不思議な感覚がある。人違いだと言っても彼は間違いないと頑として譲らず、それでもやはり僕には心当たりがないため今一つ現実味はない。
「サイ君は、」
「サイでいいよ、春日」
いつの間にか僕は呼び捨てにされていた。少し照れ臭くて躊躇したが、感情の読めない彼にじっと見つめられて、仕方なく、僕はわざとらしく咳払いした。
「その……サイは、思ってること顔に出ないよね。ちょっと羨ましいなぁ……」
「昔よりは出るようになったよ」
「え、そうなの?」
「うん。キミのおかげで」
まただ。
僕の知らない僕の話が飛び出してくる。何を考えているのか分からない彼の黒い瞳を見つめたまま黙っていると突然彼の白い手がシャーペンを握る僕の手を包んで思わず跳び上がりそうになった。男同士で、普通、こんなことはしない。
「あ、あの……」
咄嗟に振り払おうとしたが、一見細くて生白いだけの彼は意外と力強く、握り締められた僕の手はびくともしない。人目につかない席でよかったと心底思った。
「サ、サイって、ゲイなの?」
パニックに陥った僕の口がそう言葉を紡ぐ。思わずとはいえなんて失礼な聞き方だと、自分の差別的な発言に嫌悪したが、彼は嫌な顔もせずに瞬きをする。否、もしかしたら嫌な顔をしないだけで、不愉快に思っているかもしれない。僕の口がごめんと二を次ぐ。
「謝ることないよ。それにボクはゲイじゃないし、だからといって女好きでもない」
「そう、なのか……?」
「うん」
サイが笑う。昔の僕の話をしたあとに見せる、寂しそうな笑みだ。何か悪いことをしているような、例えば友情を誓い合った親友や、共に生きると宣言した恋人のことをすっかり忘れ去ってしまったような、そんな取り止めのない罪悪感が僕を苛む。
僕の手を強く握り締めた彼が言う。
「キミのことが好きだ。愛してる。……今も、昔も」
そう呟いたサイの手は震えていた。まるで顔や態度に出ない感情が、そこからポロポロと零れ落ちているようだと、僕は思った。
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130114