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妖怪と妖怪
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 楊貴と再会して何度目かの月曜日、オレは風邪を引いた。風邪を引いたとは言ってもオレは妖力もかなり回復しているし本当に大したことのない、数時間ばかり静かにしていれば治るような微熱が出た程度なのだが、義父と母は酷く心配して学校に休みの連絡を入れてしまった。在学当初は密かに皆勤賞を狙っていたものだが、しかし既に暗黒武術会に合わせて学校を休んでいたためそのようなことは関係ない。止むを得ず自室のベッドで、人間の病人のフリをして大人しく過ごすことにした。



 少し、眠っていたのかもしれない。
 目が覚めると窓から射し込む日差しは夕陽のそれに変わっていた。時計を見ると時刻は夕方四時を指していて、オレの記憶と照らし合わせると、昼食を摂ってからの四時間を眠って過ごしていたことになる。いざ病人の振る舞いをしていると暇すぎて眠るしかないとはいえ、それにしても随分眠ってしまった。

「秀一、起きてる?」

 不意に母さんの声がドアの向こうから聞こえた。うん、起きてるよと返答すると簡素なドアが開いて、母さんが顔を出した。疲れた色はないが、心底オレを心配しているような表情だった。

「あらよかった。彼女さんがお見舞いに来てくれたのよ」

「彼女?」

 訝しげにおうむ返しすると母さんは一歩退いて、代わりに楊貴が顔を覗かせた。栗色の髪を珍しくポニーテールに結んでいる彼女は落ち着きなく部屋を見渡したが、案外元気そうなオレを確認してホッと息を吐き出したようだ。

「く……秀一さん、こんにちは。お体の具合はいかがですか?」

 流石に親の前で蔵馬様と呼ぶわけにもいかないのでそう取り繕ったようだが、はじめて呼ばれただけに新鮮である。そういえば彼女の人間としての名を知らないことを思い出した。

「平気だよ。昼寝をしたからいつもより元気なくらいだ。中に入ったら?」

「あ、いえでもお体に障るのでは……」

「いいのよ遠慮しなくて。秀一、お母さんお買い物行ってくるから、可愛い彼女さんのお相手してさしあげてね」

「うん。気を付けてね」

 母さんに肩を押された楊貴が部屋に入ってドアが閉められた。大方療養の邪魔にならぬよう早々にこの場を去ろうとしたのだろうが、なにぶんオレの彼女がこの家に来るのがはじめてで、母さんは嬉しがっているようだ。母さんがドアの前から離れていく音を確認して、楊貴がオレのベッドの横まで寄ってきた。荷物を床に起き、恭しく首を垂れて見せる。

「差し出がましい真似をお許し下さい、蔵馬様。お母様は事情をご存知ないと仰られていたので、ついあのような口上を……」

「構わない。そういえば、こちらの世界でのお前の名を聞いてなかったな」

 恋人を名乗ったことに対して詫びているようだが、オレはあえてそれを言及しなかった。キョトンとしたまま見つめ返していた楊貴がやがて慌てたように我に返り、それから「きょ、恐縮ではありますが……陽子、と名乗っております」そう言った。

「へえ。ヨウコか。オレと同じ響きだね」

 楊貴が頷く。

「考えてみれば、婚約者の名前も知らないっていうのは変な話だ。これからはこの名前にも慣れなければいけないな」

 顎に手を添え垂らした頭を持ち上げさせて、意味を理解出来ていない目を見据えた。金色に光を反射する美しい瞳は未だ婚約者という単語を飲み込めていないようである。

「まだ少し先の話になるけど……結婚しよう。こちらに来る前からオレの隣はお前だけ、と決めていたしね」

「え……え、あ……」

「オレとの子供、欲しいんだろ?」

「〜〜〜〜! 欲しいです……!」

 食い入るようにオレを見つめていた瞳が滲んでいくのが分かる。大粒の涙が零れ落ちそうになると彼女は両手で口を覆い、まるで犬か猫が唸るような、言葉にならない嗚咽を漏らしはじめた。「わ、わたくし、この、ような、ゆめっ、ゆめを、かにゃうなんて、あっ、あぁっ、く、くらまひゃまぁ〜!」混乱と感動と興奮がない交ぜになったような楊貴がそう言ったが、呂律が回っていないためよく聞き取れない。あうあうと子供よろしく嗚咽を漏らす彼女の頭を撫でてやり、それから細い肩を抱き締めた。

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