妖怪と人間
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そういえばキスをしたことがなかったのだと、秀一くんの唇の温もりを感じながらふと思った。ベッドの上で胡座をかく彼の膝に腰を落とし、唇に吸い付く。緊張で手も震えるはずである。下では秀一くんが自らを慰めるための摩擦音が聞こえてくる。改めて、自分が「オカズ」にされているのだと実感して顔が熱くなった。
きっかけは他愛ないことだった。何かの拍子で「秀一くんってオナニーするの?」と俺が聞いてしまったのが始まりだ。しかしこの手の話題は男同士ならよくあることで、現に俺は二十年余りの人生でこの手の話を、それはもう数え切れないほどしてきているのだし、俺が責められる必要などないくらいありふれた話題なのである。
そんなつまらない興味心で彼に問うたのにはもう一つ理由がある。これはあくまで俺の勝手な偏見なのだが、秀一くんは、どうもオナニーと縁遠いものだと思っていた。否、そもそもそのような下卑た行為をしないものだと思っていたのだ。
「するよ。男だしね」
だからそう答えた彼の言葉がまさしく十を語るのだろうが、俺はにわかには信じられなかった。だからつい頭を持ち上げた好奇心は爆発的に膨れ上がりオカズは何かと聞いてしまった俺は、はたして思慮の浅い愚か者だったのだろうか。頭の中で彼が自らを慰める姿を想像してはみたものの、なにぶん似合わないというかとにかく想像に難くて、幸孝、と彼に名前を呼ばれて思わずキョトンと、恐らく間抜けな顔を晒してしまった。すると彼はもう一度「だから、幸孝。オカズは貴方だ」そう切り返されたとき、俺は意味を理解出来ずに「は?」などと切り返してしまった。思わず一瞬「オカズってなんだっけ?」と考えたが、前後の会話から連想するに、おそらく、彼は、俺をネタに、そういうことをしていると、つまりそういうことなのだろう。
徐々に顔が熱くなっていくのが自分でも分かったし、俺の顔を見ている秀一くんがからかうような笑みを浮かべていたから、俺はバカみたいに真っ赤になって硬直していたはずだ。
彼の手が俺の腕を引き、ベッドに座ったかと思うと、今のこの体勢に落ち着いた。「そんなに気になるなら見せてあげますよ」なんて余裕を含んだ年下の青年が片手でベルトのバックルを外して、反対の手では俺が逃げないようしっかりと腰を抱き抱えている。こんな細い体のどこに、と感じさせる力強さだった。
そんななりゆきで恋人の自慰をまざまざと見せ付けられ、ついでにオカズはオカズらしく、彼の意のままにされているのである。はじめて味わうキスはあまりにも想像していたロマンス漂う甘いものとは遠い、翻弄されるような、腰の抜けるものだ。舌を吸われ、しゃぶられ、肩に置いた俺の手がぶるぶる震えている。自慰に耽っているのは秀一くんのはずなのに、いつの間にやら俺の体も熱く火照っていた。頭の中がぼんやりと溶けていくような感覚に支配されて惚けていると不意に手を握られて、その俺の手に、何か熱いモノが握らされた。
「ん……出る……」
呆然としている俺の手の中に温かい液体が放たれた。予想以上に熱いソレが少しずつ柔らかくなっていって、固まる俺の手にはぬめる体液がまとわり付いている。
「すっきりしたよ。次は幸孝の番だね?」
否定させない強い口調でそう問われて、俺はただ頷くことしか出来なかった。
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