妖怪と人間
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 彼を初めて見掛けたのは梅雨の季節の本屋だった。多種多様な顔と色を纏う人間が刷られた雑誌に並んで、コーナーの隅に追いやられた、この街の自治体が発刊しているローカル誌。その表紙を飾る青年に、オレの目は釘付けになった。
 日本人というには目鼻立ちがくっきりとして、外人というには柔和な顔立ちをした男だ。人には自分のことは棚に上げてと言われそうなものだが、これほど優しげな雰囲気と人柄を全面に押し出せる女性的な男がいたのかと少し感心した。

 そのローカル誌を購入してから数日後、電車を待つ駅のホームで例の彼を見掛けた。ダークブラウンのチョコレートが描かれた、やたら可愛い傘を持ちイヤホンを付けて電光板を眺める姿に惹かれて声を掛けてしまったオレを、一体誰が責められるというのか。
 ローカル誌の表紙について尋ねると、彼は「代役だったんだ。でも本物よりはカッコよく撮れてたろ?」などと笑った。オレは本物の方が好きですよと答えると、幸孝と名乗った彼は、顔を真っ赤に染めて照れくさそうに「ありがとう」と言った。

 それからというもの、彼と頻繁に遭遇するようになった。バスの中で、コンビニで、通学路で、見掛けては声を掛けていると次第に名前を覚えられていて、彼の住居もオレと同じ地区だということを知った。
 彼に惹かれていたオレは人の良さそうな善人面をして彼に近付き、まんまとその信頼を勝ち得たというわけだ。



 そうしてなし崩し的に交際まで押し切ったというオレと恋人の馴れ初め話をしていると、今まで黙って聞いていた桑原くんが、突然雄叫びと共に立ち上がった。窓際の壁に寄り掛かっていた飛影が怪訝そうというよりは鬱陶しいという目で桑原くんを見つめている。

「なんだそりゃあぁぁ!!? 少女漫画じゃねぇか! 聞いてるこっちがドキドキしちまったぜ!!!」

「うるっせーな桑原……でもよ、幸孝ってオレらと同じく人間だろ? 話した感じ、霊感もなさそうだったしな。蔵馬のこと、もう知ってんのか?」

 いや、と言葉を濁したオレに、ストレートな、まさに直球勝負を好む幽助が眉尻を下げた。それとは対象的に盛り上がる桑原くんは、いわば妖怪と人間との恋を育む先輩なので助言の一つでも窺いたいものではあったが、残念ながらそれは期待出来そうにない。言うこととなれば決まって彼は「愛の力」なのだから。

「時期が来たら言うつもりだ。まだしばらくは南野秀一として、彼の隣にいたいからね」

「心配しなくてもアイツは妖怪とか人間とか、そんなこと気にしねえだろ。あんま気を揉みすぎんなよな!」

 愉快そうに笑う幽助は、彼にしては随分まともな慰め方をした。気を揉んでいるつもりはなかったが、確かにいつか切り出さねばならないという意識に苛まれることも少なくないのだし、正直なところありがたい文句でもあった。

 そのあと桑原くんの美しい惚気話を聞かされて、オレたちは蜘蛛の子のように散り散りとなって別れたのだった。

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