朝食の話
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奈落に潜伏して探査してるときと比較して地上での生活のなんと暇なことか。これに慣れている街の人間は忙しなくあちこちを行き来しては一秒を惜しんでいるようだけど、僕たちみたいに奈落の調査、探査のために地下へ潜ってはたまに地上に帰還する、そんな境界騎士は存外みんな似たり寄ったりで暇そうなものだ。一応境界騎士団に身を置くからには地上でも巡回任務があったりなんなりするけれど、結局はそれもシフトを組まれていたりするから常に動き回ってるわけではない。休みがあるってのはいいことだけどね。研究者として西方にいたときはこういういかにも休日らしい休暇はなかったから、南方の境界騎士として生活する今の方がよっぽど普通の人間らしい生活が送れているのかもしれない。
所謂非番に当たる僕は今、そうした暇を持て余しながら、恋人が働く飲食店の隅で腰を落ち着けていた。テーブルに置かれた水の入ったコップはピカピカとは言い難いが、口紅なんかが付いていて洗ってんだか洗ってないんだか分からない店よりはよっぽどマシ。昼間は大食堂として、夜間は料理に加えて酒の提供も行うこの店はこの辺じゃそこそこ繁盛しているらしくいつもそれなりに賑わっていた。昼も過ぎた頃だというのに客足は途絶えることなく、テーブルとテーブルの間を忙しそうに縫って歩く青年の姿はミニチュアみたいで面白い。僕の恋人は、今日も可愛かった。藁のような淡い色の髪と高い身長、目鼻立ちのスッキリとした顔立ちは多分イケメンだとかカッコいいだとか評価されるのだろうけど、彼の内面を知っている僕からするとそんなところも可愛く見えるわけだ。抱く感情によって目に映るものが曲解されるなんて我ながら人間らしいじゃない。手に皿を持った彼が僕の方を見て近付いてくる。
「お待たせ、シトリン。注文はカレーだよね」
「ありがとう。やっぱ朝食はここのカレーに限るね」
「もう昼食も終わる頃だけどね」
コト、と小さな音を立てて皿がテーブルに置かれた。楕円形の深皿には肉と芋の入ったカレーが、小さな海のように盛られている。
「寝起き一番に食べる食事は朝食だよ」
僕はすかさずそう言った。
「へりくつ」
「事実なのに」
呆れたように笑う彼からすればそうなのだろう。ところがつい一時間ほど前に起床した僕にとってはこれが朝食なのだから間違っちゃいないと、声を大にしてアピールしようと思う。店内を一瞥したあと、客目を逃れるようにそっと向かい側の席に腰を下ろした恋人はテーブルに肘をつき身を乗り出す。
「昨日も眠れなかったの?」
「んー、まあ。いつものことだよ」
そっか、と彼が呟く。どうせ限界になれば気絶するみたいに寝落ちするのだから気にしなくたっていいのに。テーブルの隅にある細長いケースからスプーンを取り出してカレーの海に潜り込ませる。
「……あ、なら今夜は一緒に寝てあげようか。一緒ならすぐ寝れるって、前に言ってたよね」
すくったカレーと白米を口の中に運ぼうとする途中で僕は思わず手を止める。確かに以前そんなことを言ったかもしれない。一人で寝ると無駄なことを考えて到底眠るまで行き着かないけれど、他人の体温が側にあるだけで心地良くて寝付きがいいのだ。もちろん統計を取ったわけではないから気のせいと言われればそうかもしれないけど、気のせいであってもそれが救いとなるのなら、それはそれでいいじゃないか。だから前言撤回だ。眠れない僕を心配した彼がともに寝てくれるのであれば、むしろ毎日寝付きが悪くたって構わない。なんならそっちの方がいいくらいだ。
「いいね。子守唄も歌ってよ」
カレーを口に入れる。他の店よりも少しスパイスの強い刺激的な味は、寝起きの胃袋を容赦なく刺激して食欲を加速させてくれる。僕の前に座る青年は優しげな目元を細めて、
「下手だからなあ……目が冴えたってしらないよ」
と笑った。
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221023