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膝丸が誉れを取った話
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 用を足して部屋に戻ると、自室の前には寝間着姿の膝丸が立っていた。そわそわと落ち着きのない様子で、本来であれば襖の向こうにいるはずの僕の返事を待ってか身を固くしている彼は、ほんの数秒ほど間を開けて僕の存在に気付いたようだった。引き結んでいた唇が僅かに緩み、笑みを浮かべた長身の青年がこちらに歩いてくる。両手には何やら布巾をかけたお盆のようなものを持っている。風呂を出たばかりなのか膝丸の髪は濡れ月明かりに淡く輝き綺麗だった。同じく風呂を出た僕はと言えば濡れて毛が萎んだノラ猫のように見すぼらしいというのに、彼ら刀剣男士は水も滴るなどということわざがしっくりくるような出立ちである。兄刀と同じ琥珀色の瞳も揺れる水面のように光を不規則に反射しているものだから、そこに立つという、ただそれだけのことでも様になる。絵になるとでも言うのかもしれない。古い時代の刀たちはみんな息を呑むような器量の良さを秘めている。もちろん比較的新しい時代に打たれた刀もその造形の美しさを反映しているためか華やかな見た目をしている者ばかりだけど、平安と呼ばれる時代に打たれた刀は浮世離れした美しさが一層際立っている。毎日顔を見て、見慣れている僕ですらそう思うのだからよっぽどだ。手を伸ばせば届く位置にまで近付いた膝丸が口を開く。
「主! 返事がないと思っていたが、やはりいなかったのだな」
「うん、トイレにね。どうかした?」
 んん、と彼は咳払いをした。右手が布巾をめくると、案の定その下にはお盆があり、粉を振るった大福が乗る皿と急須、そして湯呑みが二つ並んでいる。膝丸は意気揚々と言葉を紡いだ。
「歌仙兼定に頼んでおいたのだ。次に俺が誉れを取った際には主の分も大福を作ってくれと」
 この本丸にも他の本丸同様に誉れ制度がある。時の政府が審神者と刀を用いて時間遡行軍との戦いを始めた当初からその習わしは続いていて、僕が審神者として就任する直前の事前研修でもこの話題には触れられていた。士気を上げるため、活躍目覚ましい男士には誉れを与え……つまりMVPを決定し、何かしらの報奨を出すことが推奨されているのだという。少しくらい彼らの文化を学ばなければと読んだ歴史書にも、かつては城主や大名といった権力者が、仕える者たちが精力的に武勲を上げるようにと褒美を取らせることも多かったという。きっと誉れ制度はそれに倣った制度なのだろう。事実、誉れを欲して奮い立つ刀も少なくはない。とはいえ本丸外の情報や技術、道具を求められるまま彼らに提供するのはリスクに繋がるため娯楽や嗜好品の範囲を超えたものは認められないという制約もあるため、僕の預かる本丸では例に倣って彼らの好物を提供することにしている。この辺の取り決めは本丸によってまちまちだという。うちの本丸でのご褒美は本当にちょっとした程度なので精力的な活躍が期待出来るかは定かではないものの、存外制度自体の評判は悪くない。もっとも、これは僕の裁量ではなく歌仙の調理技術の向上による効果だろうけど。自信溢れる表情の膝丸が言っているのはその映えある誉れの対価として与えられた大福のことであるらしかった。
「僕の分も? いいの?」
 自分のためや、他の縁ある刀に分け与えることの出来る菓子を要求する刀も珍しくはない。一期一振などは必ずと言っていいほど大袋に入った菓子を求めているくらいだったし、膝丸も前回誉れを取った際には髭切とお揃いの豪奢な弁当を頼んでいた記憶がある。だというのに、どうやら今ここに並ぶ大福の片方は僕のもののようであった。中に大粒の苺が入っているそれは生地が薄く、作り手である歌仙の製菓スキルが順調に上がっていることが窺える。
「ああ。君はあまり夕食を食べないだろう。だが甘いものは好きだと短刀たちから聞いたのでな。一緒に食べたかったんだ。兄者には……今回は我慢してもらった」
「そうなんだ……なんだか悪いな」
「いいんだ。兄者も理解して下さった。……それに、明日の戦で誉れを取るから問題ないと仰っていたからな」
 たくさん動き、たくさん働く刀たちに比べれば体も小さく筋肉量もたかが知れている僕は少食に見えるのかもしれない。僕からすれば事務仕事に頭を悩ませるばかりで体を使う機会がなく、更に栄養価の高い食事を日に三食も口にしているので以前よりも空腹を感じにくい。一人前の食事は摂っているつもりだけど、確かにエネルギーを消費し続けている刀たちの中にもその体のどこにそれだけの量が入るのかと目を疑うような食事量の者もいるので、その中の一人である膝丸から見れば僕の食事などおやつと変わらないのかもしれない。甘いものが好きな髭切は今頃残念がっているだろうか。戦場で舞い、朗らかに笑いながら誉れを取る髭切の姿が脳裏によぎる。彼なら苦もなくおやつにありつけそうである。目の前に立つ青年が話題を切り替えようとコホンと咳払いをした。
「それで、どうだろうか。時間も時間だ、俺は明日でも構わないんだが……」
 多分、早く渡したかったんだろう。誉れを取り、僕と食べるために用意してもらったこの苺大福を、厨房の戸棚に閉まったまま一夜を越すのは辛抱ならなかったのかもしれない。こちらに判断を委ねつつも彼にしては珍しい歯切れの悪い曖昧な口振りでそう感じる。僕は頷いた。
「じゃあせっかくだし、今夜食べちゃおう。……こんな時間に食べたら太るかな?」
「いや。君は太った方がいい」
 間髪入れずにそんな言葉が返された。足が枝のようで、背骨も浮いていると言われた手前、彼の目には僕の体はよほど貧相に見えているに違いない。

 自室に入ると膝丸は机の上に皿を置き、僕は部屋の隅に積まれた座布団を一枚畳の上へ置いた。一応国家機密に準じるような書類も少なくないため僕がいない時には決して室内へ入らぬようにとお達しを出しているけれど、僕がいるときには気軽に訪ねてくる刀も多い。そうした人懐こい刀たちのために何枚か用意した座布団は使い倒され、すっかり平たくなっていた。僕の方へ寄りながらも入り口に近い位置に座布団を引き寄せた膝丸が姿勢よくそこに座る。
「正座じゃなくていいよ」
 声をかけると、彼は少し考えたあとに足を崩して胡座をかいた。寝間着も相俟って随分とリラックスしているようにも見える。普段はピンと張り詰めた糸のように屹然とした態度で過ごしている彼のこういう姿は貴重だ。僕も座椅子に腰を下ろして胡座をかく。茶葉とお湯が入っているであろう急須を手にした膝丸は二つの湯呑みに交互にお茶を注いでいく。立ち昇る湯気が、目が冴えては困るからと光度を落とした部屋の中に静かに溶け込むのが見える。
「では頂こう」
「うん。ご相伴にあずかります」
 僕が苺大福を取ったのを見守ってから膝丸も同様に指でそれを摘んだ。
「難しい言葉を知っているのだな」
「この間太郎太刀が言ってたのを聞いたから、その真似だよ。お酒の席だったかな。僕はすぐに外しちゃったけど……ん。おいしい」
 粉が飛ばないよう気を配りながら大福を口元に運ぶ。苺の先端をかじると瑞々しい果肉と果汁が口の中に溢れ、零さないよう啜った。柔らかく滑らかな求肥の舌触りと甘酸っぱい苺の相性が抜群だ。歌仙の作る大福が高い人気を誇る理由はこれだろう。顕現した当初は探り探りで調理していたはずだというのに、彼もメキメキと腕を上げている。思い出したように膝丸が顎を引く。
「ああ……次郎太刀と共にその場の酒を平らげたというあれか」
「ん、ほうなの?」
 口腔に満ちる大福を噛みながら聞き返した。その話は僕の耳に届いていない。食品に関する管理は光忠と歌仙を責任者に立てて全て任せているので、あるいはそちらに話が入っているのかもしれないが、だとすればあの二人はカンカンに怒ったのではなかろうか。目尻を吊り上げて怒る責任者たちの姿が目に浮かぶ。僕の様子を眺めながら膝丸が頷いた。
「ああ、場に同席した兄者がそう言っていた。次郎太刀はともかく、太郎太刀も相当なうわばみだと。燭台切が烈火の如く激昂していたとも聞いたぞ」
「うーん……そうだろうね」
 刀剣男士の中には酒を求める者もいるし、そもそも身を削って戦いに赴く刀たちを労うにも必要なものであるため多少の融通は利くものの、支出の類いは毎月政府に提出義務がある。あまり目立つような消費の仕方は避けたい。明日辺り、光忠に話を聞いてみた方がいいだろう。話し終えた膝丸も掴んだままの大福を口の中へと放り込む。苺を丸ごと一粒収めているのでそれなりのサイズ感なのだが、彼に取っては一口サイズのようだ。無駄な肉の付いていない頬がぽっこりと膨らんだあと、幾度か顎を動かすうちにその膨らみも平坦になり、やがてごくりと喉が動くのが見えた。
「もう食べたの?」
 思わずそんな言葉がついて出た。僕はまだひと齧りしたばかりだ。食べる量が多いわりに食事の速度が僕よりも早いのが不可思議だとは日頃から感じていたけれど、その謎を解き明かす鍵は口の大きさと咀嚼の早さのようである。指についた粉を軽く払った膝丸が頷いた。
「食べやすい大きさだ。……君はやはり口が小さいんだな」
 丁度僕も似たようなことを思っていた。人類の歴史は食の歴史と関連が強く、時代と共に柔らかい食事が増え顎が退化し、昔と比較すると顔が小さくなっているのだという。更に僕の時代では遺伝子操作により顔のパーツも調整されているため口が小さく、それと反比例するように目が大きい人間が多いと聞いたことがある。恐らく僕もそれだ。一口で終わるより、二口味わえる方が得な気がするためこれに関して不満はない。大福の残りを口の中に押し込んで求肥を噛み締める。じゅわっと溢れる果汁が口の中で求肥と混じり食感がより柔らかくなる。食べる様子をまじまじと見つめていた膝丸の喉が鳴った。僕は顔を上げる。
「……主。口を吸ってもいいか?」
 薄暗い室内に淡く輝く蜂蜜のような黄金色をした瞳を真正面から向けたまま、神妙な面持ちで彼は言った。唐突な申し出だ。まさかこれが本来の目的で、苺大福は口実だったのでは、などという邪推がほんの一瞬脳裏をよぎったが、長谷部と並んで生真面目を絵に描いたような膝丸に限ってそんなことはないだろう。だとすれば一体何故このタイミングなのか。何に対して膝丸のスイッチが入ったのかもよく分からないし、口を吸う……つまりキスがしたいということなのだろうけど、多少慣れたとはいえやはりその表現は少し恥ずかしい。口の中のものを嚥下し何も言えずに黙っている僕に、眼前に座る青年は座布団から腰を浮かせ前のめりになった。畳に手をつき、整った顔が目の前に近付いてくる。
「い、今、食べたばっかりで……」
「ああ。構わない」
 囁くような声音で膝丸が呟いた。作法も分からず咄嗟に目を瞑れば唇に柔らかいものが押し当てられて、感触を味わうようにむにむにと口唇を食んでくる。下唇を舌がぺろりと舐め、応えるべきか悩んだ末に僕も口を開き同じように舌を伸ばした。舌と舌が触れるとぬるりとした粘液は微かに苺の味がした。あまい。求肥の味もする。柔らかい肉を舐められる感触に背筋がぞくりと粟立った。
 これが初めてというわけじゃない。膝丸の肌に触れたことも、触れられたことだって幾度かはある。だけどこうした行為自体に僕の方が未だ慣れていない。審神者の中では新参者のレッテルが貼られたまま剥がれることのない僕は事務仕事に勉強にと相も変わらず多忙であったし、膝丸も仲間たちに囲まれて畑仕事やら遠征やら出陣やらと動き回っている。ついでに言うなら彼は常日頃から兄刀と行動を共にしているので、その目を盗んで恋人らしいことするなど困難だ。肌を寄せ合うことも数えるほどしかしたことがない僕たちにとって、つまり口吸いという行為自体が久々だった。前に触れたのはいつだったか、それすら覚えていないくらいだ。膝に置いた手に自然と力がこもる。はあ、と吐息が漏れ膝丸が顔を離した。僕はそろりと瞼を持ち上げる。
「……すまん。君の口が……」
「くち……?」
 少しだけ体から力が抜ける。膝丸の双眸はじっと僕の口元を見ているみたいだった。
「ああ。小さくて好きなんだ。前に……魔羅を舐めてくれた時があったろう。あの時から……君が食事している姿を見ると、その、なんだ……」
 また歯切れが悪くなる。ツンと澄ました表情の彼が僕に対してそんな劣情の類いを抱いているなどと露ほども知らず、告げられた事実に言葉が出なくなる。確かに前に一度、彼の陰茎を舐めたことがある。舐めてほしいと言われたわけでもなく、初めての行為で僕も頭が変になっていて、好奇心からついそんなことをしたというだけの話なのだけれど、彼はあれを気に入っているのだろうか。カッと血液が頭に登り顔が熱くなった。思い出すと恥ずかしい。しかし彼が自分に対し欲情しているという事実に一抹の嬉しさも感じている。
「な……」
「うん?」
 ごく、と僕の喉が鳴った。
「な……舐め、ようか……?」
 言ってしまった。舐めてほしいだなんて、今回も言われていないのに僕はまた同じことを繰り返そうとしている。顔を覗き込む膝丸の目が丸くなり、直視出来ず代わりに彼の胸元を凝視した。
「いいのか? 君はそういう気分ではないんじゃないのか」
「でも、こういうの久しぶりだから……ちょっと、したい気持ちもあるんだ……あ、膝丸が嫌でなければなんだけど、」
「嫌なわけがあるか」
 言い終わる前に膝丸の言葉が食らい付いた。恋愛経験がないため一般的な恋仲にある者たちがこういった駆け引きをどのようにしているのかが全然分からない。しかも膝丸は人であるけど人ではない。常識が通じない神を相手に性交渉をする日が来るなどと、かつての僕には考えも及ばぬことである。
 膝丸が体を起こし寝間着の帯を緩める。しゅる、と微かな衣擦れの音が聞こえたあと身頃が両脇へ流れ肌が見えた。刀たちの中には己が生まれた時代で主流だったフンドシというクラシックなタイプの下着を着用する者もいるらしいけど、膝丸は僕が着用しているのと同じボクサータイプの下着を履いていた。黒だ。ということは兄の方は白を履いているのだろうか。似ているところもあれど何かと対照的な選択をする二人なのでその可能性は十分にありえる。
「膝立ちになればいいか? それとも座った方がいいか?」
 彼の下半身では勃起したアレが下着を押し上げているのが分かる。期待しているのかもしれない。
「膝立ち……の方が、舐めてるとこ見えるんじゃないかな。多分……」
「そ、そうか。ならばそうしよう」
 なんだか二人揃ってぎこちない。膝立ちのまま背筋を伸ばす膝丸の前で体を屈めた僕は畳に肘をついて、彼の下腹部に顔を寄せた。洗濯物と石鹸のいい匂いが鼻先まで香ってくるのは、ついさっき彼が風呂を出たばかりだからだろう。布に鼻を押し当て、スンと鳴らせば膝丸の手が僕の肩に触れた。
「主、嗅がないでくれ……」
「大丈夫、いい匂いだよ」
 鼻に触れる陰茎がピクリと跳ねた。生き物みたいだ。ウエストのゴムに指を差し込んでそっと引き下ろすと、僕の手首より少し細いくらいのものがブルンと飛び出した。すごく大きい。太刀である彼は体も大きく、入浴時に見る通常状態のそれも相応の大きさだったため、それに比例して一層大きいように見える。見慣れた自分のものとは違う生々しい肉の棒に怯んだものの、自分から申し出た手前引き下がるわけにもいかなくて、意を決してそれに指を這わせた。暖かくて血液の流れるドクドクという音まで伝わってきそうなそれを掴み先端に口付ける。ここは血の色をしている。舌で舐めれば頭上で息を呑む声が聞こえてくる。顔を横に向け、陰茎の根本に唇を押し当て綿あめを食むように口を動かしてみた。僕を見下ろす膝丸の顔は赤くなっていた。
「あ、主……」
「ん……? 見える?」
 気に入っているものが見えればいい。僕の口が彼のアレを舐める様子を見るのが好きなら、たくさん見てくれたらいい。口を開き、裏側の先端にほど近い場所へちゅうっと吸い付くと膝丸の胸が大きく上下する。ふう、ふう、と荒い呼吸を繰り返しながら食い入るように僕の顔を凝視している。
「ああ、見える……可愛らしい口だ……」
 膝丸の手が頬へ伸び親指が僕の唇を撫でたので、顔を傾けてそれにキスをした。ちゅっちゅっと軽い音を立てながら指に吸い付き唇で食めば、眼前で肉棒がひくりと揺れる。膝丸の眉間には深く皺が刻まれて、一秒たりとも見逃すまいと瞬きすらしていないように見えた。舌を伸ばして表面を舐めてみる。薄い皮膚の下に這う太い血管を舌先で辿り、時折口を窄めて吸い付き、しばらくそれを繰り返した。我ながら拙い技術だとは思う。経験がないなりにどうすれば喜んでくれるかを考えているつもりではあるものの、それが功を奏しているかと問われれば正直怪しくもある。前回はどのようにして舐めただろうか。膝丸はどこをどうされるのを好むのか。遠い記憶を頼りに前戯を施すのち、浅い呼吸を繰り返すばかりだった膝丸の手が、やがて慈しむような優しい仕草で僕の頭を撫でた。
「主、もういい。離してくれ」
 深く息を吐いたあと彼はそう言った。見た目は気に入っているようだが、実際問題僕の技術は未熟もいいところなので射精まで至らないのかもしれない。口のみでよくしてあげられるのはまだ先になりそうである。やんわりと押される肩に従い口を離した僕が上体を持ち上げると、膝立ちだった彼は畳に手をつき顔を寄せてきた。何を言うでもなく再び唇が重なり、角度を変えながら幾度もそこに吸いついてくる。開いた唇の隙間に舌が潜り込み歯を舐めたかと思えば口腔で縮こまる僕の舌を絡めた。はあ、と吐き出される湿った呼吸が熱い。僕のものよりも太さと硬さのある手の平が寝間着の上から腹に触れ、厚みを確かめるように幾度も撫でている。膝でにじり寄り距離が詰められる。普段は手袋に包まれる手の平が寝間着の中へと滑り込み、下着の上から僕の陰茎を握った。
「あっ、膝丸……」
「主も興奮しているな。良かった」
 するに決まっている。欲情し、その矛先を真っ直ぐ僕へと向けてくれる膝丸に煽られ平然としていられるほどまだ大人になりきれてはいないのだ。下着の中に指が滑り込み勃起したそれの先端をすりすりと撫でる。たったそれだけで僕の息は一瞬で上がった。自分ですることもほとんどないから、久しぶりに感じる他人の手の感触に頭の中がぼんやりと霞がかっている。舌を伸ばし、身動きも出来ずに膝丸の手の感触を追った。あるじ、と薄い唇が僕を呼ぶ。
「俺の陽物にも触れてくれ。同じように動かして……」
「あ……うん……」
 かろうじて頭を振る。先程舐めたときから放置されていた彼の陰茎に手を添えて、膝丸の手の動きを真似て先端を撫でてみる。ぴくぴくと脈打つ感触は生き物のようで少し不気味なのに、それすら愛おしいと思う。膝丸の手が僕のそれに手の平を添えて軽く握りながら上下に動かす。熱くしこった場所を何度も何度も擦られて次第にぼんやりしてきた。はあ、はあ、ふう、ふう。息も切れ切れになりながら同じように手を動かす。膝丸の呼吸も乱れてる。唇をすり寄せて、時々舌で舐めながら、獣のように声もなく快楽を貪っている。
「あっ……ひ、ざまる……
「出そうか……?」
 大きく頷いた。腰の奥に溜まっていた熱いものが腹の中でぐるぐるとうねっている。あともうちょっと、ほんの少し強く擦られたら、出てしまう。体をこわばらせ、短く呼吸を繰り返す。眼前の青年の切れ長の瞳は僕のことを見つめている。
「出していいぞ、主……」
 手が、小刻みにそれを擦った。射精を促すみたいに先端より少し下の辺りを弱く締め付けながら手の平が往復し腰が引けた。
「はっ、はぁっ、あぅ……っ
 みっともなく上擦った声が口から漏れる。熱く煮えたぎる液体が陰茎の中を通り膝丸の手の中にピュッ、ピュッと吐き出された。きもちいい。頭がぼんやりして、下半身にまとわりつく甘い感覚だけが全てになる。条件反射のように僕の手が動いたのか、膝丸もしばらくしたあと僕の手の中に射精した。部屋の中にこだまする掠れた声が耳と頭に響き、僕たちは他に言葉もなく身を固くした。

 どれくらい経っただろうか。恐らく数分やそこらのはずだけど、射精の余韻のせいか数十分もそうして黙り込んでいたような気がしている。口の中に湧く唾液を飲み、膝丸の下腹部へ伸ばしたまま硬直していた手をそっと引き剥がした。言葉もなく息を切らせていた膝丸も冷静になったのか鼻を鳴らして僕の元から体を離す。手にはべっとりと僕の精液が絡んでいた。
「あ……ごめん、手が……」
「いや……いい。俺も同じだ……」
 そう言われて視線を落とせば、膝丸の言葉通り僕の手にも白濁とした粘液が絡み付いていた。サラサラとした液体というよりは、むしろところどころ固形となってゼリーのような硬さを持っているそれは、手の平を受け皿にしていなかったら畳に大きな染みを作っていたかもしれない。
「すまん……久しぶりだったから……」
 黙り込む僕に対してそんなことを言っている。机の脇に置かれたティッシュを掴んだ彼は自分の手の平を拭いたあと、僕の手を掴んで精液を拭った。きっと膝丸の精液は僕の手に染み込んでしまったに違いない。今夜からしばらくはこの行為を意識してしまうだろう。視線を上げると膝丸の瞳と目が合った。先程までは雄々しかったというのに、今は慌てたように眉尻を下げている青年を今は何故だか可愛いと思う。あ、と僕は声を上げた。少しずつ興奮が冷めてきた頭に、ふと言葉がよぎる。
「……誉れ、おめでとう。次からも頑張ってね」
 そういうと膝丸は目を丸くして、やがてくつくつと笑った。

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