×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


初夏ノ日蝕
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ありゃ。盛大に転んだねえ」

 頭の上から声をかけられて顔を上げると、日差しの下、身を屈めながら僕に覆い被さるようにしてこちらを見下ろす髭切と目が合った。逆光で暗い顔色は、しかしよく見ればキラキラと輝く金糸の髪だとか、煮溶かした琥珀みたいな瞳に目を奪われて思わず閉口する。刀剣男士はみな器量がいい。特に源氏の刀は造形が整いすぎてまるで作り物の人形にすら見える。九十九神というものが政府の手によるものなのか、はたまた超常的なものなのかは分からないものの、もし前者だとすれば親近感を与えるための人型を模したのは失敗だ。ここまで整いすぎると逆に空恐ろしさを感じるだろう。もしも彼が黙って椅子に座り、遠くを眺めていたとしたのなら、これに命が宿っているなどとは思うまい。そんなことを考えているなど露知らず、手袋をはめた大きな手が、彼自身の頭に乗る麦わら帽子のつばを上げたあと僕の髪に触れた。滲む汗で額に張り付く前髪を指が払い退かす。

「大丈夫かい? ぼんやりしてるけれど」

「あ……うん。久しぶりだったから、少しクラクラしただけ」

 所有する刀も増え、審神者の任に就く僕は普段、本丸内で薄暗い書斎にこもっている。刀が増えても審神者としての業務は減るどころか多くなっている。元より僕は他の審神者と比較すれば弱卒もいいところで、少しでも多く勉強し、また妹のため、ひいては自分のために少しでも多く功績を上げなければならないので時間はいくらあっても足りなかった。缶詰め状態で書類仕事ばかりをこなすようになると体が鈍り、言葉を交えなければ刀剣たちが何を考えているかも分からないからたまには自分で畑仕事をしようとしたのにこれだ。体力がないのは今に始まったことではないけれど、足を引っ張るばかりというのは情けなかった。ここに来てからというもの、自分の不甲斐なさばかりが際立っている。

「兄者、主。どうかしたか」

 そんな声に呼ばれ、尻もちをついたままの僕とそれを眺める髭切は同時に声のした方へ顔を向けた。兄刀と反対の黒い服を着た膝丸は、芽吹き始めた畝を踏まないよう跨ぎながら、不思議そうにこちらを眺めている。

「主が転んだみたい。話している最中に、地面に吸い込まれたのかと思ったよ」

 身長差ゆえにそう思われたのだろうか。彼は悪びれなく弟に告げている。長い足から繰り出される大股で近付く膝丸もまた兄刀同様にの顔を僕を覗き込む。

「体調不良か? ここは我々に任せ、主は屋敷の中に戻るといい」

「あ、いや、平気だよ。本当に少し眩しかっただけだから」

「少し眩しいだけなら転ぶまい。薬研から聞いたぞ。主は少々、貧血の嫌いがあると」

「はは……僕の時代はみんなそうだよ」

 人間を培養する技術は栄えたが、その代償として体の弱い人間が増えたという話を聞いたのは、確か歴史の授業だったか。遺伝子は組み替えれば組み替えるほど脆弱になり、それを補うためにはより多くの情報を組み込むことになる。そして最終的に待つのは崩壊だ。僕の体も、自分の知らないところで少しずつ少しずつ、酸性の雨風に晒され腐食する廃墟のように朽ちはじめているのかもしれない。そうした理由から、同期と呼べる審神者の中でも僕や僕以降の時代出身の者は健康状態が良好とは言い難いのだが、体が資本であり、その身を削って戦う刀たちには分からない感覚なのだろう。僕の前にしゃがんだ髭切が手袋を外した。光を反射する白い肌が頬へと伸び、手の平がぺたりと顔を包む。

「うーん。確かに、汗はかいてるのにひんやりしてるねえ」

「それは気化熱で……」

「顔色にも血の気がないぞ。唇も紫だ」

「それは多分元々……」

 この子たちは揃うと人の話を聞かないので、僕の話など最早聞く気すらないようである。汗ばんだ大きな手の平が僕の顎や耳、喉と順番に触れるのがくすぐったい。だけど本当に少し体温が下がっているのかその熱が心地良かった。膝丸も同じように手袋を外しポケットにそれを押し込んだあと僕に触れる。髭切よりは乱雑で力強いが、それでも兄刀同様優しい手付きだ。

「……主、立てるか? 無理そうであれば背負うが」

「うんうん。弟におんぶしてもらうといいよ。ほら、手を貸してごらん」

 刀を握り、時間遡行軍を斬り捨てる彼らが農具を握り、人間の手を取るなんて奇妙な話だとは思う。だけど血生臭い生活よりはよほどいい気がする。右手を膝丸、左手を髭切に掴まれ半ば強引に引き上げられながら、未だ眩む視界の中で僕は立ち上がった。体を起こすと急激に血が下がり、また平衡感覚を失ったように目の前が揺れる。僕には運動の前の運動が必要なのかもしれない。目の前で背を向け、屈む青年は視線だけで背に乗れと言っている。髭切はその背に僕を乗せようとぐいぐいと僕の肩を押した。迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちはあれど、こうして心配してもらえるというのは、嬉しいことだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

220321