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加州清光
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 刀剣男士は器量がいい。かつての持ち主に似るのか神ゆえに都合よく見た目を弄れるのか定かではないが、少なくとも僕の本丸に顕現した刀は皆一様に整った面立ちをしていた。長船派の伊達男、燭台切光忠もさることながら、カッコ良くて強いを自称する和泉守兼定もその例に漏れない。僕の生まれた時代では人間も家畜と同じく、生まれる前に遺伝子を操作し顔や能力を保証するのは当たり前の世界だったから、もしかしたら彼らも政府から何らかの干渉を受けているのかもしれない。僕もそうしてジャガイモやトマトのように遺伝子組み換えが行われているのだろうか。だから普通にはない第六感のようなものを持っているのだろうか。父も母も僕たち兄妹がまだ幼い時分に亡くなってしまったためそれを確認する術はないけれど、生まれてくる僕らに会うのを楽しみにして、目元は母に似せたいだとか鼻は父に寄せたいだとか、そんな話をしてくれていたらいいのにな、と少しだけ思う。
 そんなことを考えながら本丸の北西、自室を兼ねた書院のある離れから母屋へと向かう廊下をややも歩いたところで、中庭で賑わう刀たちの姿が見えた。近頃は短刀が集まったおかげで本丸のどこにいても誰かの話し声や笑い声が聞こえてくる。僕より年下に見えるがどこか達観している粟田口の前田をはじめ、秋田、五虎退、そして小夜左文字という省スペースな四振りが、何やら井戸端会議をしているようだった。五虎退の足元に纏わり付く子虎たちをしきりと指差しているので、恐らくそれらに関しての話だろう。可愛いだとかフワフワしているだとか、そんな他愛無い会話で顔を綻ばせる彼らもまた血の烟る戦さ場に舞うなどと、僕の頭では想像がつかない。彼らは刀だけれど、とはいえ人の形を保つそれらを消耗品であると割り切ることはやっぱりどうにも難しい。人間は人間の顔をした物に情を抱く。故に巷に出回るA.Iロボットの類いはみな人の形、人の顔をしているのだと、何かの本で目にしたことがある。刀の本分は戦うことで、この本丸にいる刀は時間遡行軍を斬り臥すことこそが存在理由とは分かりつつ、こうして和気藹々と戯れる刀たちの姿を目にすると、出来れば危険な戦いには出てほしくないと思う。矛盾していることは自分が一番よく理解していた。そんなことをつらつら考えつつ中庭の様子を一瞥し、ついでに手を振る彼らに同じく手を挙げることで応答しながら僕はまた廊下を進んだ。昼前のこの時間であれば、清光は洗濯物を干してくれている頃だろう。コミュニケーションはうまく取れないながらも彼は近侍としてよく働いてくれている。初期刀として一番最初から僕の側にいて、本丸運営の方向性を決めるときにだってなんやかんやで助言をくれた。少しずつ戦力が整いつつある現状だ、今一度資源や刀装、戦力を確認し、状況次第ではそろそろ進軍に力を入れようという話を彼に相談したかった。大気の熱を吸いほの温かい板張りの廊下を足の裏で感じながら裏庭にあたる石庭を覗く。敷き詰められた白い砂利を踏み締め洗濯物を物干し竿へ吊るす刀が、そこにいた。燕脂色の着物の袂を留める格子柄の紐や耳を彩る金色のイヤリングもオシャレで、こういうときにもしっかりと着飾りたいのだという彼の意思がひしひしと伝わってくる。足元に置かれた洗濯籠の中には本丸に住まう何人もの男たちの服がこれでもかというほど詰め込まれていて、彼の仕事がまだ終わりを見せないことを窺わせた。額にかかる前髪を払おうと首を振れば肩にかかる長い黒髪が馬の尻尾のように揺れる。清光もまた器量がいい。水に濡れ皺を蓄えた布を手に取ると、力を入れて腕を振り反動で皺を伸ばす。パン、と音が鳴った。真上よりもやや東にある太陽から降り注ぐ日差しの中に細かな水滴が散り、それが顔にまで飛ぶのか、彼は時折手の甲で顔を拭う仕草をする。つり目がちの目元も相俟って、なんとなくそれが猫のようにも見える。僕の妹もこんなつり目の女の子だが、そういえば彼女も時々猫のような仕草をした。腕をうんと高く上げて伸びをしたり、猫撫で声でお菓子を要求したかと思えば満足するとそっぽを向く。欠伸が出るほど天気のいい日には決まって窓辺から外を覗き続けるから、黒い髪は日光の温もりを吸収して、撫でればそこはいつも温かかった。清光の髪もきっとそうなっているに違いない。一歩足を踏み出すと、彼は廊下の軋む音に気付いたようだった。髪色との対比のせいか抜けるほど白い顔がこちらを向いて、そこにいるのが僕だと分かるとあっと口を開ける。驚きなのか嫌悪なのか、それは分からない。

「主、どうかした? 珍しいじゃん。ここに来るの」

 それは僕が審神者の任に就いてからほとんど書院に缶詰め状態だったからだろうか。日課や報告書作りは少しずつ慣れてきてはいるものの、政府から配布された資料の山々が未だに片付かない。過去の出来事や歴史修正主義者のこれまでの動向に始まり、時の政府のマニフェスト、取り巻く現在の情勢、更には審神者の力を向上させるための易しい修行法なんてものまであるのだから片付くわけなどないのである。これを読み、知識を深めて任務に当たれというのが政府の計らいなのだろうが正直脳がいくつあっても足りない。とはいえこの年まで普通に生きてきた僕にとって審神者の能力というのは全く未知の領域であるから、眉唾物ではあるものの、目に見えない力を発達させる方法を分かりやすく文字と図で示してくれるのはありがたかった。用意されたパソコンや本の山と睨めっこし、効果があるのかも怪しい修行もどきを実践するこの2週間あまり、確かに僕はあまり裏庭などに出ることはなかったように思う。うまい返しが思い浮かばず僕が曖昧に笑うと、彼はいつものようにふいと目を逸らした。手にしていた薄い羽織を竿へ干し、皺を伸ばすために軽く布地を叩いている。

「あのさ、清光……くん。少し相談があるんだけど、いいかな」

 ぴく、と清光の肩が弾んだ。猩猩緋の瞳がこちらを見て、それからいつもより小さな声が「あのさ」と言う。遠慮がちというか躊躇っているというか、そういう消極的な色を含んだ声だった。

「その清光くんっていうの、そろそろやめてくんない。……嫌なんだけど」

「え、あ、ああ。ごめん。じゃあなんて呼ぼうか……」

「何で!」

 思わず勢いがついたような声音に驚いたのは僕だけではなく、清光本人も同じのようだった。昼前の暖かい空気が清光の声にピリピリと震えるのを肌で感じ一瞬肝が冷えたような心地になる。薄い下唇を噛んだかと思えば清光はくるりとこちらに向き直り、腰に片手を当てて息を吐く。

「他の連中は呼び捨てなのに、なんで俺は清光くん、なわけ。主が俺のこと苦手なのは分かってるけどさあ……でも俺、やっぱり主に愛されたいよ。あんたは俺の持ち主だし、俺はあんたの刀だから。距離取られると、つらいじゃん……」

「え……え?」

 言われている意味を理解出来るまでに時間がかかった。他の刀剣と違う呼び方が気に入らないというのは分かる。でもそれは、僕が彼に妹の面影を重ねて距離を測り違えてしまわないよう気を遣ってのことである。もちろん他人行儀の強い清光の、無言の圧に気圧され気軽に呼べないという理由も少なからずあるが、それを当の本人が不満に思っているなどと知る由もなかったのだ。そして彼はどうやら、その理由を勘違いしている。僕が清光のことが苦手で、苦手だから清光くんと呼んでいて、他の刀たちに比べて距離を取っているのだと。状況を整理すると、僕と彼はお互いに同じような勘違いを起こしているということらしかった。滑稽だ。視線を下げ意気消沈する清光が落ち着きなく自らの腕をさすり、僕の様子を窺おうとちらりちらりと視線を投げてよこしている。喧嘩したとき、妹もよくそうして僕のことを観察していたのを思い出した。喧嘩するつもりはなかったのに語気が強まり売り言葉に買い言葉を返してしまったとき、彼女はこうしてしばしば視線を向けては、最初に謝ってくれればいいのにと、言外にきっかけを要求したものだった。困ったような、でも素直に「言い過ぎた。ごめん」という言葉を紡ぐことが出来ない妹のそんな表情に僕は弱くて、そのうち何で怒っていたのかも分からなくなってしまう。ふう、とため息が溢れて顔を俯ける。心配した僕がバカらしいというか、紛れもなく僕がバカだった。肉の器を得てひと月も経っていない刀剣男士の心を汲み歩み寄らなければならないのは僕の方だったのに、彼らが僕を主人と慕い、優先し、尊重してくれるから、ついそれに甘えてしまっていた。僕の言葉を待ち視線を揺らす清光に「ごめんね、清光」と切り出すと、彼は不安そうな顔を持ち上げ僕を見た。

「本当は、僕も清光と仲良くしたかったんだ。距離を取るような真似をしてごめん」

 そう言うと僕の初期刀は初めて会ったときと同じ親しみやすい落ち着いた声で「うん。俺も」と微笑んでくれた。

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200801