キッドと
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『予定が入った。今日無理。』
ディスプレイに表示される四字熟語のようなゴシック体に苦笑いして、俺はメールを閉じた。待受画面では満面の笑みを浮かべる俺と、無愛想に目線を向ける二人の青年がこちらを見つめている。この写真を撮ったのがもう何年も前かと思うと、そういえばどことなく俺の顔も若いように見えた。
仕事終わりに入れていた用事がなくなってしまった俺は夕食のため予約を入れていた店に電話を入れた。数回のコール音のあとに品のよい男が応答し、予約のキャンセルを伝える。そうして電話を切ってしまうと、余計に虚しさが俺を襲った。
「何してんだテメェ、んなとこで」
致し方ないと理解しつつも少し肩を落として、当初の予定よりも随分ランクの下がったコンビニ弁当を購入しようと歩き出したときだった。背後から掛けられた声に俺は慌てて振り返る。薄暗い闇の中、僅かな電灯を受けて訝しげな顔で俺を睨みつける男がそこにいた。
「キッド……」
攻撃的な赤い髪をゴーグルで留め、油や泥のようなもので黒く汚れた上着を腰に巻いた男は、名前を呼ぶとふらりとこちらへ距離を詰めた。俺は小柄というわけではなかったが、百八十センチを優に超えるキッドと並ぶとやはり霞んで見えるだろう。昔は俺より小さくて可愛い子供だったが、見た目も性格も、成長期に入ってガラリと変わってしまった。
「あのムカつく野郎はどうした? 今日はテメェとメシ食いに行くって聞いたが」
俺はまた苦笑いする。
「ドタキャン。成績優秀な医大生は忙しいからな……仕方ないさ」
それは自分に言い聞かせるような言葉だったが、ふーん、とキッドは相槌を打った。彼がそれを知っているということは、恐らくロー本人からそれを聞いていたのかもしれない。
キッドとローは普段喧嘩ばかりするわりに連絡を取り合っている。顔を合わせれば文句ばかりを言い合って、些細なことでも張り合い競い合い取っ組み合いになるくせに、いつも大概一緒にいた。本人たちは腐れ縁などと言っているが、遠慮せず気を回さず互いに干渉せず、何だかんだで馬が合うのだろう。
「キッドは今帰りか?」
そう切り返すと彼は一言「おう」とだけ呟いて歩き始めた。俺の隣を横切り自宅の方向へ足を向ける。数歩進んだあと、キッドが大袈裟にため息を吐いた。
「何ちんたらしてんだ置いてくぞ」
「は……?」
「メシ行くんだろ。ラーメンでいいなら奢ってやるよ」
「キッドぉ……! っ、バカ! 年下に奢らせるわけないだろ!」
「それが年上のツラかよ……」
ニコリともしない無愛想な顔で吐き捨てる彼はあまりにも不器用すぎたが、信頼を向けてくれているのが本当に嬉しかった。シャワーを浴びてからバイクで移動するつもりらしいキッドの後ろを付き従い、あっちの店の味噌ラーメンが美味しいとか、こっちの店のチャーシュー麺が量も味も最高だとか、そんなことを話した。
彼は見た目の悪どさ故に誤解されがちだったが、俺にとっては今も昔もずっと優しいままの、可愛い幼馴染だった。
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121017